消えた証拠
遅くなってしまい申し訳ありません。
帝都からひとっ飛び。
黒龍の目撃地点である湖周辺を上空から見下ろしたソラは、首を傾げた。
マップ画面で現在地を確認して、また首を傾げた。
そしてその場では何もする事なく帝国城行きの『ゲート』を開き、帰っていった。
写真を睨むのは皇女。
「此処で何が起こった?」
帝国には魔法技術が使われた高性能カメラがあるが、今回の写真は『友情のグリモワール』の追加機能であるスクリーンショットを利用した航空写真。
調査へと向かう情報部を『ゲート』で送ったついでにソラが撮影した物で、皇女は自分のグリモワールを開いて睨んでいる。
閑話休題。
写真は湖を中心に収められている、が。
湖は茶色く濁り、元は自然豊かだったであろう周囲一帯の森林は湖を軸に放射状に黒く染まっていた。
火災跡だ。
例の襲撃犯達の拠点があったはずの場所が最も被害が大きく、建物跡も残らない、土が剥き出しの広場と化していた。
事前に持っていた情報と写真とを合わせれば、ほんの少しだけだが見えてくるものがある。
「犯罪組織と黒龍は別。たまたま場所が一致しただけ……?」
皇女は考える。
ソラはクッキーを摘まむ。
ベルは紅茶を飲む。
皇女は本を投げた。
「少しは考えるふりでもせんか!」
破壊不可オブジェクトである、凶器になる本を片手でキャッチするソラ。
クッキーに入っていた未知のドライフルーツが気になっていて気も漫ろだったが、本をテーブルに置いて。
「だって黒龍もいないし、謎の組織とか帝国の情報部だけで結構満足だし」
手元から離れたためグリモワールは消えた。
持ち主である皇女が意識すればまた出せるが本人にその気は無いようで、腕を組んで苛々している。
ソラの目的は黒龍の素材であり、組織はおまけ。
そこの組織が黒龍を確保している可能性が高かったから興味があったので、関係無いなら興味も無い。
悪の秘密結社なら嗅ぎ回っていただろうが、尋問された捕虜が拠点の場所やらメンバーの能力やらをベラベラ喋ってしまうような普通の犯罪組織にソラは魅力を感じていない。
助けを求めて皇女はベルを見るも。
「私達に隠し事をしているからそうなるの」
涼しげな顔で意味深な発言。
ギクッと身体を強ばらせた皇女と、隠し事という魅惑的な言葉に興味津々なソラ。
ベルは、カップを受け皿に置いた。
「カタリナとネルフィー。彼女達が城に泊まれた本当の理由」
勇者で遊んだ作戦の時だ。
一端のハンターであり公式な役職を持たない二人が、ソラの友達というだけで帝国城に滞在できるのか。
……ソラの帝国での影響力を考えれば滞在は可能だろうが、警備として、皇女とは親しくなるほど会わないようにするのが正しいはず。
なら、皇女が自ら近付いたと分かる。
それは何故?
「ソラが黒龍で騒ぐ前に、組織とカタリナの故郷……聖国の関係性に帝国は気付いていた。聖国での魔女の身分は男爵相当。ある程度の政治知識も身に付けているけど純粋な貴族ではないから、必要な情報を聞き出すのは容易かったかしら?」
「くっ、やはりバレているではないか」
情報部はソラに気を取られすぎて、王国の第三王女を舐めすぎている。
皇女は、舌打ちしたくなる衝動を我慢した。
一部の騎士に気を付けさえすればガバガバ警備な、ラクール王国の王城。
そんな密偵入り放題な城に住みながら、情報部でも存在を把握していない隠し部屋に何度も出入りを繰り返していた人物。ほぼ放置されていたとはいえ、その稀有なギフトから王国にも監視の者は居たはずなのにだ。
今は他国で任務に就いている“情報部の問題児”と接触していたと出会った時にベルが話していたことから、己を監視する目、情報部の存在は知っていたのだろうが。
存在を知っているのと、その存在から身を隠すのはまた別の話。
ベルと呼ばれている少女はソラと違い武力は無いが、それに近い得体の知れない何かだと皇女は信じている。
実の所、皇女はベルが苦手だ。
「その組織って国が後ろに付いてるの? なんで?」
ソラの能天気さが羨ましいと皇女が溜め息を吐き、皇女に勝ったベルは微笑みながら解説。
「皇帝の執務室にあった資料を読んだら、襲われているのが獣人や亜人が中心の村みたいだったから。国家予算の流れを調べた資料もあったから、あとは連想ゲームね」
それは外部に漏らしてはいけない重要資料なのだが。
「コイツらに警備も何も無いがな」
皇女は諦め、幸せが逃げるとは何代目勇者の言葉だったかと考えながら、また溜め息。
・・・
「悪いが少しの間、黙って説明を聞いてくれ」
二人が頷くと、皇女は口を開いた。
「黒幕はビガーレン共和国。前身であるビガーレン大帝国から共和国に移行して百年ほどの、よくある一党による独裁国家だ」
千年前の大戦。その予兆が世界中に広がっていた頃に成立した宗教国家。
宗教の思想は純人間、つまり普通の人間が世界の支配者であり、獣人やエルフなどの下位種族は純人間の出来損ないである、というもの。
魔族は魔物と同等な存在であり全生物共通の敵であると未だに主張している珍しい国で、対魔族用の人造人間である魔女を生み出すような技術力がありながら同じ大陸の人類に敵を作りすぎてしまい、ビガーレン大帝国を名乗っていた頃はそれなりであった国土も分裂を繰り返して、今ではガングリファン帝国の首都にも満たない小国。
過激派の中心だった党だけが残り、独裁の共和国となった国。
「狂信者だったのは過去の話で、今や権力にしがみつく惨めな豚共の集まりだな。奴らの宗教では同じ純人間であるはずの国民すらも偏った教育で奴隷のように扱う腐敗したゴミ。過去の遺産を全て食い潰し、今更焦ってこんな莫迦な事をやらかすような奴らだ」
言葉と表情に嫌悪感が丸出し。
約束だから黙っているが、ソラとベルの二人は、皇女からただ事ではない何かを感じた。
「奴らはこの大陸中で騒動を起こし、それを自分達が解決してみせて、国家としての地位を復活させたいらしい」
……国ではないが、何処かで似たような話を聞いたことがある。
そちらは、大事件が付き物である勇者が予測も対策も出来ないような事件を呼び寄せないよう、勇者が必要になるような事件を自分達で起こしてしまおうという計画。
解決するのは誰か、利益を得るのは誰かの違いだ。
規模と事件を自作する辺りは特に似ている。
「英雄としての素質がある者を世界から捜し当てるギフトがあるらしくてな。カタリナ嬢はそれでオードという男と接触するように派遣されたようだが、まあ、本人はソラとの出会いで国と縁を切ることを決めたそうだ」
カタリナとの会話を思い出し、愉快そうに笑う。
部分的に育った身体のせいでセクハラは日常茶飯事。
腐りきった国の上層部に嫌気が溜まりに溜まり、爆発した結果の左遷が「英雄の勧誘」。
それが国外逃亡のチャンスとなったのだから皮肉なもので、どうして首輪になるものを付けなかったのか、逃げるとは考えなかったのかと皇女は訊ねてみたい。顔は合わせたくないので情報部を挟んで、だが。
「カタリナ嬢にはもしもの時に保護する条件として内部の情報を貰ってな。それを元に諜報したら、だ、な……」
笑顔だった皇女は、から笑いを止めた。
無理矢理笑って話そうとしたが、二人を前にしたら無理だった。
「これはベル、そなたにも関わる話だ」
あまりにも唐突だったからか、二人は目を丸めた。
皇女はゆっくり唇を開け。
「奴らの計画の一部に……」
躊躇い、口ごもる。
ソラの顔をちらりと見て、息を吐き。
「……騒動に紛れ各国から未婚の王族を誘拐し、助け出したふりをして既成事実を作るという──」
「ちょっと国滅ぼしてくる」
「行ってらっしゃい」
暴走するソラと見送るベルに、皇女は制止の声。
「待て、やるなら確実に殺る必要がある。詳細な計画をだな」
この後。
皇女付きの使用人と護衛、潜んでいた情報部員による決死の努力が実を結び、唐突な国家滅亡を止めることには何とか成功したが、しかし。
皇女の身の回りで女性ばかりだった事が災いした。
途中から悪乗りしだしたソラにより、止めに入った女性は皆、特殊なダメージを負うこととなってしまったのだ。
あまりにもあまりなそれは、国家滅亡計画を含み、この場に居た人間だけの秘密となり、全員の胸の奥に秘められた。
唯一分かる事は、皆、頬が赤く染まっていたという。




