お祭り前のお祭り
間が空きすぎました。
一話に詰め込み過ぎた感。
申し訳ありません。
更新していない1ヶ月で、何故かお気に入りが増えました。
何故だ。
野外に置かれた巨大な調理釜。
覗き窓から飽きもせず煮え立つ料理を眺めるメイド三人娘をどかしたソラは、高温になっている釜の中へ躊躇無く手を突っ込み、持ち手まで金属のフライパンを素手で取り出した。
装備やスキルで“赤属性耐性”を高めれば生身での溶岩遊泳も可能で、溶岩に比べれば調理用の釜なんてまだまだ温いくらいだが。
火の後処理を任せたメイド三人に「またソラ様は」という目で見送られながら、厨房へと戻る。
千年祭まで残り一週間を切った、何でもないけど普通の日。
祭りの準備は殆どがベルとの話し合いだけで終わり、派手なお祭りにするための装備、アイテム、スキル構成を整えたら、二日と経たずに暇になった。
珍しいことに今日はソフィアと女騎士二人を連れたベルが、館裏の砂浜へ射撃訓練をするために出掛けていた。
暇なソラは何となくメイド三人と昼食を準備することにしたのだが、何でもない日なのに、ソラの一声でとても豪華な昼食を作ることに。
「お肉オッケー、魚もオッケー、スープは作り置きだしサラダは適当。お酒は……止めておこう。“あっち”で炭酸のジュースでも買ってこようか。あと作り方わかんないお菓子とか……あ、お惣菜とかあっても面白いかも」
買い足すものを確認しながら「炎剣仕込みの自作コンロ」にフライパンを乗せたら、メニューウィンドウを開いてエプロンをアイテム化してインベントリに仕舞い、当たり障りのない女子高生の私服に早着替え。
一々脱いだりせず、ウィンドウを操作しての装備の付け替えなので歩きながらでも可能な便利さだが、相変わらず不自然極まりない。
日本用のバッグをインベントリから取り出しながら『ゲート』を潜る。
日用品の補充や『ゲート』の仕様確認でちょくちょく日本へは帰っているので、その辺りはすっかり手慣れたもの。
「先に銀行寄ろっか」
『ゲート』内部で財布の残高を確認して呟く。
飲み物とお惣菜ならば足りるが、ウケ狙いのお菓子やジョークグッズなんかがあれば買うつもりでいたし、次回の支度にもなる。
ベルにも詳しくは話していないことだが、日本でのソラは近所の女子校に通う高校生で、訳あって一人暮らし。
一人暮らししていることにも関わる理由でお金には困っていないし、「自分が存在していた過去」に跳べるソラであれば、いざという時にお金を増やす方法は多々ある。
未成年ということを加味しても、だ。
時空の捻れとかタイムパラドックスとか、訳が分からない何かが起こっても困るので、ソラは過去への介入を行わないつもりではある。
それでも、手段というのは持っているだけでも武器になるのだ。
・・・
暗闇に光が差し、『ゲート』から外へ。
前回来た時の帰りに『ゲート』を使った、周囲に人目がない路地裏。
──誰かがその光景を見ていれば、数秒前に少女が黒い渦の中に入って渦ごと消え去ったと思ったら、また直ぐに現れた黒い渦から同じ少女が出てきた、と証言しただろう。
異世界で一年過ごしても、一年後の日本へは跳べない。
ソラが行ける日本はソラが産まれたその時から、召喚され、それに買い物や調査のために帰ってきた前回までの時間を足した、召喚当日のお昼頃まで。
不思議なのは、異世界から日本に来ると日本の時間は全く進んでいないのに、日本から異世界に戻ると“日本で過ごした分だけ異世界の時間が進んでいる”ことだ。
過去の海からベルと帰った後、ソフィアが慌てていたのがその証拠だ。
ソラは正直、その辺のどうしようもない事情はどうでもいいと思っている。
仕組みではなく、そうだという事実が判れば使う分には構わないのだ。
そんなソラにも、一応の仮説はある。
「日本で一年過ごしてから異世界に行っても、一年しか経っていないだろう」という、根拠の無い自信に溢れた仮説。
異世界の繋がりをソラが言葉で表すなら、安定した滅茶苦茶なのだ、と。
日本に来てから初代勇者の言葉を思い出したせいか、ふと、脳裏を過ぎるのは過去の勇者の事。
「(行方不明者を捜せば……いや、『ゲート』で過去に行けば召喚される前の……そういえば、何代目かの勇者が日本に帰ったって聞いたような……)」
人目に付かない路地裏に出現したソラは色々と考えてから、思考を振り払うかの如く頭をぶんぶんと振る。
「(やーめた。だからどうしたって話だし)」
女性勇者の七代目くらいなら助けても……と。
女の子大好きなソラはそんなことを考えたこともあるが、それによりタイムパラドックスが起きて取り返しのつかない事態に陥る可能性がゼロではないから、手を出せない。
もしもデメリットが無いのなら、ソラは七代目勇者ではなく……。
ソラが日本で住んでいる街は、お世辞を抜きにしても都会だ。
平日のお昼だというのに、駅前大通りのビル街には歩く人の流れがあり、車道は通りが少ない時間以外は常にといっていいほど渋滞気味。
電気も車も発展していない牧歌的な異世界に慣れすぎたせいか、騒がしさと目に入る情報量の多さで最初は目眩にも似た症状が起きたものだ。
スキルで消えて飛ぶなんて横着な真似はせず、銀行目指して歩いている途中。
テレビ局関連のビル。
通り沿いのウィンドウに並べられたテレビが、お昼のワイドショーを垂れ流す。
『防犯カメラが捉えた──駅での不思議な発光現象。映像の加工ではないかという疑いの声も多く寄せられていますが、佐藤さん。画面が白一色になるほど床が強く光ると次の瞬間にはその上に居た人たちが消えてしまい、次に光った時には殆どの人たちが戻っているのですが……高校生五名と社会人一名、計六名が依然、行方不明と』
『合成、悪戯にしてはちょっと不自然すぎますよね。被害に遭われたのは普段から駅を利用している一般の方々で、行方不明に高校生が多いですがそれ以外に接点は──』
勿論、あんな目立つ場所で起こればいずれ報じられることを知ってはいた。
悪戯と報道されると思っていたが、意外なことに真実として扱うようだ。
暇なのだろうかとソラは思う。
もしかすると、過去の勇者にも監視カメラの前で召喚されたのがいて合成だろうと見向きもされなかった映像が引っ張り出されたり、日本に帰ってきたという勇者が名乗り出たり、なんて展開が。
一瞬だけ召喚されてすぐに返された人の中に、発言力のある人でも混じっていたのだろうか?
「(だけど、買い物優先でーす)」
テレビ前を何食わぬ顔で素通りすると、銀行のATMに寄ってからデパートに向かう。
買い物は普段の一人暮らしでお世話になっているスーパーでもいいのだが、一応はニュースで報じられている身。世間話をするくらいには常連で、パートさんには顔どころか名前も覚えられている可能性が高い。主婦を侮ってはいけない。
心配を余所に、何事もなく到着したデパートで、何事もなく買い物を済ませた。
買い物をしている最中、知り合いにバッタリ出逢っちゃう、なんて事故を防ぐために違う都市に飛んでそっちで買い物すれば良かったなんて考えたりもしたが、それは次回から気を付けようと心に決めた。
ビル街に戻り、人目に付かない場所を捜す。
さあ今回はどこから帰ろうか、いっそのこと今から違う場所に飛ぶのが安全かとソラが思案していると。
「あれ、空橋さん?」
背後から話し掛けられ、振り返った先には。
今の時間には学校に居なければおかしい、クラスメイトの姿が──。