幕間2
彼女は一五歳という若過ぎる年齢にも関わらず、並の人間ならば何十年も掛けて修業した後にようやくその一端を掴めるという、高度な魔力運用を要す符術の使い手……符術師である。その才能は神に愛され頭脳も明晰、そんな彼女だが一つだけ無い物があった。
「今日も空っぽ」
まだ朝日も昇っていない、東の空が僅かに白んでいるだけの早朝。
箒と塵取りを手に握り、少しだけ皺が寄った紅白の巫女服で体を着飾っている少女は社の手前に置かれている蓋が外された賽銭箱の中身を見て悲痛に顔を歪めた。年相応に張りのある肌、肩口に掛かる位の髪と若干釣り目気味の瞳は漆黒にして純粋だが、何処か疲れているのが見て取れる。
「はぁ……お金欲しい」
彼女に無い物、それは金銭であった。
現世で最後の神社と謳われている此処、美影神社の一人娘である彼女はその実、貧乏なのだ。信仰は仏から神に移行し終わっており、実際最後の神社と言う謳い文句はプラスでも何でも無い。幾ら符術の才に溢れている彼女でも其ればかりは仕方が無い、家業に恵まれなかったのだ。
しかし、両親が他界してから早数か月、いつもならば彼女はこの後賽銭箱の蓋を元に戻して掃除をするのだが、今日は違った。
「参拝者も居ない、神社はボロボロ、自宅は可燃性」
彼女の中には一つの決心が芽生えていた。
毎日清掃しても彼女しか歩かない石畳、神社の骨組みである木の内部は湿気で腐っていて何時何時折れてしまうか分からず、境内の隅に建っている彼女が寝て起きてご飯を食べるだけの長屋は簡素な板で作られている為マッチ一本で大火事になること必至だ。
「お父さんお母さん、浄歌は一身上の理由で巫女を止めようと思います!」
パンパンッと手の平を打ち鳴らしてペコリと一礼、総じて神前でするには不適切な発言を少女は堂々と言い捨て、少女は箒と塵取りをその場に投げ捨てて一目散に長屋に駆け出した。
少女が横開き式の扉をバシンッと豪快に開け放って中に入った。ドタドタギシギシと長屋全体が揺れ軋み、崩壊まで秒読みかと思われる状態が奇跡的に数分間続くと、中から再び少女が出て来た。
「忘れ物ナーシ! 戸締り機能ナーシ! 盗まれて困る物ナーシ!」
満載され許容限界以上に膨れ上がったリュックサックを背負った少女は意気揚々と悲しい点呼をする。
何処から引っ張り出してきたのか、大凡この山奥の土地を含めた神社の全資材を売っても買えない耳飾りを少女は両耳にぶら提げている。純銀で単純な意匠ながらも精巧に作られており、ワンポイントの青く澄んだ輝きを持つ宝石も加味すると相当高価な品になるであろう。
だがしかし、そんな高価な宝石がくすんでしまう程に巫女服とリュックサックは不似合いであり、更に何処へ行く気なのか少女は境内隅に放置されていた錆の目立つ自転車に跨った。不似合いを遥かに通り越してシュールである。
「じゃあ、出発~」
少女は最初とは打って違う明るい笑顔を顔に、わざわざ乗った自転車のペダルを一切漕ごうとせずに巫女服の袖から一枚の半紙を取り出した。




