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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
穴抜け短編集
110/133

エメルド公爵令嬢

前話の続き。

 ローザリンデ・ツィツェーリン・エメルドは、自分とお付きの侍女しかいない豪奢な馬車の中、凝り固まった眉間を指で解しながら考えごとをしていた。


 今から行く立食パーティー。次の社交会。自分にまで伝わってこない城の騒動。兄の継承式。兄嫁の懐妊。自分の婚約話……は、忘れよう。

 若くして苦労している彼女は、帝都に構えるエメルド公爵家の一人娘。


 エメルド公爵家は、ガングリファン帝国の中でも数少ない「公爵」を名乗っている貴族である。



 公爵は、帝国爵位に関する知識無き者には大公の下の地位と勘違いされやすい。大公家のように広い領地を任されているわけではなく、帝都の一等地に屋敷を持つだけ。

 大公と公爵では前者の方が何となく上に見えてしまうのも一因だろう。

 実際、地球のヨーロッパでは公の称号の上として用意されたのが大公であるし、召喚された勇者もその多くは勘違いしたという。


 ガングリファン帝国の大公は「大領を治める公爵」という意味合いであり、大公も公爵も同じ公爵級。

 しかもエメルド公爵の役職は他国でいう宰相に近く、四大公よりも帝国に与える発言力は強く、実質的な帝国の二番手。

 流石に大公を顎では使えないが、大公領の運営に苦言を呈しても反論を言われないほどには偉いのだ。


 もっと言えば、皇帝のお膝元なので霞がちだが帝都はエメルド公爵家が皇帝から任された都市。帝都の役所仕事であるアレやコレやが公爵家のお仕事。


 身分としても持ち領としても決して見劣りはしていない。

 皇帝、広すぎる大公領を前にして霞がちなだけなのだ。



 エメルド公爵は、かなり偉い。

  大公以上、皇族未満。


 しかし拭えない地味さ。


 だが、それでいいのだ。


 エメルド公爵家は、地味でありながら権力のある貴族でなければならない家柄。



 “帝国情報部”の、隠れた主要メンバーなのだから。




 現エメルド公爵の一人娘である、ローザリンデ。

 世界屈指のエリート校である帝都の学園でトップクラスを維持し続けたその頭脳を活かし、情報部の仕事をサポートしている。


 次期公爵であるローザリンデの兄は幼き頃から武術に優れた一面があり、今は騎士団に所属し、その精神も貴族というよりは高潔な騎士。

 公爵家の跡取り、兄としても理想的な人物なのだが、そんな人だからこそ諜報や暗殺などという薄暗い仕事で何かが変わってしまうのでは心配になった妹は、父を説得し、兄を情報部から遠ざけて自分がその一員になることを決めた。


 父から見ても兄の姿は綺麗すぎたらしく、しかし貴族としてならば十分だと判断し、公爵位を兄に、ローザリンデの婿に情報部の仕事を譲ることを皇帝陛下にも確認したのだった。



 婿探しの条件に、情報部で働ける信用と能力という新たな難題が加わった、そんな現在。


 ローザリンデは未だ、情報部経由で男爵家の立食パーティーに呼ばれた、ということの異常性に気がついていなかった。

 何か重大な見落としがある気はしていたが、情報部の仕事にまだ慣れたとは言い難いローザリンデにはそのパーティーに出るという選択肢以外は有り得なかったし、あったとしても事前通達が無いのでさほどの問題だとは考えていなかった。






 時間はお昼時で、空には白い雲と真上に近い太陽。

 一軒一軒が広い土地で離れている貴族街にも、どこからかお腹が空く匂いが漂い始める時間。


 帝国流のマナーに従い、少し遅れてダッセル男爵家に到着した公爵家の馬車。

 爵位が高い者を待たせることは失礼にあたり、爵位が上位の者ほど遅れなければならない。本人ではなく令嬢でも、相手が男爵ならば遅れなければならない。



 空腹でお腹が鳴らないように気を付けながら、公爵家の家紋付き馬車から、男爵家の執事の手を借りてステップを降り……。


「いらっしゃいませー」


 耳に届いたのは、場違いな子供の元気な挨拶。


 ローザリンデは、予想だにしなかった男爵家の光景に目を丸め。

 短い時間で隅々まで見渡し、それでも納得出来ず、ぱちくりと長い睫毛を上下に揺らした。



 まず、パーティーを庭でやるとは聞いていない。

 室内と室外ではドレスを選ぶ基準が変わるので、招待側は先に伝えておくべきマナーだ。


 知り合いである“あの”男爵が犯すミスとは思えなかったローザリンデ。

 ここになってようやく、これがただの立食パーティーではなく、何か裏が潜んでいる大事なのだと警戒した。



 次におかしいのは、参加者があまりにも少なすぎること。

 見るかぎり、男爵家の家族と使用人しかいないのではないだろうか?


 爵位を持っているような人物は招待者である男爵以外見えず、だからといって商人やハンターが居るわけでもなく。

 遅れてくるにしても公爵令嬢以上となると皇族か大公当主となるだろうが、大公当主が帝都に来たという連絡は無いし、皇族は警備と人の目の問題から公爵家に隠れてとなると厳しいだろう。



 それでも最大の謎に比べたら、些細な問題だ。


 庭を囲むように並べられた、十台の屋台。

 それだけでも奇妙な光景ではあるが、それ自体は派手好きな貴族や豪商主催のイベントでは偶に見かける、複数の料理人を呼んで好きな料理の出来立てを味わうという趣向。

 遅効性の毒でも使われたら犯人が絞り込めないという警備上の観点からあまり好まれず、やはりこれも、男爵が行うとは思えないのだが。



 十台全て、同じ人物が調理すればそれも杞憂……か?


 肉を焼き、隣の屋台で魚を捌き、その隣でご飯を盛り、そのまた隣で麺を炒め……。

 屋台から屋台へと消えては現れてを繰り返している仮面の子供、一人。



 何度か見かけたことがある男爵家の料理人はというと、米を炊いている大釜を見張っているが、見張るだけで普通に食事をしている。


 入り口に背中を向けて一つの屋台に齧り付いているのは男爵令嬢は、子供がその屋台で調理を始めると身を乗り出し、出来た料理をすぐさま口に運んではクネクネと腰を振って踊っている。

 踊りは奇妙ではあるが、食事が出るパーティーで偶に見かける彼女の名物なので踊り自体は気になら……いや、気にならないと言えば嘘になる。




 入り口から動けずにいる公爵令嬢に、このパーティーの主人であり招待主であるダッセル男爵が、酒で赤らめた顔を隠そうともせず挨拶にやってきた。


 ローザリンデは動物の熊を剥製でしか見たことはないが、それを連想させる毛深い大男である。

 見た目からは想像つかないが頭の回転が非常に早く文官向きで、男爵がまだ若い頃、男爵家を継ぐか役人となって城勤めするかの二択を先帝直々に尋ねられたという逸話が残るほどの天才。


「まさか本当に来ていただけると」

 社交辞令の後、男爵の口から出たのはそんな言葉。

 まるで来るとは思っていなかったというニュアンスの言葉に、ローザリンデはようやく「情報部からパーティーの話が来る」という事のおかしさに気が付いた。


 貴族のパーティーは通常、主催者から何かしらの連絡を送るもの。

 それが何故、手紙や伝令ではなく、貴族にすら存在を隠しているはずの情報部から?


 ──誰が、どうやって、情報部に?

 表情から悟られないように貼り付けた笑顔で、内心は口封じやら懐柔の方法に考えを巡らせるローザリンデに、男爵は、封蝋がよく見えるように手紙を差し出した。


 一目で分かる、皇帝の封蝋だ。


「これは……!」


「料理で忙しいから公爵家令嬢がお見えしたら代わりに渡すようにと、あそこで料理している子から預かりましてな。皇帝からの手紙を本人から手渡さなくていいのかとも尋ねましたが、まあ結果は見ての通りで」


 男爵があの子と指したのは、屋台から屋台に瞬間移動している子供。男爵の人差し指も、屋台から屋台にと忙しそうだ。


 渡されてすぐ開けるのは失礼だが、しかし皇帝からの手紙となれば……と悩むローザリンデに、男爵は何気なしに答えを授ける。


「何でしたら、手紙を読む前に聞いてみたら如何ですかな」

「聞く? あの子供に?」


「いえ、皇帝陛下があちらに」


 悪戯が成功して喜ぶ子供そのものの顔をしたダッセル男爵に“ギリギリ失礼に値する”おざなりな礼をして、ローザリンデは急いだ。

 今代のダッセル男爵は立派なお方だが、昔からああして悪戯心が溢れているというか、人をおちょくるのが好きというか。


 だが知らなかったという言い訳が通用するはずが無い、皇帝を待たせて遅れてやってくるという不敬罪。

 皇帝陛下に対して失礼なことだけは本当に、本心から止めて頂きたかった。


 それでなくてもローザリンデは、今代の皇帝陛下が怖くてしかたないのだ。




「極秘の会合だ。礼儀は不問とする」

 遅れてきた公爵令嬢に、皇帝陛下から恩赦が下される。

 頭を深く下げるが、汗が止まらない。


 会場隅の丸テーブル。

 エルフの侍女長により屋台から運ばれてくる料理を口にしている皇帝陛下その人と、同席している見知らぬ若い女性。


 綺麗に整えられた金色の髪と白い肌、顔の造りから帝国人では無さそうなその女性。

 見慣れない生地とデザインだが、この人のためだけに拵えられたかのように似合っているドレスを身に着けていることから、最低でも貴族並の令嬢だとは推測出来た。


 それと皇帝陛下の背後に控えている執事のような格好をした女性は、お家騒動で跡を継いだばかりのハートン女伯爵。

 令嬢時代から男装を好み、女性でありながら女性好きだという噂が伯爵を継いだ今でも離れない不思議な貴族だ。


 その全ては女性を落とすためだけに産まれてきたのではないかと囁かれる美貌と、夜会でモテない男性の恨みを買う数少ない女性。

 公爵令嬢としては、あまりお近付きになりたくない人物なのだが。

 その冷や汗と固い表情から自分と同じ境遇なのだとひしひしと伝わり、今だけ自分の味方なのだとローザリンデは思うことにした。



 澄まし顔で食事している女性に関しては全く分からないが、伯爵が背後に控えている席で皇帝に同席を許されている時点でただ者ではない。

 つまり彼女こそがこの男爵家のパーティーに自分を、ハートン伯爵を呼んだ原因の“一つ”だろうとローザリンデは解釈した。


 一つというのは、この女性も十分に怪しいのだが。

 料理を作っている仮面の子供が、それ以上に怪しすぎたからだ。



 遠目にしか見ていないが、貴族の嗜みとしてそれなりの美食知識を蓄えているはずのローザリンデをもってしても「勇者料理に近い」としか分からない料理の数々。

 それは「今年、数名の異世界人を巻き込んだ勇者召喚が行われた」という情報を知っているからこそ、脳裏を過ぎる疑惑を生み出してしまう。


 巻き込まれた勇者の仲間はそれぞれ、勇者の『聖剣』には及ばないが世界的に稀有なギフトの持ち主である。

 異世界から召喚された勇者しか持ち得ない『聖剣』があるように、異世界から召喚された者の中に未発見のギフトを持つ者が居ても何らおかしくはないとローザリンデは考えていた。


 そしてそれは、当たっていた。




 決まりきった挨拶と社交辞令の後、先に女伯爵に伝えたであろう事を皇帝は告げる。


「王国の勇者召喚の“大きすぎる副産物”のせいで帝国の在り方が少し……いや、大きく変わることが予想される。その対策として選ばれた貴公らは、あの料理している仮面の者と、こちらのお方に媚びておけ。これは皇帝としての命令だ。詳しくは後でまた伝える」


 ローザリンデの予想通りである、勇者の巻き添え。

 陛下からの命令は天命。

 しかしならば黒髪である仮面の子供が重要人物のはずなのに、絶対権力の持ち主である皇帝陛下が遜って呼ぶのは、資料に残る勇者との外見的共通点がない金髪の女性。


 異世界の勇者とは違う民族なのだろうかとローザリンデが考えていると、女性は立ち上がって帝国式ではなく王国式の、貴族の中でも身分が高い女性が身に付ける礼儀作法に倣ったお辞儀をしてなおさら混乱させる。


「誘拐されたラクーン王国の第三王女。今はベルと名乗っているわ。宜しく」


 誘拐された隣国の王女が、偽名を名乗り、男爵家のパーティーに皇帝陛下と共に出席して正体を明かす。

 それを聞かされ、皇帝を前にしてローザリンデは馬鹿みたいにポカンとした顔をする。


 控えているハートン女伯爵の同情するような瞳から、先に聞かされて今の自分と同じような顔をしたのだろうなと思えば、今の顔を客観的に想像することで少し冷静になれた気がした。



 王国に知らせるのが当然と言えば当然の対応だが、王国の第三王女というのは一部の者には有名な『呪いを宿した姫』。誘拐された所で王国は見捨てることが確実視。

 ならばどうすると帝国中枢の頭脳が考えた結果が、異世界人を制御する人間として帝国に取り込むことなのだろうと推察される。


 それに、ラクーン王国では呪いと呼ばれ嫌悪されているようだが、やろうと思えば一人で国に攻め込めるほど強力なギフト。

 何をやるのか分からない異世界人と並び、帝国の監視下に置くことはとても重要である。



「それと公式発表はまだだが、今回の件もあって娘を正式に後釜として選んだ。情報部による貴への根回しを頼んだ」


 皇帝陛下はついでと言わんばかりに重大発表、それと公爵家が情報部という機密漏洩をこの場に残し。

 帝国の爵位持ちが頭を下げる中、仮面の子供に声を掛けると、その子供が出したらしい不気味な黒い渦へと侍女長と共に入って消えていった。


 それだけでも、仮面の子供に驚異の片鱗を感じた。




 事の重大性が僅かだが伝わり、伯爵と男爵を交え、ベルと名乗るラクーン王国第三王女から今すぐに必要な分だけ「ソラ」という異世界人の特徴を真剣に聞く。


 その劇薬のような能力と、女伯爵が好きそうな、いや、女伯爵を好きそうな性格。

 重くなる頭を押さえながら扱い方まで聞き、途中で話に顔を出した異世界人──ソラから『友情のグリモワール』という危険物も手渡され、帝国貴族の会議は熱くなる。


 ほぼ男爵の身内、ソラを知っている人しか参加していない立食パーティー。

 料理を担当している異世界人から料理を食べろと勧められ、絶賛誘拐中の王女まで説明を止めて食事を再開してしまい、会議の続きは馴染むためにも後日グリモワールでとなって解散。



 ローザリンデの頭脳は、悩みの種を今だけでも忘れさせてくれる何かを求めた。


 皇帝陛下が参加していることを知りながらも真昼から赤ら顔だった男爵も、思えば自棄酒だったのかもと思い当たる。

 男爵家のパーティーという体裁はあったが、実体は……。



 ローザリンデは男爵とは違い、酒ではなく食に走った。

 貴族のマナー、女子として気にするあれこれも今だけは忘れ、原因である料理人が喜び、女伯爵が引くくらいにやけ食いした。


 自棄だったが、それが気に入られたのだろう。


 それからは何かある度に男爵令嬢アラーナと異世界人ソラの三人、そこに不定期だがベルやハートン女伯爵、新たに知り合った女性たちを交えた食事会が開催されるようになり。


 エメルド公爵令嬢からまた一つ、男っ気が失われた。



 今回の件を皇帝陛下から事前に聞き、娘の参加を陛下に促したエメルド公爵その人は。


 何だったら婿はいらないな。

 息子の子供に期待しよう。


 と、娘より先に開き直っていた。





 友人に迷惑を掛けたくはないという、ソラの日本人らしいといえばらしい感情。

 帝国で何かやろうと思い付いてもまずは帝国の誰かに一声尋ねるようになり、ソラの帝都での勧誘や不法侵入も、無くなったわけではないが随分と大人しくなった。



 ローザリンデは、歳が近く、常識的で、秘密を守れる者として皇帝陛下から求められた仕事をしっかりとこなした。

 ……の、だが。


 求められる役割と、貴族令嬢としてプライド。

 ローザリンデに対して大食いイメージを持ってしまったソラが作る料理と、理想の体型との板挟み。


 乙女の、誰にも見せられない孤独な戦いが今、幕を開けた。

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