誰にとってのサプライズ
木で組まれた篝火が三本、三角を描くように置かれている草原の特別でも何でもない場所。
男二人、寂しく花火を見上げていた。
「結局、花火っつうのはどういう仕組みなんだ? 魔法か?」
隣に立つ男に大声で話し掛けたオードだが、何度も話し掛けて無駄だと分かっている上で何となくやっている行為なので特に返事は求めていない。
大声なのは、花火が近くて音がそれだけ大きいからだ。
「中に火薬が詰まった紙製の玉を大砲で打ち上げているんだ。これだけ打ち上げれば、流石に煙が邪魔になってきたな」
だから返事が来るとは全く思っておらず、男の答えにオードは間抜け面を返すはめになった。
返事をしたのは、見上げた花火があまりにも故郷のそれに似ていたからだ。
今では名字を捨てナツキとだけ名乗っている男は花火の下へと目線を移し、暗闇の先を指差す。
「大砲は……あそこだな。森が近いようだが大丈夫なのか」
オードは自然を装って花火に視線を向け、気を取り直してから「知らん」と返事をしようとナツキに顔を向けたが。
--鼻先が接しそうなほど眼前に、知らない男の顔。
しわくちゃで垂れるほど余った面の皮にギョロっと飛び出た大きな眼球はあらぬ方向を向いて視点が定まっておらず、ガサガサでブツブツな赤みがかった肌に分厚く赤い唇がテカっている。
オードの顔よりも一回りは大きく、その顔を表す言葉としては化け物じみたとかとにかく醜いとか、しっかりと考えなければ否定的な言葉しか思い当たらない。
そんな顔が気配もなく目の前に現れ、オードは素っ頓狂な悲鳴を上げて尻餅をつき、悲鳴に反応してナツキは抜刀した。
不気味な笑みを浮かべ、醜い男は口を開いた。
「大丈夫! あの花火は特別製で火の粉とか落とさないし、打ち上げの大砲も火を使わない衝撃波製だから! 煙は普通より少ないけど消せなかった!」
醜い男から出てくるとは予想出来るはずがない、可愛らしい子供の声。
無様な格好のまま、オードはキレた。
「ソラじゃねぇか!」
「ソラちゃんだよ!」
首から上だけ出していた『ゲート』から無駄に四回転捻りで飛び出したソラはオードの前に着地すると、誰かを驚かせるためだけに用意していた『アグリーフェイス』の顎下に手を掛け、ガバッと勢いよく外して空へと投げ捨てた。
……ように見せ掛けて実は、顔から外す瞬間にメニューウィンドウから装備変更しただけで捨ててはいない。
『アグリーフェイス』を外した瞬間には『ピエロ』という仮面装備に変えており、そのふざけているがどこか不気味でムカつく顔で、間抜けなリアクションを晒した男を指差してケラケラ笑う。
顔を真っ赤にしたオードは尻に付いた土埃を叩きながら立ち上がり、ナツキは武器を戻しながら長く息を吐いた。
「テメェ……」
手のひらを突き出し、黙らせた。
「作戦にちょっと変更。最強騎士が遅れるから勇者と雑魚騎士たちが先に来る。以上」
用事を済ませ、ささっと帰還用の『ゲート』を開いたソラの頭を鷲掴んだオードは、顔面突き合わせてふざけた仮面の目を睨みつけ。
「有無を言わせず逃げ--」
手のひらを突き出しただけのさっきとは違い、今度は強制的に黙らせる。
たかが人間の腕力で、手加減して殴ってもドラゴンが気絶するソラを押さえ付けられるわけがなく。
「ていっ」
掴まれていることを気にすることなく、ヘッドバット。
直撃した鼻を押さえて地面を転がるオードに無詠唱で回復魔法を使ったソラは、立ち尽くすナツキに手を振りながら『ゲート』へと消えていった。
「相変わらず男には躊躇しないで暴力を振るうな、アイツ」
「……」
旅の仲間が犠牲となった"黒竜乱獲"を目撃していたナツキは、鼻を擦りながら暴力に慣れているようなことを言って立ち上がる馬鹿な男を見つめ、果たしてこいつは長生きできるのだろうかと考えてしまい、不憫に思った。
思っただけで、態度を変えるつもりは全く無いが。
ソラが現れ、帰ってから数分。
花火に紛れて聴こえてきた複数の足音が二人に届いた。
案の定、騎士たちのものだろう。
「やれやれ、ようやくお出ましか」
外していた仮面を着けて余裕を持って構えるオードに対し、ナツキは胸騒ぎのような異変を感じ、警戒心を強めた。
「これだけ近い花火……まさか!?」
「なんか言った……あ」
呟くような声のせいでオードには届かず、しかしオードもそれで何かがおかしいことにようやく気が付き。
意味はないが、ソラへと文句を叫んだ。
「何が"雑魚騎士たち"だ!」
オードはこの国、それもすぐそこの王都を拠点にしているハンターだ。
大剣なんて馬鹿みたいに目立つ武器を使ったら正体が怪しまれるのではないかと懸念し、長剣に盾で変装していくつもりだったが。
それらを焚き火の近くに放り投げ、放り投げたのとは別の焚き火、隠していたつもりだったがどう見ても隠しきれていない金属板の相棒の柄を掴んで持ち上げたオードはその際、小さな違和感を感じたが、今は小さな違和感を気にしているどころではないのだ。
--足音が大きくなってきた。
ナツキは参加したことに後悔しながらも迷いを捨て、オードは滅多に使うことがないギフトを全力で叫びながら起動した。
「騎士の数が……これじゃあ戦争じゃねえか!」
・・・
篝火などという目立つ印を付けていた犯人らしき人影に、何ら躊躇うことなくご自慢の騎士大隊を向かわせて自信満々な笑みを受けべる指揮官の、その隣。
勇者である春斗は、真剣な眼差しで騎士たちの標的が居るであろう場所を見詰めていた。
「そんなに心配せずとも大丈夫ですよ。何せ、かの名立たる帝国騎士団との合同演習を行った王国の切り札です。この数にはそこらの小悪党など相手にもなりませんよ。ただ、この煩い花火の音で馬が使えないのだけが残念でしたな、ハハハハッ」
鼻息荒く語り、終いには高笑いする指揮官だが、春斗は来るであろう戦いに備えて集中していた。
戦争を千年単位でやっていない王国で、国境ではなく首都に持て余していた騎士三百人規模の部隊。
会議の席でこの指揮官が「勇者様の威光を示す圧倒的な勝利を」「初の実戦は亜竜でもと思っておりましたが」などと演説垂れて王の決定で割り当てられたのだが、会議に参加していた他の騎士隊長格の顔色は優れていなかった。
何故、王国騎士の中では一般的な隊長という呼び名ではなく、特別に「指揮官」と呼ばれているのか。
命令から集合、移動の遅さ。
指揮官は春斗の隣で喋るばかりで部隊への指示は副官が行い、指揮官が指揮したのは「出発」の掛け声と、馬が使えないことへの文句ぐらいだ。
騎士のことが好きだった七代目勇者、その七代目勇者の『聖剣』に取り憑いて最期には愛故に暴走した光の精霊を『聖剣』で引き継ぎ、強制的に騎士大好きにされた春斗だったが。
この指揮官と大隊には、ピンと来るものが無い。
春斗の予想では、呼び出した相手と想定通り戦うことになるはずだった。
--そして相手は、春斗の予想を遥かに上回ってきた。
「な……な……」
言葉を無くして後退る指揮官ほどではないが、流石に春斗も目を見張った。
夜の闇を、騎士の壁を、王国の伝説を切り裂いた、光。
「……聖剣」
呟きは花火に消され、その手には無意識に、遠目に見える物と同じく『聖剣』が握られていた。
聖剣に目を奪われ、この場の誰もが気付いていなかった。
花火を観ている人々は直ぐにその異変に気付いたというのに。
王都の南の草原。
王国の花火職人見習いである若者は片付けも忘れ、師匠や兄弟子が呆然と立ち尽くしたり膝から崩れ落ちたりしている中、花火職人という世界に入って日が浅いが故に純粋に花火を楽しんでいた。
「お、煙が消えた。風で流されたにしては一瞬だし、そこまで風は強くねぇ。これも何かの技術か魔法か」
煙だけではなくその上の雲まで消え去り、綺麗なお月様が顔を出していた。
「師匠たちから月明かりは邪魔するなんて教わってたが、花火に月ってのも悪くはねぇな。あ、でも花火の背後にあったら流石に明るくて邪魔か」
あんなのをいつか自分も作り上げて大空に咲かせるというワクワクが抑えきれないといった様子の若者だったが、後に立ち直った師匠や兄弟子たちからあれは作れないと教わり、大いに凹んだ。
それでも諦めきれずに若さからの無茶や無謀で花火の研究に没頭することになるとは、この時の誰も知らない未来のお話。
「大隊」の規模は国、時代、組織によって変わりますが、ラクール王国騎士団では二百から三百名ほど。
人口の低さ、世界基準が無いことなども合わさり、「部隊」「中隊」などの数字の単位は地球の基本よりやや少なめ。
ただし帝国は論外。




