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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
勇者は何処へ向かうべきか
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舞台の上で踊る誰か

 ラクール王国に名を馳せる数多の名優を輩出してきた国立劇場。

 その舞台上では今、ラクール王国騎士の甲冑を身に纏った大男が、動かぬ的を相手に豪快な槍捌きを披露していた。


 大男は攻撃目標を破壊するつもりであって演技などしていないし、舞台上に居るのは偶々なのだが。

 これがもしも劇場での正式な演目だった場合、大金を払ってでも観たいという物好きが国中から集まること請け合いなこの舞台。

 避難させられた支配人がこの事をもしも知ったら、観れない事、客を呼べない事を本気で悔しがっていたことだろう。



 鋭利に尖った円錐、傘状の鍔、長い柄といった特徴を持つその槍は、ランスや馬上槍と呼ばれる類いの物で。

 大男が振り回している人間大の長さの物ならば本来、馬に騎乗した状態から二人ほどの協力を得て持ち上げて鎧に固定してから馬脚を活かしてすれ違い様に突き刺すという、普通の人間ならば振り回すどころか持ち上げる事すら困難なそれは、要するにただの尖った金属の塊だ。


 自分の背丈よりも長く、成人男性二人がかりでも運ぶのに苦労する槍を軽々しく、時に片手で振り回す騎士。

 ラクール王国に住む者ならば、或いは強い戦士に詳しい者ならば、畏敬の念を込めてその騎士の名前を口にした事だろう。


 最強の騎士、ロウドス・アビゴール卿と。




 乱撃の締めとなる一撃を放つと、アビゴール卿は呼吸を整えるために距離を開けた。

 そして一方的に殴り付けていたそれ・・が全くの無傷であることを視認すると、アビゴール卿は慣れた手付きで胸部と脇の間、ランスレストと呼ばれる鎧のパーツに槍の柄を固定。

 木の床に穴が空くほどの強すぎる踏み込みからの、突進。


 本来であれば騎馬を使う突撃を体一つで行った結果、それ・・と槍の先端が触れた際に金属音ともまた違った快音が鳴り響き……それだけだった。



 突撃の格好を解いたアビゴール卿は素直に諦めてそれ・・……白い霧で出来たかのような半球体の物体を睨み、そのまま引き下がる。


 と、その光景を目にしていた全てのラクール王国騎士は現実を疑った。


「……まさか」


 騎士の中から漏れでた声が全てを物語る。

 アビゴール卿の実力を知る者ならば、その突撃が竜の鱗を貫く事を、単純な腕力だけで魔人が放つ魔法を消し去ってしまえることを知っていたからだ。


 固まってしまった護衛の騎士の間を縫うようにして霧のドーム・・・・・に近付いてきたのは、勇者の仲間でありこの場所を指定された張本人、水森綾。

 槍が当たったはずの場所を探そうとするも傷ひとつ見付けられず、アビゴール卿を見上げた。


「駄目、でしたか」

「……」


 劇場に到着した時から一切の変化が見られない霧のドームに、綾は既に覚悟を決めていた、が。


 アビゴール卿は騎士としてのプライドが邪魔をして、口を開けることを躊躇った。

 憤りは壊せなかった苛立ちではなく、騎士なのに護衛を放棄しなければならないという自らの力不足に対して、だ。



 戦闘能力を持たない水森綾に、ラクール王国の単独最大戦力であるアビゴール卿を護衛につけた一団は、指定された王国劇場内で予想外の二の足を踏んでいた。

 敵が待っていると思われていた舞台上に鎮座していたのは、不自然な魔法的な半球体。


 調べた結果、それの中に入れるのは水森綾だけで、アビゴール卿を含む護衛の騎士は全てが触れることさえ拒まれたのだ。

 騎士としてはそんな怪しい物に護衛対象を単独で入れるなど到底受け入れることなど不可能な提案なのだが、少しでも前に進むための手掛かりが欲しい水森綾は折れなかった。


 だからこそ、アビゴール卿はそれを破壊しようとしていたのだが……。



「念のために少しは護衛の方を残しておいて欲しいですけど……アビゴール卿は、春斗とか拓哉とか八子とか、戦いになると思う仲間を助けに行ってください」


 いくら槍をぶつけても不気味なほどに全ての勢いを殺して弾いてみせた謎の白い霧は、綾が触れるとあっさりとその手を内側に受け入れた。


「……それでは、後をお願いします」


 綾が濃霧の中へ消えても、アビゴール卿が悔しそうな表情を見せた以外、その場に変化は見られなかった。




「全員この場に残れ。俺は行く」

「!」


 指揮官としての真面目腐った顔に戻ったアビゴール卿の命令。

 それに対し副官が口を挟もうとしたが、虫の居所が悪い指揮官に睨まれたことで言葉はしゃっくりに化けて出てきた。


「近いのは……西門より王城か」


 聞き取れないほど小さく呟くと。


「勇者とその仲間ならばこの中へ入れる可能性がある。私は王城、それから西門の援護に向かい勇者の仲間を此方へ向かわせる。解ったな?」


 他の騎士ならば失神、良くて震えが止まらず噛み噛みになってしまっていたのかもしれないが。

 慣れている副官は早々に気を取り直すと、先程しようとした質問に追加を加えて隊長に尋ねた。


「全員と仰有いましたが伝令は。それと、勇者様への支援が抜けているようでしたが」


「伝令は変化があるまで必要ない、警戒を強め劇場に鼠一匹入れるな。それに、勇者ならば自ら運命を切り開く。お前たちは自分の仕事をこなせ」


 全員から敬礼が返ってくると頷き、アビゴール卿は出入口へと向かう……その前に。



 おもむろに振り向くと、鬼の形相を見せ。


 ただ、殴る。


 そして手応えのなさに舌打ちすると、今度こそ出入口へと歩いていった。




 角度的に鬼の形相を見てしまった可哀想な騎士が腰を抜かして過呼吸を起こしてしまって使い物にならなくなり、警備に穴が空いてしまった事に現場指揮官……副官は頭を痛め、少しでも発散になるかと先程のを真似て白い霧を殴ってみた。

 が、確かに何かに当たって手が止まったのに手応えとして何も無い、その不気味な感覚が妙に気持ち悪く胸がざわつき、心情的には余計に疲れが溜まる結果となってしまった。






・・・






「うーん、仕事とプライベートは綺麗に分けるのか。……ホモの癖に」


 劇場に備え付けられたボックス席。

 城に居たはずのソラは、自分と性別が違うだけの同性愛者に厳しすぎる評価を下して「むむむっ」と唸った。


 予定だと最強騎士の実力が噂通りのものか調べるため、別に死んでも生き返らせて軽く謝れば許してくれそうなハーレム野郎、もといオードを実験台にするはず、だった。


 『勇者にお熱』と、帝国情報部からのお墨付きもあったのだが……。


「まあいっか。ゾンビさんの回収を早めてーー」


 ちらりと視線を他に移せば、脇腹を切られて地に伏せる人の姿。



「……って! 殺しちゃ駄目だよゾンビさん!」


 思わず叫んだソラが飛び出したのは、戦いが決着したラクール城の中庭で未だ吹き荒れる暴風の中。

 血を流し倒れているのは、舞原拓哉。


「おお、見てるとは聞いてたが出てくるとは」

「暢気に感心してるとこ悪いけど、私は殺さない程度に時間を稼いでって言ったよね!?」


 戦闘体勢を解き、剣を鞘にしまうところだったゾンビさんはソラの登場に朗らかな雰囲気で驚いていたが、計画がどんどん崩れていくソラはそれどころではない。


「わりぃ、やっちまった」


 慣れない料理を手伝ったら皿を割ってしまった、くらいの感覚で謝るゾンビさん。

 この場にベルが居たら、いつもは人を慌てさせる側であるソラが慌てていることに小さな驚きを見せ……。


「まあでも、これならこれでいっか」


 ……いつものソラに戻ると同時に、ベルの小さな驚きも去っていたことだろう。



 切り替えは早いほうが良い。

 上半身だけでなく全身を外に飛び出したソラは今にも死にそうな顔色の拓哉に駆け寄ると、傷を確認。

 案外平気そうだと判断し、"こちらの世界の回復ポーション"を浴びせた。


 完治はしないし、療養が必要だろう。

 ーーいざ同郷の人間が傷付いている姿を見て、何か湧いて出てくる感情があるかもと思っていたソラだったが、そんなことはなかった。


 ついでに、見るからに意識は失っているが念のために『スタン属性』がある武器で軽く頭を殴り、完全に意識を刈り取っておく。


 そして、撤収。


「最強さんがこっちに来てるから逃げるよ」

「マジか。戦ってみたい気もするが……仕方ないか」


 ゾンビさんも場所を思い出したからか、素直に撤収を始め。

 『ゲート』に入ろうと背中を向けたゾンビさんの尻を腹いせに蹴飛ばすことで誤差の範囲で撤収作業を早めたソラは、自分が入る前に『ゲート』を閉じ。

 暴風を起こしているナイフを回収するとそそくさと素早さ特化<忍者>中心のスキル構成に変更し、カサカサと城の塔を<壁歩き>で登っていった。


 次の計画のため、安田遊の元へと向かうのだ。









ーー不自然な風が止み、倒れている拓哉に気が付いた騎士が駆け寄る喧しい甲冑の足音。



 こちらの世界の人間と、然したる大差は無い彼ら。



 そこには世界を隔てても変わらない命がある。



 勇者も、騎士も、死にそうな異世界人も、人間だ。



 ゲームな能力を持つソラは、ヒットポイントで生きている。



 人間どころか、生物としても絶対におかしい。



 血が流れすぎて死にそうな異世界人に、そもそも血が出るのか怪しい異世界人。



 それもこれも、全ては手に入れたギフトのせいなのか。



 異世界人としても、人間としても、生物としても仲間外れ。



 ほんの少しだけ悲しくなったけど、何故だろう。



 悲しいことを考えていたはずなのに。



 その顔は、笑っていた。





「ペルギルの主人公って、人じゃないんだよね」


 塔の天辺で笑った彼女は、何だろう。

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