一瞬だけの永遠の花
「ムフフフフフ」
『ゲート』を開いて覗いて閉じて、別な場所に開いて覗いて。
遠く離れた地点をそんな方法で観察していたソラは、一部では予定が狂ったものの、修正がほぼ成功したことにほくそ笑んで、変な笑い声をこぼした。
そんな中、計画を狂わせた一人である王国騎士団長が、もう一つの計画変更現場である城の中庭に到着し、厳つい顔を更に怖くしながら幽閉塔へと踵を返したのを確認したソラは。
彼とは戦うつもりがないので、予定を繰り上げて次の手に移ることにした。
ゾンビさんを回収後、塔の壁にへばり付き、安田遊と騎士の話が終わるのを壁一枚を挟んだ外であれこれしながら待っていたのだが。
話が終わるのを待たずに、『ゲート』を、安田遊の足下に開いた。
医務室に運ばれた舞原拓哉。
草原の地形を作り替えている村瀬春斗。
一年間で戦い慣れた二人の若者ならば、咄嗟に魔力を足場に変えて落とし穴に落ちることはなかっただろう。
ところが安田遊は、応用を効かせれば戦闘をこなせるギフトを持ちながらも肉体労働から極力逃げようとする所が見られ、それは腰を庇っているからではないかとの情報部調べ。
運動神経や反射神経も凡人並みとの評価で、落とし穴の回避は不可能だろうと予想された。
「『ゲート』の中には物が無いからお得意のギフトで足場を作るなんて真似も出来ない。安田くんには是非、これを教訓に空中戦対策を練ってもらいたいものだね」
何が起こったのすら判らずに慌てる騎士は無視して壁を上りきり、塔の上で物知り顔で頷くソラ。
ーー当の本人である安田遊はというと、床が消えたことで急激な無重力感に襲われ、ギフトという発想を思い付くどころか頭が真っ白なまま地面に落ち、腰を打ってのたうち回っていた。
「花火もそろそろ……って、ん? んん?」
王都で最も高い場所。
特等席で色鮮やかな花火を見ていたソラは、本来ならば実行前に確かめていなければならないことに今更になって気が付いてしまい、首を傾げた。
「まだ一時間は経ってないと思うけど……花火って、いつまで?」
勇者一行へ向けた襲撃の合図と、一般人の目を逸らすのが目的。
なので既に終わっていても問題は無いのだが。
今回の作戦で一角を担っている男が持つ、魔石の元となった魔物を、魔力が続く限り魔石から産み出せるギフト。
帝国皇帝との裏取引で身柄を引き取った男に、「力が欲しいか?」とか、「お前の限界を知りたい」とか適当な事を言いながら、いつかの黒竜の時のように魔力を回復させて乱獲した魔物のドロップ品。
ゲーム時代には最序盤だけ活躍する、『花火』という攻撃アイテムだ。
キャラのステータスで威力が変化する赤属性の範囲攻撃という代物で、魔法代わりになるとても良いアイテムなのだが。
使うとゲーム画面がカラフルな爆発に埋め付くされるという非常に目に悪い映像効果なので使いたくないプレイヤーが多く、花火の店売りが始まってすぐに範囲攻撃の魔法や武器が手に入るので、数回使われればインベントリの肥やしになる、とても不憫なアイテムの一種なのだ。
ゲームには一部変わった遊び方をする人達が居るもので。
『Persona not Guilty』には、通常攻撃や魔法を使わないでアイテムだけでゲームをクリアする「攻撃アイテム縛り」なんて遊び方をした人間も居るには居たが、ただの苦行でしかなかったと経験者であるソラは語る。
ゲームの時には店に売っても安いので本当に使う人が少なかったというか使わずにゲームクリアする人が大多数というアイテムを、在庫数が分からないほどに大量確保。
今回の作戦のためではなく、作戦が決まる以前に集めた物。
それはソラという一人の少女が持つ、純粋なる下心。
『花火でロマンチックな雰囲気を作り出して、女の子をメロメロに』
……ゲームの攻撃アイテムとしての用途ではただ投げれば良かったのだが、打ち上げ花火として使うならば打ち上げる砲が必要で。
暇を見つけては研究室に篭ってせっせと砲台を作製し、完成間際でのこの作戦。
単発花火での実験は大砲の試作と偽って実験したが、本番さながらの花火大会規模の実験はバレずにやるのが難しい。
作戦に加わるベルや王都在住の女の子へのサプライズ感は薄れてしまうが、実験としては渡りに船だった。
花火確保のための乱獲の際、ソラは普段から自重している魔法やら武器やらを、性能調査の意味合いでバンバン使った。
武器に乗せる攻撃魔法『アーツ』、範囲や威力がとんでもない大魔法、アイテム説明欄に「星が墜ちる」「時空を切り裂く」「血の雨を降らす」「大地が裂ける」などの物騒な言葉が並ぶ武器。
現場となった"地竜が住む荒野"に巨大クレーターが完成したのはまだ優しいほうで。
不毛な荒野の一角に、生物も魔物も存在を許されない、遠目に見ても空間が歪んだ場所が生み出されてしまっていた。
……結果、魔物を産み出す機械と化していた男は馬鹿みたいな力を目の当たり、というか何度か巻き込まれてその身をもって味わい。
元々の思い込みの激しさも相まって、犯罪組織の幹部だった男は、一夜にして立派なソラ信者へと変貌していた。
その時の事を聞こうとすると体が震え、錯乱してすぐに意識を失うので、思い出させないように優しく接してあげよう。
男に信仰されても嬉しくないので基本、無視。
罪深いソラちゃんは、未だに花火の終わる時間で悩んでいた。
「砲台の操作方法をおしえた記憶はあるけど……花火とかその場に全部一括で置いてきちゃったし、うーん」
全部置いたということは今回で全部使うつもりというわけで。
とある男がトラウマを掘り起こす「花火製造機」になることは、この時すでに確定されていた。
ソラが打ち上げ花火を託した相手は、勇者の監査役である情報部の皆さん。
空中に足場を作るギフトで空から点火のスイッチを押せば……とその時は思ったのだが、今にして考えれば打ち上げ花火なのだから上空は危険だし煙まみれだ。
砲台の設営と最初の玉込めだけはやってから受け渡したし、今も無事に打ち上がっているのだから、そこら辺は大丈夫だったのだろう。
帝国の機密組織は優秀だと改めて確認したところで、ソラの意識はようやく花火から離れた。
・・・
「一番から三十番まで冷却終わりました!」
「玉込め急げ!」
「冷却間に合わないぞチンタラすんな!」
「このナイアガラってボタン、何ですか?」
「押してみたら?」
「玉の大きさが違う! もっと小さいの早く!」
「何号だよ!」
「花火の呼び方なんて知るか!」
仮面の少女に無茶ぶりされたのが昨日。
情報網をフル稼働し、短時間での長距離移動が可能な情報部員を世界各地からラクール王国に集めて人員を確保したまでは良かったが。
現在、現場は阿鼻叫喚。
冷静、冷徹、冷酷。
自国の千年祭で多忙なはずの皇帝の命令もあって失敗は許されず、そこに、普段の情報部の姿は見られなかった。
そこにあるのは、花火職人の姿だけだ。
情報部らしい事をしている人間をこの場から強いて挙げるならば、勇者監視の指揮官である男と副官の女が、花火の現場からは距離を開けて聖剣の光を監視しているのがらしいといえばらしいが。
全員お揃いのツナギにヘルメットという、ソラから支給された格好からは逃れられなかった。
「砲身を冷却して再利用というのは余りにも危険では?」
「仕方ないだろう。砲の数も人手も足りないのだからな」
そんな二人も戦場よりもどうしても背後が気になってしまい、視線の先は勇者だが、会話は自然と花火のことに。
勇者ではない聖剣使いの存在は後からソラに確認を取るとしても、二人の戦闘能力をしっかりと測らなければならないのだが。
修羅場で当たり前の情報部でありながら、その修羅場は何もかもが違っていた。