オマケ付き
更新が遅れてしまった事、大変申し訳ありません。
大きさは人間の子供と同じくらいで、毛むくじゃらで肉球がある不思議な手。
手の中の異世界を黙って堪能しているソラ。
猫獣人に引っ張られて辿り着いた先は、あまり裕福ではない平民が暮らす地区の一画にある、日干し煉瓦を積み重ねた砂漠らしい平屋。
二階は無いが奥行きがあり、全部で五部屋くらいか。
「少々お待ちを」
熱射病になりそうな暑さと、ふさふさで暑苦しそうな猫毛。
汗は掻いていないようだが妙に熱い肉球をソラから離した猫獣人は、息を整えてから扉をノックした。
少しだけ開いた扉から顔を出して無言で来客者を見上げる褐色肌の少年。
「やあ、フレディー。君のお父さんは居るかな?」
無言のまま顔が引っ込んでから、暫く。
「早かったな。こんな天気が良い日にわざわざ走ってきたのか?」
扉を開けたフレディー少年の父親と立ち話が始まる。
ように見せかけた、合い言葉の照らし合わせ。
手持ち無沙汰になったソラは会話を盗み聞きしつつ、ベルがしっかりと此方に向かっている事をマップに付いた味方マーカーで確認して一安心すると、暇潰しにスキルの構築を見直して室内用と砂漠用を準備しようとウィンドウを開いた。
「長話になりそうだし、外は暑いだろうから中にどうだ?」
五分ほどの合い言葉と隠語による報告でようやく中へ入れるようになったので、ソラは何度も立ち止まりながらゆっくりと進むベルのマーカーを気にしながら室内に。
「お言葉に甘えてお邪魔するよ。ああそうそう、遅れてもう二人ほど来るそうだから先に水を用意しておいてくれると助かるかな?」
「この暑さは慣れていない人には大変だろう」
ベルの場合、知らない場所で出された飲み物を飲まない気がする。
ドリンクを用意しておいた方が良いかと頭の片隅に入れながら、ソラはマップに点滅する情報部の多さに何か違和感を感じたり
外からは普通に見えるが内側は家のグレードに見合わない防音扉を閉めれば、ソラを放置して情報部二人は偽りの商談は捨てて仕事の話。
ただの運送要員であるソラは、マイペースにキョロキョロ。
玄関よりも厳重な防音処理が施された奥の扉が気になりスキルで<透視>しようかと考えているうちにその扉が内側から開き、街中で見かけた、あの褐色肌の踊り子っぽいお姉さんが現れた。
「報告は後回しにしてまずは仕事をこなしましょ」
こう見えて幹部のお姉さん。ゲームやアニメを嗜むソラからすればむしろお偉いさんにらしくない人が居るのは定番なので、鉄板だよね、という気持ちの方が強い。
上司の言葉に二人が会話を止めて佇む中。
仮面の子供に気付いたお姉さんは無駄に色っぽく近付いてくると、目線を合わせるために前屈みに、その豊満な胸を両腕で挟んで見せ付けるようにしながら微笑む。
「さっきぶりね、噂のお嬢ちゃん。実は私もこの人達の仲間なの」
この一部分強調アピールには、ソラもにっこり。
情報部にはソラの女性好きが正確に伝わっているらしい。
「えへへ」
バレないようにスクショを撮りながら、ソラはすっかりデレデレ。
ソラを案内してきた猫獣人が正体がバレてる件を伝えようとするも「報告は後で」と遮られ、お姉さんはソラに向き直って最終確認。
「連れて行って欲しいのは二名。件のギフト保持者とその護衛。薄々感づいてはいるみたいだけど、帝国関係だってことは運び終わるまでは秘密にしてね」
「らじゃー!」
ビシッと敬礼する仮面の子供に微笑んで、待たせている場所に案内する。
残された情報部の二人は、フレディーの父親役がもう一人の客人を迎えに行くことにして、猫獣人は報告の為に待機。
「で、対象はこの部屋に居るわ。行くのは連れが合流してからで構わないし、部屋をこっそり観察してるから連絡とかも特にいらないから。部屋の中じゃなくてここで待っててもいいわ」
「うん、ありがとお姉さん」
スクショで満足したソラは、一切の躊躇無く部屋に入った。
そこに居たのは、頬杖を付きながらテーブルに本を置いて読んでいる魔法使い風の優男。
と、その背後で立っている黒髪の、仮面を付けた護衛。
仮面仲間でも図体からして男なので、ソラのテンションは少し下がる。
「貴殿が運び屋か?」
挨拶も無くスタスタと入ってきては対面の席に座った仮面の子供に、気分を害した様子も無く普通に尋ねる優男。
接触してきた集団に目星を付けている男は、この人物も体型に似合わぬ実力者なのだと想定しており、小さいからと見くびるようなことはしない。
「そうだよ。町で仲間とはぐれちゃったから暫く待ってもらうけど」
「構わん」
興味を失ったらしくまた本を読みだした優男を見ながら、情報部のお姉さんの正体を見破った本当の手段、鑑定の魔法を無詠唱でこっそりと使う。
猫獣人の女の子が諜報員らしからぬ可愛らしい反応……単に路上で目立つのを嫌っただけの行動だが、男相手にそんな会話をする事も無く。
優男のギフトは、情報通り『英霊顕現』。
そして護衛の男は──。
「王国がまた勇者を召喚したっていう噂、知ってる?」
突然喋り出した仮面の子供に優男は目線をやるだけで、護衛は動かない。
僅かな沈黙の後、ソラは続ける。
「何でも、王国の呪われたギフトを持つ第三王女が勝手に喚びだしたんだと。そしたら『聖剣』を持った勇者以外にも異世界の人間を巻き込んでしまったらしくてさ、初の異世界人パーティーが出来たとか何とか」
話の途中で護衛の男が此方に目を向けたことに気が付き、ソラが内心でほくそ笑んでいると、本に目をやったままの優男が何故か不機嫌そうに呟く。
「それが何か。私達には関係の無い話だと思うが」
答えは返さず、ソラは続ける。
「そしたら召喚を行った第三王女、黒い翼を生やした悪魔憑きらしき何者かに浚われちゃったんだって」
護衛の肩が、跳ねた。
「第三王女は何らかの異変に気付いて国王にも内緒で勇者の儀を行い、それが敵にバレて浚われたって王国では噂だね。勇者達は悪魔憑きが飛び去った方向にある帝国へと旅立ち、今は四公巡りの最中かな?」
「これから帝国に向かうから勇者に会えるとでも? 馬鹿馬鹿しい。興味ないね」
優男が苛立ち気味に声を荒げる。
ソラが話し始めてから本は一ページも進んでいない。
「帝国に向かうなんて一言も言って無いじゃないか」
心外そうに答えるソラはソラで、道化になりきる。
「まあ、行くんだけどね」
椅子を倒す勢いで立ち上がろとした優男はしかし、護衛の男に肩を押さえられて止まる。
渋々といった様子で座り直す優男は隠すことなくソラを睨みつけ、本を閉じる。
マップを確認してベルが到着する時間を計っていたソラは、締めに入る。
「十代目と呼ばれている今回の勇者以外にも、実は、第三王女は勇者を召喚していた」
優男は黙って睨むだけで、護衛は……。
顔は仮面で隠しているが、隠しきれていない動揺と、ソラを見つめる覚悟を決めた瞳。
その瞳に対してソラは、自分の髪を摘まんで持ち上げてみせる。
疑問を浮かべる護衛だが、その意図が伝わると、目を見開いて身体を硬直させた。
手応え十分。
ひらひらと手を振り、話を止める。
「私はただの助っ人で、噂の情報部を手伝ってる一般人。帝国は『英霊顕現』が気になるだけで勇者あれこれとは無関係。この部屋も帝国の人間に監視されないように結界を張ってたから、安心して帝国に行けばいい」
「信じられるか。火を灯す程度の魔法ならば気付けないのも分かるが、結界の中に入れば流石に気付く。私を嘗めるな。おい、此処から逃げるぞ」
肩に置かれたままだった護衛の手を払い、優男は立ち上がる。
戸惑った護衛も優男に追従して動くが、その視線をソラから離さない。
「信じなくてもいいけど、どっちにしろ君達は逃げられない。此処は帝国の諜報基地だし、何より──」
「──私に見つかった」
・・・
帝都が遠くに見える高台に開いたゲートを閉じて、二人の客人を乗せた馬車を見送るソラとベルと……。
「雰囲気で全てを呑み込んだ、出鱈目で素敵な交渉だったわ」
一緒に馬車を見送るのは、猫獣人から素性と男性歴がバレてる件を報告された褐色の美女。
「どうして付いてきたの?」
ソラの問いに。
「各国に派遣された情報部は何年かに一度、帝都に来ないといけないのよ。重役になってからはサボり気味だったけど、便乗しちゃった」
結界は嘘で、情報部はしっかりと勇者のあれこれを聞いている。
「まさか、はぐれ勇者が砂漠にいるとは。ベルが城で試しに召喚したって人?」
「二回試したうちの一人。もう一人は余分に召喚される人間を送り返す術式の実験に使ったから、勇者はあれで最後よ」
勇者召喚は異世界からの誘拐だと考えれば、悪びれもしないベルは中々の悪女っぷり。
産まれ持ったギフトのせいで暗い未来が定められていたベルが、自分の世界を壊してくれるかもしれないギャンブルである勇者召喚の練習台で、恨んでくれたら面白いと敢えて放置した非公式勇者。
ソラのお陰でそんな未来は破壊されたので地球に返してあげてもいいのだが、ソラの楽しみ、もとい勇者とセットで訪れる災厄を帝国と一緒に自演するための材料の一つになればと、こっそりグリモワールで相談した結果がこれ。
「あとは彼らが勇者一行と会ったりして、ハチャメチャしてくれれば良いね」
ソラはニッコリ。
「あのギフトも面白そうだし、一波乱は起こしそうね」
ベルも楽しそう。
ゲートを潜る時に非公式勇者と一緒だったが、ベルが付けていた仮面の効果と、ソラが話した浚われたという先入観、彼らの精神状態のお陰でバレずにすんだ。
バレたらバレたで面白そうだと思っていたのはベル本人だけだ。
ソラは小さくなる馬車を眺めながら、何となく、この時代の勇者はソラと真逆な婦女子が好きな設定になる運命にでも決められているのだろうかと不憫に思った。