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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
忘却エネミー
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夢と浪漫と

 黒龍に関する調査を帝国に丸投げ。

 夕暮れ前に帝都から自宅玄関前に『ゲート』で帰ってきた二人。


 一人は口で残念そうな事を言いながらも、白いアイマスクの下で実に満足げなホクホクとした顔で。

 一人は無表情で、隣の少女を目だけで非難している。



 他人が着ている服をインベントリにしまう。

 恐らく現実になって歪められたゲームシステム的に、服装は「装備していないアイテム扱い」で。「メニューから装備画面を開いて」なんて真似がソラにしか不可能な世界では、ソラは他人の服も武器も関係無しに触れればインベントリにしまえてしまうわけで。

 相手の装備を奪うより殴った方が早いので戦闘面では殆ど使えない能力だが、窃盗や“今回のような犯罪”にはとても強力な技だ。


 被害に合わなかったベルと皇女は、その時、ソラの手が届かない位置に逃げて惨劇を見ている他になかった。



 皇女付きの使用人や護衛は、何がとは言わないが、全員が大きかった。母親が付きっ切りで育てるわけにはいけない身分だからこそ敢えてそんな特徴持ちで揃えたのか。


 天井に隠れていた情報部は、仕事柄、小さい方がいいのだろう。必死に色々と隠して天井に逃げ帰る姿は、脱がされただけではない複雑な悲しみを背負っているようだった。


 服はきちんと皇女の部屋に置いてきたが、ソラ達がいる間、情報部の子が天井から降りてくる事は無かった。




 出迎えに来て「お帰りなさいませ」と頭を下げるソフィアを前に数歩進んだベルは、立ち止まったままのソラに振り返り。


「悪戯に使うのは止めなさいよ」


 そんな言葉を残し、疑問符を浮かべるソフィアを呼んで、ソラが買ってきた本を読むために一足早く玄関の中に消えた。



 新しい本は、日本で一度は行ったことがある場所に『ゲート』で跳んだソラが、召喚される前の自分や知り合いに会わないように隠れながらステルスで飛び回り、全国の本屋を巡って買ってきた物。本以外には調味料の補充も。

 次に来るための新しい『ゲート』の場所を探して記憶し、一度行った店には行かないようにすれば安心。


 高校生にしては訳ありな現金を多く所持していたソラに死角は今のところ無いが、使えば無くなるので、そろそろ何か現金入手の手段を用意するべきなのかと考え中。


 「駅のホームに謎の光。行方不明者六人」という事件が話題になった日。

 複数の店の監視カメラに行方不明になったはずの少女が写っているものの、同時間帯にしては有り得ない移動距離からまず発覚することは無いだろう。






 外の冷たい空気に触れ、目が冴える感覚を覚えたソラ。

 今日の出来事が全て現実味を失ったかのような夢心地な気分に浸り、夢では困るので、冷静に先程までの出来事を一つ一つ思い返してみた。


 温泉以外では初めての肌色面積。


 押さえ込みに来た所をわざと触れてみたり。


 皇女の前というシチュエーションによる表情。


 揺れと、必死に隠そうとする腕からはみ出る肉。


 残念な子のリアクション。


 顔を真っ赤にした皇女。


 ベルの見下すような視線。




「ぐへへ……」


 玄関前に立ち尽くしたまま、ぽつりと呟く。


「……あれが、私が異世界に求めていた本当の魔法だったのかもしれない」


 あの瞬間、ソラは間違いなく異世界に来てから最大の、魔法や龍やその他諸々よりも大きな興奮を覚えていた。

 興奮には違う意味も多分に含まれていたのかもしれないが、非現実感が満載で、脳汁が溢れてこぼれ掛けていた。


 冷静に考えていたはずが、ソラは今、桃色な世界にトリップしていた。







「──様! ソラ様!?」


 首がガックンガックンと揺れた。


「はっ!?」


 両肩を掴まれて前後に揺さぶられたソラがハッとして意識を取り戻すと、女騎士さんがほっとした表情をして肩から手を放した。


「幻想薬を飲んだような反応でしたから、心配しました」


 此処で言う幻想薬とは、帝国での非合法な薬の総称。


 一緒にこの土地に来た元騎士の皆で訓練して居候しているような家に帰ってくれば、元騎士になるきっかけとなった主犯がへらへらと笑いながら涎を垂らして突っ立っているのだ。

 ソラのふざけた実力を知っている騎士のその時の恐怖は、ソラをそのような状態に出来る能力者の出現や単に頭がイかれた可能性などを、色んな意味で計り知れない。


「今、もう一人が誰かを呼びに行きましたが……大丈夫ですか?」

「え、うん、大丈夫。薬とかやってないし、体調不良でもないよ」


 妄想の世界にトリップしていただけでコレ。



 自分は一体どんな顔で立っていたのか。

 それを人に見られた事実。

 しかも、まだ仲良くなれていない女騎士さん。


 これでもソラは高校生。


 風に当たっていた時よりも、血の気が引けるように頭が冴えた。




 所謂、『黒歴史』という奴だ。






・・・






「これは駄目ね。手が付けられないわ」

「ベル様でも駄目ですか……」


 呼び掛けるだけ呼び掛け、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの呆れ顔で手のひらを上に向け肩を竦めるベル。

 ソフィアは、もうこれ以上の策が思い付かず絶望した。



 ソラとベルが帝国に来る前。後々、王国内に作られた帝国情報部の隠れ里だと知る獣人だらけの村近くでの話。

 思い返せばあれも例の組織の計画だったのだろう“花咲きトカゲ”の大群をソラが狩るまでの間、ベルの安全を確保するために発動したソラのゲーム魔法。

 外からの侵入と攻撃を防ぐが、中に居る人物が外に出るか攻撃行動をする事によって解除されてしまう『サンクチュアリ』。


 『サンクチュアリ』は光属性の魔法で、それと同系統の土属性魔法『シェルター』。

 半円形のドーム型の土壁を作り出すだけの、ゲームでは解除するまで中でメニューを開く事しか出来ない、使い道が無かった魔法。


 それも今では、立派な引き籠もり用魔法として大活躍。



「今更、何を恥ずかしがってるのかしら?」


 ソラがクネクネと踊りながら歌っている姿を目撃したことがあるベルは、それよりも恥ずかしいのだろうかと首を傾げた。

 あれはカタリナの胸を揉んだ日だったか、温泉に入った日か。


 それより今日の服を剥ぎ取られた人達の方が……と考えるベルには、ソラの繊細な乙女心が伝わっていないらしい。


「ソラ様、『女騎士さんには格好良く見られたい』と仰ってましたし……」

「あの子のキャラクターの時点で手遅れでしょう」


 ばっさりと切り捨てるベルは清々しく。

 クールなようでいて心配性なソフィアがオロオロとしているが、相手が知らない他人ではなくソラであるため、ベルには秘策があった。



「ソフィア、赤と二人の騎士を連れて裏の小屋に来なさい。念のため黄色か緑を此処の見張りに」


「ソラ様の鍛冶小屋ですか? 危険な物が多いので立ち入り禁止だと……」

「鍛冶小屋というより趣味部屋ね。大丈夫、私はどこに何があるのか大体は知っているから」


 <大工>スキルで実際の家が建てれることを利用して、その他のスキルでもゲームアイテム以外に制作出来ないかと模索する時にソラが籠もる、離れの小屋。

 <錬金術><刀匠><ポイズンクッキング>といった脈略の無い様々なスキルを確認するためにも使われているので、中は散らかっているだけでなく、危険物にも溢れている。


 特に<ポイズンクッキング>は、ソラも処分に困るほどで。

 どれも一見して美味しそうな料理なのだが、実験として一月放置してもまだ出来立てのように温かかったり。置いておくだけで虫除けになったり。燃やしたら良い匂いがする、呼吸器に甚大なダメージを与える毒素をバラまいたり。

 土に埋めたり海に投げ捨てたりは環境破壊になり、魔物に食べさせれば変異したり、火山に放り込んだら噴火を促しそうで。宇宙空間に放棄する方向で考えているが、今は仕方なく小屋に冷蔵庫を置いて収納している。


 そんな危険物が置かれている小屋に二人を呼びにいかせている間に侵入したベルは、無事に目的の物を見つけ、しかし、重さを考慮するのを忘れていて溜め息を吐いた。




「本当にコレを!?」

「うっ……」


 嫌ですと素直に口にしない辺り、普段着に着替えて村娘にしか見えない二人だが、騎士としての精神が伺える。


 小屋の前で女騎士とメイドを待たせたベルが、小屋の中から重たそうに持ってきた物を受け取ったメンバーは疑問符を浮かべ、それが何であるかを理解した順に戦慄した。


 今回は自分じゃないと聞かされ安堵していた赤メイドも、コレには同情する。


「ソラはそれのためだけ・・に、二人から嫌われたくなかったのよ」


 断言するベルに、改めてソラの業の深さを思い知らされる。


 どうして現場である玄関前ではなく屋敷の裏に呼ばれたのか初めは理解出来なかった女騎士の二人だが、手渡された物と、ベルが解説した今回の「ソラ引き籠もり事件」の真実に衝撃を隠せない。


「確かに、仲良くなってからなら話の種に……」

「いや、でも……」


 躊躇う二人の気持ちは、今回はベルにもよく分かる。



 だからこそ、命令する。



「ヒリヤ、インナ。両名はコレを装着し作戦を決行せよ。これは帝国の命運を担う──かもしれない重要な作戦である。反論は許可しない。直ちに行動せよ」


 王族の貫禄か、本人の素質か。


「「はっ!」」


 反射的に帝国式の敬礼をした二人は、ベルから初めて名前を呼ばれた事に動揺しながらも、先程までの躊躇いが嘘だったかのように、野外だという事を頭から消し去り服に手を──







「マジでか!」


 効果覿面すぎて、逆に恐い。


 準備が整い、土壁をノックしたベルがソラに話しかければ。



 半円形の天井が爆発したかのように内側から吹っ飛び、何故か聖職者のような服を着たソラが素顔のまま上から跳びだし、着地と同時に目標を確認。


「マジかぁあああああああ!!」


 ダイブ・イン・バスト。


「ひぃ!?」

「うわあ!?」


 気迫に負け、腰が引ける女騎士を守るようにベルがソラの前に立ちはだかると、小屋から持ち出した玩具のハンマーを振り上げ。


「落ち着きなさい」


 ピコ、という可愛らしい音とは裏腹に、ダイブしていたソラが地面に顔から墜落した。


 二つしか存在しない、固定ダメージを与える近接武器が一つ、『ピコピコハンマー』。“強制ノックバック”というハメ殺し性能を持ち、対ソラ用には同じく固定ダメージの銃よりも向いている凶器。



 ノックバックにより打ち落とされたソラはしかし、めげずに立ち上がるとフラフラと女騎士に近づき……。



 膝と手のひらを地面に着け、四つん這いになると。



 突然、泣き出した。



「なんで!?」


 今までの謎な流れでも黙って見ていた緑も、これには声を上げた。




「本物……本物だよ……」


 “ビキニアーマー”を着た「職業・女騎士」を前に、ソラは、ただ号泣することしか出来なかった。





なんだこれ

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