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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
忘却エネミー
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邪龍の影

 邪悪な黒龍。


 突如として理性を失い暴走を始めた、古龍の個体。

 龍としての格はツィーバよりも上位であり、太陽龍よりは低い。


 『聖剣』だけでなく相棒のドラゴンに乗って戦う竜騎士スタイルで、お姫様から宿屋の娘まで幅広く交えたハーレムを作り上げてウハウハだった四代目勇者が、両者死亡の相討ちバッドエンドを迎えることとなった宿敵。

 


 ニートルダム歴で八五百年も前に相討ちしたのだから、今更ソラが狩れる訳もなく。




「ダメ?」


 可愛くおねだりするも、太陽龍はグルルゥと鳴いて首を左右に振る。


 蘇生して、目を覚まして怒り狂ってまた殺されて、というループの後。

 暴れれば殺されると学習した太陽龍が鎮まれば、殺す理由が無くなって名残惜しそうにする人間の子供。いつもなら瀕死で止めるところを必殺していたのは、素材のためにわざと。


 それだけでも非道いが、おねだりの内容も非道い。


「素材が欲しいから殺していい? ちゃんと生き返らせるし、可能な範囲でお願いも聞くからさ」



 太陽龍は頑なに拒否し、ソラが諦めると逃げるように飛んでいってしまった。


 ……以後、太陽龍が重度の人間恐怖症に陥ったという風の噂を耳にしたツィーバは、彼(龍に性別は無い)に同情して止まなかったという。




 頑なに無言で拒み続けた太陽龍だが、その去り際。


 殺される可能性を少しでも潰したかったのか、ぽつりと一言、龍語を残していった。









「邪龍が復活してるかもだって!」


 やったー、バンザーイと喜ぶソラを尻目に、周囲の反応はというと。


 薄い。



 メイド長ソフィアは、冷蔵庫から取り出したチーズタルトを切り分けながら、幼少期に読んだ勇者関係の伝記や絵本の記憶が頭を過ぎった。


 子供の頃から、勇者の中で四代目が一番嫌いだった、と。



 過去の勇者にはそれぞれ物語にされた時のキャラクター性──初代なら『理想の勇者』、革命を起こした五代目なら『堅物』、悲恋の女勇者である七代目なら『一途な乙女』──というのがイメージとして固まっているのだが。


 四代目のそれは『キザな男』。

 とにかく女性を口説いてばかりで、戦闘はほぼ相棒のドラゴン任せ。相棒との出会いと最後の戦いだけは熱いが、殆どが女とのあれこれで子供には早すぎる。


 極めつけに後日談が、残された女達の血生臭さ。



 小説と演劇は貴族夫人の中で人気らしいが、ソフィアの中では今も変わらずワースト。

 騎士家に生まれ騎士に憧れていたソフィアとしては、圧倒的な強さを誇る初代と、魔法が使えず剣一本で戦ったという八代目が好きだ。




 三色メイドはというと、互いに目を合わせた後、ソラ様がいるから大丈夫という統一意識を確認し、日常に戻る。


 指導者兼護衛の女騎士二人は、騎士としての訓練のために出掛けているのでこの場には居ない。

 護衛とは果たして何なのか。




「……興味深いわね」


 唯一、ソラの話に食い付いたのは。


「蘇生能力のあるギフトは亡骸が無ければ効果は無いし、龍の蘇生となると国を傾けるか滅ぼすほどの代償が必要なはずだわ。ならば黒龍は死んでおらず、封印されていた? それなら蘇生の必要は無いから……いえ、それなら帝国くらいは封印のことを把握しているはず。禁書にもそんな内容は無かったわ。黒龍は死んだ。亡骸は? それなら…… 」


 読みかけの本を閉じ、思考。

 因みに閉じた本の内容は、日本の一般的な男子学生の日常を描いた……と書いてあるが、どう見ても一般的ではないほど女性に囲まれイベント盛り沢山な漫画だ。



 ソラがチーズタルトを御上品に一切れ食べている間、ずっと長考したベルは、一つの予想を出した。



「確認されているギフト、その代償、龍の亡骸の存在次第では……」


 ヒントは少ないが、恐らく、これが正解だとベルは断言できる。

 外れても特に何とも思わないのがベルなのだが。




「それらから考えられるのは、アンデットだけね」



「トラホンソンヒ?(ドラゴンゾンビ?)」


 鷲掴みにした二切れ目を、一口で頬張るソラ。



 定番モンスターの出現に少しだけ喜び。

 リアルだと腐敗臭がきつそうだと、落ち着きを取り戻し。

 アンデットに蘇生は効かなそうなので、無限ループ崩壊に萎えて。

 ゲームにも出たモンスターだからドロップアイテムがそちらになりそうだと気付いて、テンションがた落ち。



 よく噛んで、味わって、飲み込み、紅茶を一口。




「ま、倒してみて、ダメだったら太陽龍をぶっ飛ばせばいっか!」


 成層圏を縄張りとする龍が、数百年に一度といわれる雲の下まで数時間ぶりに降り……墜ちてきたとか。






・・・






 念のために皇帝辺りに確認してみようと、帝国城に来たソラとベル。

 カタリナとネルフィーがハンター稼業に帰ったため暇そうにしていた皇女を交え、炬燵を囲む。


「太陽龍が見たっていう地形から割り出すと、地図のこの辺だね」


 大陸の地図を広げ、特徴的な湖を中心に蛍光ペンで囲む。

 使っている蛍光ペンはソラの私物で日本産だが、この世界でも蛍光ペン自体は生産されている。素材は違うようで、明るい場所でも判るほど光るようだが。



「まさに、だな」


 皇帝が呟く。


 ソラが丸を描いた湖。


 其処こそが四代目勇者、最後の大舞台。

 抉られた大穴が地下水脈と繋がり、雨水と八五百年という月日によって水に沈んだと伝えられる決戦場。



「むぅ、ほぼ確定かの」


 場所まで一致して黒龍復活の確率が上がり、不愉快になる皇女。


 愛娘とは違い、やけに落ち着いているのは皇帝。


「国の長として、もう少し焦るのかと思ったわ」


 ベルがそれを指摘すると。


「帝国までの距離。その近隣で黒龍のものと思われる被害が無いこと。太陽龍が見逃しているという事実」



 言葉を止め、キリッとした表情で皇帝は決める。




「決め手は、ソラに狙われているということ」




「それを言ってしまったらお終いだろうに。ここは帝国としても備えるべきであろう」


 個人を戦力としてしまっては後に困るのは帝国だろうと、皇女は呆れる。


 勇者というシステム自体を否定する考えだが、勇者頼みの王国、国として抗った帝国の今と昔を比べれば、それもあながち間違いではないと思える。

 勇者は死んでしまえばそこで終わりだが、大多数の人間が頑張れば身に付けられる技術を磨き、引き継ぎ、積み重ねたのだから。


 三代目勇者の発明も、物ではなく技術が多く遺されたのは、帝国。



「しかし、黒龍との戦闘が帝国に与える影響は? 失うものは? 得るものは?」

「……」


 皇帝の問いに、皇女は黙ってふてくされる。

 混乱。遠征費。人的損害。腐った素材。その他、多数。


 頭で分かっても、国のトップとして間違っていても、プライドがあるのだ。



 何より、友人ソラに全て押し付けているのが、ムカつく。


 本人がやりたいようにやっているのはよく理解しているが。

 国の問題、本来なら国がやるべきことまで利害の一致で遠回しにやらせている父のやり方が、皇女にはとても、とてつもなくムカつくのだ。


 黒龍が本当に復活したのだとしたら、国としては早めに動かなければ大国としての沽券に関わると皇女は思っているのだから。




 反抗期な娘の内心を理解したわけではないだろうが、父親はフォローとは思っていないフォローを入れる。


「それに相手は、四代目勇者が相討ちした黒龍だろう? それも、中途半端に蘇った」


 皇帝の予測もベルと似たもので、太陽龍が目撃したのは黒龍のアンデットだと予想。



「その言い方、まるで……」


 そこまで口にしたベルは、皇帝の楽観視の真相に感づいてしまい、呆れた。


 皇帝に呆れたのではない。

 当時の人間に、だ。




 皇帝は語る。



 歴史の裏側を。




「黒龍は、“勇者が必要になるほど強くはなかった”」




「え?」


 世界の危機だと思い込んでいた皇女は、固まる。

 皇女が知っている“黒龍伝説”とは、そこからして食い違っているからだ。



「……昔から疑問には思っていたけど。さすが、汚いわ」


 黒龍の暴走に、他の龍が参戦しなかった理由。

 古い歴史書では皆、勇者の相棒が竜でも龍でもなく『ドラゴン』とだけ言い伝えられていること。

 不自然なほど肥大化したハーレムと、後の醜い泥沼。

 召喚から決戦までの短すぎる期間。

 不可思議な旅路。

 黒龍が起こしたとされる被害の、嘘くささ。



「マジでか」


 この世界の歴史を深くは知らず、四代目のことを『ドラゴンに乗ってドラゴン退治やろうとして死んだ勇者』くらいしか知らないソラだけは、純粋に「黒龍も四代目も弱かったのか」とだけ思っている。


 それを勧めてきた千葉さんと太陽龍に小さな怒りが湧いたくらいで。

 一匹には寒気が。

 一匹はまた墜ちた。




 皇帝は、先帝から引き継ぐ時に聞かされた話の一つを語る。


 国家機密ではなく、単に表に出すにはあれな事実なので、混乱を招かないであろう人物にだけ話のタネとして使える『皇帝流、小粋な話』だ。




「黒龍は暴走して“弱体化”していた。原因は断言できないが、強力な呪いのギフト持ちが複数人で何年も掛けて呪いをかけたのではないかと、当時の情報部は分析した。この湖は勇者との戦いの前に出来たという噂もある。術者に気付いたか、理性を失うと悟った黒龍が、最後に全力を出したのかもしれないな」


 ありそうね、とベルが呟いた。



「ちょうど三代目勇者の召喚から五十年。七代目の女勇者が起こす悲劇まで、五十年ごとに召喚されていた勇者。だが、四代目の時代は勇者を召喚する口実となる事件が無かった」


 どこかの国が画策し、王国が乗った計画。


「勇者を召喚し、国の重鎮の娘を嫁がせ、黒龍を退治させる。手懐けた“竜”を提供した国もあったようだな。帝国にも話は来たようだが関わらず、王国は勇者が活躍すればいいのだから召喚だけに留めたようだが、結果的には助かったな」


 いざ勇者を召喚し、そこから全てが崩れた。



「四代目勇者を簡単に言い表すと、屑だな」


 与えられた姫や貴族令嬢だけでは飽きたらず、好みの女には手を出した。


「碌にレベル上げもせず、囲っている女に飽きては竜に乗って新しい女を捜し。聖剣で弱い魔物をなぶり殺すのは好きだったようだが、それでも相棒の竜無しでは極力戦わなかったそうだ」




 国だけでなく勇者本人までとは、ベルの予想外だが。


「いえ、最初はまともだったのかもしれない。勇者というだけで女をあてがわれ、ドラゴンを貰って」


 そう思えば、同情もできた。




「……しかし、調子に乗りすぎた」


 召喚された理由(言い訳)を聞かされていた勇者は何を思ったのか、誰にも話すことなく突然、黒龍に突貫した。



「後は歴史通りの展開だな。勇者が死んで、それまで何の兆候も無かった姫やら令嬢やらが勇者の子供を身ごもり、派閥化。泥沼の始まりだな」


 因みに、黒髪の子供は一人も居なかったそうだ。






 溜め息を吐いたベルは、ふと、お茶を飲むソラの顔色が悪いような気がした。


「ソラ?」

「ん、なになに?」


 今は変わらないように見える。気のせいだったか。


「……」

「どしたのベル?」


 小さな違和感が気になり、ソラをじっと見つめる。


 皇帝は語って満足したらしく緑茶を啜り、皇女は黒龍対策に先程とは違う理由で頭を悩ませる。



「……」

「……」


 見つめ合う二人。




 二人の空間に水を差すように、地図を何気なく眺めていた皇帝が喋る。


「そういえば、確かこの辺りだったな」

「何が?」


 ソラが皇帝の話に乗っても、ベルはソラを見続ける。



 それでも次の一言で、ベルも皇帝を見ることになる。



「魔物やゴブリンを操り、大陸の各地で村が襲われる事件があっただろう。奴らの本拠地が、確かこの湖の近くだったはずだ」


 ソラがオード達と共に仕留めた実行犯。

 魔石から魔物を生み出すギフト持ちだったのに、能力を使う前に殺された可哀想な人。


 彼の死体は帝国に運ばれ、実はソラの手で蘇生されていたのだが。

 ソラは今の今まで、その存在を忘れていた。


「聞き出した情報によると、人に嫌われ居場所を失ったギフト持ちが集まる、一種の共同体のような組織だ。そこにならば、龍をアンデットとして使役するギフト持ちが居てもおかしくはない、か」


 かなり重要な情報。


「ぐぬぬぅ、思い出すのが遅いぞ、この役立たず」

「父に向かって役立たずは止めなさい。再教育させるぞ」


 相手がアンデット単品から犯罪組織に変わり、また唸りながら悩み、皇帝である父に悪態を吐く皇女。


 再教育、と聞いて冷や汗を流して大人しくなる。


「……人の物なら、倒す前に持ち主の許可が欲しいかな?」

「相手次第では、持ち主ごと倒したらいいんじゃないかしら?」


 変なことを悩むソラに、ベルは相も変わらず物騒。




「まずはその組織を探して、黒龍倒して、最後に太陽龍かな?」


 さらっと決定事項にされる太陽龍。



「無駄だと思うが、頑張って逃げろ」


 皇帝は窓を見て、青空に祈った。

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