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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
穴抜け短編集
113/133

塩むすび

毎度ながら、遅れました。


 

 千年は生きていると歴史に証明されている存在。

 勇者と双璧を成す者。

 魔族の統一を成し遂げた唯一の王。

 単独で上位龍と渡り合える者。

 万を越える魔法を自在に操りし魔法使いの頂点。

 人類最強を決める謎の組織から規格外と通達され、選考から外されている人物。



 ──『魔王』は今、空腹で倒れていた。


 大陸の西方を旅していた道中、短い文字しか届けられない実に不便な伝言の魔道具により新しい勇者が召喚されたという報告を受けてから数ヶ月。

 例年通りならそろそろラクール王国からガングリファン帝国に向かっている頃であろうと予想し、砂漠を避ける南西ルートで帝国入り、進路を帝都のある北に変えたのまでは良かった。


 寄り道など、しなければよかった。


 早く着きすぎて今皇帝に迷惑を掛けるのもあれかと、ちょうど見頃である珍しい花が咲く草原に足を向けたのが悪かった。

 いや、人里を離れてから携帯食を前の宿屋に忘れてきた事に気付き、面倒だからと引き返さなかったのが。

 それとも、旅の荷物は少ないのがいいと身軽にしすぎたか。

 魔物も動物も出ないことで有名な草原でなければ、手遅れになる前に狩りくらいしたのだが。

 葉っぱの青臭さには飽きて、もう口に運べそうにない。


 魔王というのはどうにも、空腹感を感じるのが遅い生き物らしい。


 ──死なない程度の精神的苦痛が、魔王を苛む。



 魔族という種族には、他の人類には無い防衛本能が備わっている。

 餓死寸前になると体内の魔力を生きるのに必要なエネルギーへと変換しだし、何か口にするまで、魔法が弱くなる代わりに餓死を遠退かせるという本能。

 そのため、途方もない魔力を持つ魔王が魔力切れで餓死することはまず有り得ない。


 魔王が空腹で行き倒れること事態、一度や二度ではない。

 実は今こうやって倒れているのも、空腹で動けないからではなく、動き回って無駄に食べ物を探すより大人しくエネルギーを生み出すのを待った方が精神的に楽だからといった理由だ。

 魔力をエネルギーに変えるのは自分ではコントロール出来ない本能であり、それが全力で稼働するまでの間、餓死する寸前の空腹感、飢餓感に襲われ続けるという苦痛。

 そんな状態で歩き回り、毒を持つ生物を無意識に食べてしまうといったような失敗を何度か繰り返した結果、理性を失う前に野外だろうが道の真ん中だろうが『その場で倒れて寝る』という方法が安全だと学んだのだ。


 あわよくば旅人に食べ物を恵んで貰える。

 追い剥ぎや魔物は、逆に倒して、最悪食べる。


 ぼんやりとした思考と経験則から、日が落ちた辺りで本能が働き出して楽になると予想。

 それまでを空腹から耐えしのぐため、無駄なことをせずに草原で眠る魔王。



「──げっ、場所変えたのに三日連続……って、魔王?」


 子供の声が、聞こえたような。






「いやー、助かった」

「うわー、本物の魔王だー」


 奇天烈な仮面を身に付けた子供に食料を恵んで貰った魔王は、この子供の魔力の流れや気配等からただ者ではないと察した上であえて自ら警戒心を解き、普通の子供と同じように接することにした。

 恩人であり、興味深いからだ。


 草原に座り、四つ目の塩むすび片手に反対の手で黄色い漬け物を摘まむ。


「……成る程、魔物とは性質が違う魔石があって心臓も……中に渦巻いてるのが魔力で……ギフトも初めて見る……形は人間だけど細胞から別物……肉弾戦も中々……でもやっぱ思ってた魔王とは……」


 無遠慮に魔王を観察し、聞こえるのも構わず独り言を言い続ける子供。

 それも専門の研究者じみた気持ち悪い観察力で触れすらいないのに細胞とか言い出して、流石の魔王も引く。


「恩人よ、名前を聞いても?」

「ソラ」


 随分あっさりと答えたが恐らく本名ではなく愛称だろうと、『賢王』とも呼ばれていた時代がある魔王は考える。

 仮面の穴から覗く瞳の色、髪色、肌色、骨格、実際の声と口の動きの違い。豊富な人生経験で身に付けた“ギフト及びレベルを見抜く特技”が全く反応せず、魔王と知って物怖じしない人間。


 遙か昔に聞いた異世界人の特徴と一致し、レベルに合わない不自然な実力者。

 魔王はそれを「迷い人」と呼ぶ。

 最初の勇者が召喚されて以来、どうやら世界を繋ぐ境界が緩くなったのか穴が開いたのか、物や人が迷い込むことが稀に起こるようになった……ような気がする。

 世界を旅してそれでも勇者召喚の頻度より少ない数だが、この世界で生み出されたにしては怪しいモノを見つけてきた。


 迷い人は言葉が通じず、見つけた時には大半が魔物か人の餌になっていた。


「どうしてこんな、何もない草原に?」

「練習してた森にハンターギルドの調査が入るからって追い出されて、しょうがないから自分で探そうかなーって。無いもの調査しても見つからないのにね」


 迷い人にしては世界に馴染んでいる。

 音と口の動きのズレから言葉の壁をギフトか魔道具で乗り越えたお陰かと感心し、どのタイミングで迷い人なのか確認しようとして、迷う。


 ──タイミングを失うのは、魔王が喋る時以外は塩むすびを頬張って考え事をしているせいだが。


 ソラと名乗った子供は食べ物と同じように何も無い空間から本を取り出すと、此方に向けて差し出した。


「これは?」

「グリモワール。魔王なら大丈夫っしょ。使い方は……」


 本の能力にも衝撃を受けたが、説明の中でさらっと帝国皇帝が使っていると言われ「もしや……」という思考が過ぎる。

 今回の勇者にはオマケが付いて来たそうだ。


「……勇者か?」

「勇者には渡してないよ? あ、勇者には私のこと秘密にしてね?」


 違った。

 違ったどころか、どうやら勇者とは距離を空けている様子。


 無意識に伸ばした手が空を切り、視線がそちらに移る。


「あ、おにぎりもっとあるよ。そしてお茶忘れてたね」


 大きな葉に包まれた塩むすびを全て食べ終えたところで追加の丸くなった葉が現れ、今度は水筒まで。

 何だか悪い気がしつつも葉を解いて六つ目の塩むすびを掴んで口に運び、反対の手でコップを受け取りながら考える。

 勇者のことを知りつつ、存在を隠し、魔王である自分には簡単にバラす。


 悩み、緑のお茶を飲みながら何気なく自分の手を見る。


 ……塩むすび。


「そういえば何やら懐かしい食べ物だと思ったが、コメか」

「いまさら?」


 六つ目を食べて気付くのもあれだが、何度も塩むすびをだと分かって口に運んでいたはずだ。


 まだ食べたばかりでエネルギーが頭に回りきっていないだと呆けを心の中で否定しながら、あの日を、最初の勇者との懐かしい日を思い出す。


 大戦の和解後すぐの魔王城。自分が食べたいからと厨房に篭もった勇者が大量に産み出した、不格好で歪な形をしたそれら。

 旨いからと口に詰められ、強烈な塩味しかしなかった白い塊。

 炊いたコメを丸めて塩をまぶすだけなのにと悩む勇者と、処理に悩む勇者の仲間と城の料理人。


「懐かしいが、まるで別物だな」


 此方にはコメの甘みが感じられ、それを引き立たせる薄い塩味という絶妙なバランス。

 勇者のコメは硬すぎたり軟らかすぎたりと同じ鍋の中なのに何故かバラバラで均一性が無かったが、これは七つ目でも同じ丁度良い食べ応え。


「インベントリ内の腐敗チェック用だけど、問題ないみたいだね」


 ……前半の単語の意味は分からなかったが、全て聞かなかったことにした。


「やっぱり勇者の中には作る人いるよね、おにぎり」

「あまり関わらなかった勇者は知らんが、大体はコメを帝国で大量に仕入れていたな」


 特に最初と三人目が……と懐かしみそうになったが、魔王にとっては思い出よりも今である。

 自然と語り合っていたが、料理というのは話題としても偉大であると再認識した。


「ソラは迷い人か?」


 単刀直入すぎるし、迷い人というのは一般的な用語では無い。


 ──相手がソラでなければ、説明を間に挟むことだろう。


 あっけらかんと、ソラは言う。


「勇者召喚に自分から巻き込まれにいって勇者達にバレないように立ち回ってるから……飛び込み人?」


 ──“これ”が今回の勇者が関わる騒動の“核”であると、魔王が確信した瞬間。


「そういえばお昼だけど、ついでだから一緒に食べる? 目的地は帝都っぽいし、過去の勇者の話とかちょっと気になるし」

「構わないが……此処から飛んでいくのか?」



 ゲートに驚き、その魔力に驚き、その後に皇帝から聞かされた話にも驚かされた。

 和やかにソラとは別れ、勇者の知らせをくれた人物に短い文を送り、その魔道具より圧倒的に優れたグリモワールにて情報収集。




「……しかし」


 夜。


 帝国城にあてがわれた部屋で魔王は一人、見張りが居ないことを確認してから呟く。


「“あれ”は本当に核なのか……?」


 確信は、早くも揺らいでいた。



次回は魔大陸道中編のつもりでしたが、本編を放置しすぎたので本編に戻ります。

キーとなるものが無いから本編で飛ばしたわけですし、多分、お蔵入り。

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