ヘルストーム(武器名)
ラクール王国の王城は要塞としてではなく王族の居住地として特化された分、防衛面では脆弱。
だが、王城を真上から見下ろした時、城壁の中で最も場所を取っているのは意外なことに練兵場であった。
城の脆弱性を補うため騎士を多く配属する……といった入念な計算に拠るものではなく、建城当時の王がとにかく退屈嫌いで演劇や試合形式の練習といった見せ物が好きだったが故に、定例行事ではあったが王族の警備から移動にと手間がかかった騎士の御前試合をより手軽に開催出来るようにして回数を強引に増やしたという、なんとも君主制国家らしい我が儘な理由であった。
謎の女が残したという手紙に書かれていたのは、異世界から召喚されし勇者一行の五人へ、それぞれ別々の場所へ行くようにという指示だけ。
それだけなら敵の戯れ言、従う理由など皆無だが。
手紙の文章が、全て"日本語"で書かれていたならば。
過去の勇者が残した日本語を中心とした言語が学問として成立している世界だが、「マイハラタクヤ」と聞いてそれを人名だと理解し、「舞原拓哉」と漢字で書ける人間がどれだけいることか。
そしてそれが、例えば「米原卓也」というような当て字ではないという事実。
誘拐された第三王女ならば或いは……と、王国側は予想した。
第三王女、帰還する方法、第三王女誘拐の目的……。
とにかく何でもいいから手掛かりが欲しい勇者一行は、罠だとは分かっていても、相手の策に乗ることしか選べなかった。
突然の新種花火にどよめく王城でただ一人、花火には見向きもせず練兵場のど真ん中で仁王立ちしていた舞原拓哉。
急に頭上で湧いた気配に、居合術のような凪ぎ払いで応戦。
剣と剣が一瞬、火花を散らした。
全体重を乗せた空中からの不意討ちをあっさりと止められた侵入者は跳ねるように拓哉から距離を空け、拓哉も飛び掛かることはせず、仕切り直しに剣を構えた。
仮面の下、隠されていない口を愉しそうに歪ませる侵入者。
派手な金属音に気付いた騎士が逃げ道を塞ぐように囲む中、ずれた仮面を直しながら男は呟いた。
「今のを軽くあしらうか。これは自信を無くしそうだ」
密かに弓使いの女との再戦を期待していた拓哉の相手はしかし、直剣を扱う仮面の男だった。
拓哉は失望感を否めなかったが手加減などはするつもりはなく、剣を構えた。
男は両手で握っていた剣の柄から左手を外すと、背中側の鞘から短剣を抜いて二刀流の構え。
騎士が隊列を組む中、拓哉は先に動いた。
「聞いてた通り、中々の腕前だな!」
それにしても、戦いの最中によく喋る。
拓哉は"戦いに言葉は無用"という信念なので会話にはならないのだが、随分と楽しそうに殺し合いをする男だなと、斬り合いながら相手の男をよく観察する。
「ギフトは『斬魔の心得』だって話だが、その剣の冴え。異世界でも剣をやってたか?」
その言葉への返答は、斬撃。
相手の男についてだが、荒々しくも熟練した技術が感じられる剣捌きだけではなく、蹴りや殴りを攻撃とすることに一切の躊躇いが感じられない実に戦い慣れ、殺し合い慣れをしている男だ。
そして、わざわざ沢山の騎士が待ち構える城のど真ん中を男が指定した意図を、拓哉は肌で、騎士たちは痛いほどの無力感として痛感していた。
国王が住む城に侵入者が来ると判っているのだから拓哉の他にも腕利きの騎士たちが参戦しているはずだが、男はトリックを使い、巧いこと拓哉との一騎討ちに持ち込んでいた。
利き腕と思われる右手に剣を片手で持ち、左手には短剣という構え。
その左手の短剣が非情に厄介で迷惑極まりないことに、持ち主にはあまり影響を与えない強風を常に巻き起こし、練兵場に二人だけの、侵入不可の風のフィールドを作り上げてしまったのだ。
ーー唐突だが、数ヵ月前の話だ。
旅の途中、招待された帝国の貴族宅で"風を纏う剣"という何ともファンタジーな武器を見せてもらった拓哉は好奇心から試し切りをさせてもらったのだが、風のせいで刃が触れる直前に手元が狂い、何のために風を纏っているのかまるで理解出来なかった、という思い出がある。
これだけ強く吹き荒れているのに制御可能で、本人にはそよ風程度。
あの時の剣もこれだけ出来れば是非とも手元に欲しかったのだが、あれは刀身に纏うだけで制御など不可能だった。
装飾はまさに風の剣に相応しい美しい造形だったので持ち主である貴族も普段は武器ではなく芸術品として扱い、剣に心得のある客人に振らせては感想を聞くという意地の悪い使い方であった。
余計な事が頭を過ぎ去っている合間にも戦いは続いていたが、しかしそれももうじき終わりを向かえると、拓哉は風の向こう側、騎士たちの動きから予想していた。
邪魔な風ではあるが、一対多数には変わり無い。
練兵場は城のど真ん中。
塔のように高い建物の一室から、風の薄い上部を狙った岩石精製魔法。
岩石が落ちてきたことに気をとられた仮面の男は大きな隙を生み出し、その隙を突いた会心の一撃を繰り出した拓哉は、残心。
「……お?」
首を切られ、飛んだ頭から間抜けな声を最期に上げた男はーー
ーー剣を地面に突き刺すと、頭が地面に落ちる前に後頭部を乱暴に掴み上げると、首と首が繋がるように頭を胴体に乗せた。
「いやぁ、流石は『斬魔の心得』だ。綺麗すぎて治るのも一瞬だ」
「な!?」
驚く外野を尻目に何事もなかったかのように首を回すように振る男は、厄介な風の短剣を空に向かって放り投げた。
短剣は自力で宙に浮かぶと風のフィールドは球体となり、甲冑を着た騎士が身動き出来ない勢いだった風はフィールドの外側全てを凪ぎ払うかのように増し、吹き荒れる暴風に耐えながら高所から放たれた魔法を無慈悲な風が弾き消す。
岩石を落とした功労者で、その後も必死になって耐えながら魔法を放っていた魔術師だったが、騎士すら巻き上げて吹き飛ばす風に吸い込まれるように呑まれてしまい、その行方は戦いが終わった後まで判らなくなってしまった。
作戦前に聞いていた以上の吹き荒ぶ風に正直、引いていた男だったが、バレない内に気を取り直し。
「コードネーム"ゾンビ"。異世界から来たってんなら、このゾンビって言葉の意味は知ってるよな?」
日本人の多くが知っているゾンビは、多色な創作を経て、元々の宗教的な意味からは遠く離れてしまった創作物としてのゾンビだが。
男にゾンビというコードネームを与えた人間もまた、日本人。
渡されたので身に着けていたが、本当はずっと邪魔だった仮面を地面に捨てた男は剣を両手で構え、野性的で凶暴な笑顔を拓哉に見せた。
「さあ、殺し合おうぜ」
第二ラウンドの始まりだ。