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幕間4

 僕、石角丸かりゅう宗兎そうとは名前も大概だがとても特殊な仕事をしていた。

 この世に生を受けて早十七年と幾何、物心付く頃から今は亡き父の影響で剣の道に入り、他の子供達がまだ公園なんかで賭け回っている頃にはこれまた今は亡き母の影響で魔術の勉強を始めていた。時代は剣や銃といった前世代的な戦闘方式から魔術へと移行し始めていたからだ。そんな英才教育と取れない事もない幼少期から反抗期を過ごした僕は実に嫌な風習で両親を亡くしてからも必死に努力を続け、遂には一五歳の秋に史上最年少というレッテルを貼られつつも帝国騎士団入団試験を合格し、それを蹴った。

「全く以て若いって良いねぇ」

「若い? 若いか若くないかで言ったら年齢的は酒類も飲めないし賭博も出来ない様な数だけど、それはアンタだって同じのはずだよな……バルソープ帝国領地に駐屯していた帝国騎士団述べ一二五名を二時間足らずで焼殺させた大陸指名手配犯、十十にじゅう十十ととさん」

 そのまま帝国騎士団に入っていれば今頃には結構上の階級まで、せめて尉官位にはなれていた自信がある。だがしかし、僕も若かったんだ。発症の平均年齢は一四前半、僕には世間一般より少しだけ遅めの反抗期が訪れた。『僕は最強なんだぞ? こんな小さい所に収まってられないね』と、自分から試験を受けに来た餓鬼が意気揚々と騎士団長の面前で言い放ったのだ、どうかしてたと後悔してるし全身から火を吹きそうな程恥ずかしい過去だ。それ以前に僕は今になっても剣士が働くに於いて騎士団以上の職場を知らない、本当に何がしたかったんだろう。

「色々と上澄み部分を良く知ってるみたいだね。君みたいな剣士に覚えて貰えて至極光栄、とでも言うべきかな? 本当ならお互いジュースでも飲み明かして戦闘について語り合いたい、それこそ色恋沙汰の話で盛り上がるのも悪くない」

「奇遇だな、僕はその真反対の気持ちだ。犯罪者と和気藹々と夜を過ごす心算なんて無い」

 そして僕は世界を放浪した。森や街道に現れる猛獣や山賊の類を討伐して得られる僅かな報酬で食い繋ぎ、また金が尽きては殺菌士協会が近くに無い町で依頼を受けて達成し食い扶持を稼ぐの繰り返しだった。挙句の果てに迷い込んだ樹海で合度が異常に高い複数体 の魔獣キメラに襲われて瀕死の重傷を負いながらも命辛々撃退し、その場で倒れ込んだんだ。本当ならそこで息絶えて魔獣の餌になっていても不思議じゃなかったんだが神様って奴は存外僕の事を嫌ってないらしく、僕は拾われたんだ。

 女性しか住んでいない幻の里、桃源郷に。そして手当を受けた僕は雇われた、男手が無いのも面倒という理由で桃源郷が出来て以来初めての門番として。

 その感想を一言で表すと、暇だった。

「別に俺は悪い事した心算は無いんだけどねぇ。元々戦闘は趣味程度だし、それこそ人殺しなんて好きじゃない。あぁ、でも矛盾しちゃうねそれだと。訂正、俺は人殺しが好きみたいだ。現に今、無性に人を殺したい。腕を競いたいとかじゃなく、純粋に殺したい。君の好きな物を粉々に砕いてあげよう、だから君は僕の好きな物を壊して良いよ。君の大切な物を全部焼き尽くしてあげるよ、だから君は……遠慮せず僕を殺して良いんだよ?」

「奇遇だな、僕もそれと同じ気持ちだ」

『男子禁制』……桃源郷で親殺しの次に重い刑罰のせいで村の入り口にほぼ一年間、少量の給料と一週間分の保存食料を支給してくれる村長たるオバサンとのコンタクトだけで、一年間だぞ? 村に来る悪者なんて一回も現れなかったし、そもそも魔獣の巣窟である深樹林だ……並の人間なら普通に食われて死ぬ。助けてくれた恩義は確かに胸にあったが、それを差し引いても僕は此処で何してるんだろうって疑問が頭の中を数千回は行き来したし、何故か魔獣は桃源郷に近寄らないしで、もうね、暇過ぎて発狂しそうだった。

 鬱蒼と木々が立ち並ぶ森の中でポッカリと空いた空間、そこは目の前の狂人が放つ殺気で充実していた。全身の肌がヒリヒリと痺れる、一瞬の隙は直結して死に繋がるであろう緊張感……僕は少ないながら何度かこれを経験した事がある。

「今日は何て気分が晴れやかなんだろう、新しい快感の記念として特別に選ばせてあげるよ。殴り殺されるのが良いか、焼き死ぬのが良いかを」

 今は未だそんなに流通していないカッターシャツの半袖と黒のスラッとしたスーツズボンを文句の付け所が見当たらない位に着こなす十十は同性の僕ですら綺麗と感じる白髪を掻き上げて爽やかに笑う。

 黙って狂気を消せば異性にモテそうな顔立ち、細いながらも引き締まった筋肉が見て取れる四肢、それら全てに何故か所狭しと絆創膏やガーゼが貼られている。パッと見、色んな意味で重症な奴だ。

「気分が良いならもう一声、〝僕の愛刀で切り捨てられる〟か〝僕の魔術に跪いて地面を舐める〟も足してくれるか?」

「ハハハハハ、勇者は嫌いだけど……猛者は大好きさ」

 十十の体勢が低くなったと思った次の瞬間には、もう目の前まで距離を詰められていた。

 一瞬にして間合いを殺された、僕は落ち着いて十十の攻撃に対処しようとするが、何も分からないまま吹き飛ばされた。圧倒的なスピードの差、武器も鎧も纏っていないのは一見ハンデに見えるが、全然そんな事はない。魔術や拳闘でいくらでも覆される。

 派手に吹っ飛ばされたが大してダメージは無い。どうやら攻撃と言うよりも牽制の意味合いの一撃だったんだろう。僕は木の側面に足裏を付けて踏ん張りと跳躍をほぼ同時に行い、鞘から五年以上の付き合いになる愛刀を走らせて十十に斬り掛かった。

「な――!」

「僕に剣なんて効かないよ?」

 片刃という特殊な形状である刀を剣と称されるのには慣れたが、振り下ろした刀身を指二本で挟まれたのは初めてだ。こいつ人間じゃないのか?

 勢いは殺され、地に足を付いた僕は尚も両手で力を込めるもピクリとも動かない。

「魔力反転か、初めて見た」

「ん、反転作用を知ってるんだ。さっきの魔術で跪かせるっていう発言も加味すると魔術剣士ってところかい?」

「直接目で確かめたら良い!」

 押して駄目なら引いてみろ宜しく、僕は柄を強く握って思い切り地面を蹴って後ろに飛び上がった。案の定、刀身は指の隙間をすり抜けた。柄を素早く鞘に戻しながら身を翻して掌を地面から僕を見上げる十十へ。

「アイシクルレイン!」


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