西の稲妻
王都の西門を抜ければ、そこは街道が一直線に伸びる広大な草原。
もっとも北だろうが南だろうが東だろうが、草原の真ん中に位置する都市なのだから門を出ればどこも似たような景色が広がるのだが。
東の空でうち上がる花火を、王都を囲む壁が遮る西門の外は真っ暗で、即席の松明が地面を照らし、魔法の光球が空を漂う。
障害物が無く、何とも戦いやすそうなこの場所を指定された勇者一行の人物は、宮本八子。
『雷集の守』という、雷を自由自在に扱うギフトを持った女の子だ。
城から離れているので大分前から移動して敵からの行動を待っている八子だが。
現在、その心境は大荒れしていた。
自分にだけ用意された椅子に座り、松明の揺れる炎を見つめながらぼそりと喋る。
「遅い」
綾を呪いから救ってくれた襲撃者が置いていった手紙を読み、王国と共に行動を決めてから直ぐに移動した時はまだ、正門側で花火が上がっていたはずだ。
最初は直ぐに交戦になる想定で動いていたため松明は無く魔法の光源だけだったが、異常なしと判断した騎士たちが魔力節約に松明を立てたのも大分前のこと。
「花火見れない」
音だけは聞こえ、見上げれば夜空の雲に鮮やかな色が反射しているそれ。
王都内に騎士が偵察に行き、東の空に派手が花火が上がっているという報告を受けた八子は日本でよく見る花火と同じかもしれないと騎士隊の隊長さんに話したが、王都に入った時に敵が現れる可能性があるので、八子は自分の目では見れないまま。
「ハァ……」
友達との口約束ではなく、殺し合いになるかも知れないという状況。
言っていることが単なる我が儘なのは、八子自身よく分かっていた。
敵が現れない、花火が見れないというのは、ストレスを紛らわせるための八つ当たりでしかない。
溜まった息を吐き出して、心なしか顔色が悪い八子は呟く。
「……寒い」
「何か言いましたかな?」
花火は遠いとはいえ、小声だったからか聞き取れなかった騎士隊の隊長が振り向く。
これが戦い前の緊張ならば、経験として慣れているであろう隊長さんに相談するのも有りだろうが。
八子は無理矢理に笑みを浮かべ、周りの目を気にしながら。
「……いえ、大丈夫です」
隊長さんの顔が前方の警戒に戻ると、大きく、今日一番の溜め息を吐いた。
勇者パーティーの中では後方から魔法による攻撃支援している八子だからか、王国からは全員が男性、前衛を張る騎士多数、サポート役の魔法使いが少数という、王国騎士の中でも物理に片寄った編成の隊を割り当てられた。
争いが絶えない隣国と接している北の国境を守るという大事な役割を担う部隊として鍛え上げられた精鋭達で、これから数日もしない内に国境へ異動というタイミングだったとか。
男性だけの騎士隊というのは王国では一般的なので特に気にも留めなかった八子だが。
実際に会ってみたその騎士隊は。
体格が良い人が多い騎士ですら小さく見えるくらいの巨体揃いで、数少ない魔法使いすら筋肉モリモリのマッチョという有り様。
日本人の女性平均か少し背が高いくらいの八子がこの隊から受ける威圧感は半端なものでないが、それと同時に前衛としての心強さを感じるし、異世界を旅し、数々の苦難を乗り越えてきた八子だ。
獣人と呼ばれる種族の中ではこの騎士たちよりもさらに巨体な熊の獣人に出会ったこともあるし、一軒家よりも大きな魔物と戦ったことも。
そして何より、自分のギフトが如何に強力であるのかも理解している。
--では、この得体の知れない恐怖に震える体は、何なのだろうか。
色々と考えた八子だが、どうやらこの騎士隊に原因があるというところまでは辿り着いた。
城の中庭で顔合わせした時点から寒気がして、馬車移動を挟み、警備は騎士の仕事と簡易椅子に座らされてから強くなった違和感。
だが不思議な事に、隊長だけ、流石の巨体で威圧感と貫禄は隊員の中でも飛び抜けているのだが何故か恐怖を感じない。
合流から、八子が会話をしたのは隊長さんだけだ。
この恐怖心の犯人は、その他の騎士。
それも騎士の誰かではなく、大勢だ。
警備が厳戒なはずの城の一室に呪いの絵画があったのだ。
隊長以外の騎士に何か、もしかしたら敵の罠が……。
と、八子が松明を見つめながら考えていると、近付いてくる影が。
騎士の一人がゴツゴツした大きな手で何かを持ち、おどおどと挙動不審にしながら八子の前に来て。
「お、お……ゴホン、失礼。お飲み物とかい、如何でしょうか?」
「……ありがとうございます」
差し出されたのは、木製のコップ。
八子は怪しまれない程度に警戒しながらコップを受け取ると、手甲を外したその騎士の素手に八子の指が触れた瞬間にビクッと大袈裟な反応をして、受け取ると見るや一礼してそそくさと撤退。
あの慌てよう。
毒でも入っているのだろうか。
早足で立ち去る背中を八子が見つめていると、仮設テントの前で何故かその騎士は他の騎士に囲まれ、背中を中心に頭や肩などを叩かれている。
八子がその様子に首を傾げていると、同じように視界でその騎士を追っ掛けていた隊長は何かを抑えるように額に手を当てながら、一人の女性に向かって頭を下げた。
「ほんとあいつらは、すみません。若い頃から男ばかりの現場で教育していた弊害で、その、女性に対して非常に不馴れでして。腕は確かだと保証しますが……」
ーーその言葉に八子は、自分に向けてギフトの電気を流したのかと思うほどにビビっときた。
「……もしかして隊長さんって、 結婚とかされてますか?」
「はい? ええ、子供も居ますよ。いやぁ一人娘なんですけどね、皆さんと年の頃が近くて。前は『勇者さまのお嫁さんに~』とか言ってたのに最近だと『異世界の剣士さま~』とか言い出しまして」
隊長さんの物真似交じりの話を適当に頷きながら、なるほど、と八子は納得した。
隊長さんだけが安心できて、他の騎士が怖い理由。
「よく躾られた肉食獣に囲まれている」
「助けられたとかで先ほど娘の代わりにお礼を……はい?」
「いえ、何でも」
謎が解ってスッキリしたら、あの恐怖も感じなくなっていた。
駄目な人は駄目なままだろうが、八子はよく躾られていると判れば大型犬でも大型猫でも平気で抱き着ける人間だ。
足元に置いていた杖を拾い、椅子から立ち上がって伸びをする。
座っていただけにしてはやけに固くなっていた筋肉がほぐれ、良い感じ。
「隊長さん」
「はい」
八子と話していたはずの隊長の目は余所を見ており、八子も、そして周りの騎士たちもそこを見ていた。
獰猛な肉食獣の目が、夜の静寂に隠れた敵を見抜く。
雲が流れ、月明かりに照らされた空。
音もなく夜空を飛ぶ巨大な鳥のその背中
マントを纏ったような、人影。
「フフフハハ! よくぞ気が付いた! 我こそは汝らを--へぶあ!?」
紫電が夜を切り裂き、謎の人物は、悲痛な鳥の叫びと共に墜落。
「……やりましたかな?」
隊長さんはしかし、言葉とは裏腹に武器を構えたまま。
騎士たちが鳥を囲むように動こうとした矢先、鳥の死体が消え、その場に動く人影。
魔法使いが光球を動かして照らせば、足下まで隠すマント、白と黒が半分から別れた仮面、背丈ほどの杖と、どう取り繕っても不審な人物がそこには居た。
「何故だ!」
男は八子に、それと此処には居ない誰かに向かって叫喚した。
「どうして私に喋らせない!」
八子は、親切にも答えてあげた。
「登場の仕方からして敵だったし、隙だらけだから」
その答えに男は憤慨した。
「お前たちはいつだってそうだ! 戦場に身を置きながら戦いの美学というものを知ろうともしない! 相手が言葉を知らぬ魔物ならば分かる。だが! 私は人間であり、言葉を話せる者ならば会話という繋がりから何かが変わるかもしれないではないか!」
一理ある、八子は素直にそう思った。
会話さえすれば戦わずに済むこともあるだろう、と。
場合によっては夢物語にもなり得るが、だからといって最初から切り捨てていい選択肢とは思えない。
そんな八子の様子には気付かず、独り、自分の世界に入る男。
「嗚呼、"あの方"だけだ。敵であった私を迎え入れて下さっただけではなく、素晴らしい美学を、新しい力を下さった"おの方"だけは……」
思わぬ敵のヒントに、八子は隊長さんと目を合わせ、無言で頷き合う。
ーー喋らせて、敵の情報を絞り出そう、と。