雨と恋文
「じい様、聞いてくれよ。まーたあの郵便受けに手紙が入ってやがった」
時は第二次世界大戦勃発前の日本。郵便配達人として働く寛太朗は、雨に濡れた手でヒラヒラとその手紙を掲げて村の古老の元に顔を出した。
事の始まりは三ヶ月前の梅雨のある日。古い封筒に書かれた住所を頼りに雨の中手紙を届けに行くとそこは田舎であるこの村の中でも特に孤立した廃屋で、寛太朗は怪訝そうにしながらもその家の郵便受けに手紙を入れて引き返した。
それから十日ほどが経過した頃、また同じ住所宛の手紙を寛太朗が届けに行くことになった。その日も前日と同じくしとしとと雨が降っていて、身体と鞄を濡らしながら寛太朗が同じ住所まで配達に向かうとその郵便受けには一通の手紙が入っていた。
『昨日はどうして来てくれなかったのですか』
気味が悪いと思いながらも、寛太朗はそれが自分に宛てた手紙だということを直感し持ち帰ることにしたのだ。
それ以降もこれまでに寛太朗は決まって雨の日にその廃屋まで配達に行く機会が数回あったのだが、その郵便受けには決まって手紙が入っていた。
『私はずっと待っています』
『明日はあの人が来てくれるのかしら』
『早くあの人に会いたい』
寛太朗がそれらの手紙を古老に見せてみたところ、その廃屋にはかつてある家族が住んでいたが十年前の豪雨に避難していたところ一家諸共氾濫した川に流され死んでしまったらしいことを教わった。亡くなった家族に何か未練があるのではと思い、寛太朗は今日もその真意を探るべく古老に手紙を見せに来たのだ。
手紙を受け取りしばらくまじまじと内容を吟味していた古老だったが、やがて顎ひげを触りながらこんなことを言った。
「そういえば一つ思い出したことがあるのだが、あの一家の末娘、マチコと言ったかな、豪雨のある少し前にお前さんについて私に訊いてきたことかあった」
「え、俺んこと?」
「そうとも。学友たちと遊び回るお前さんを見て、いつかお嫁さんにもらっていただけないかしらと可愛らしい声で言っていたものだよ。もし今あの子が生きていたら、その内縁談の話が来ていたやもしれぬな」
「へえ。そいつぁ知らなかったねえ」
相槌を打ちながら、古老の手から手紙を奪い返す。そこには『いつか寛太朗様が迎えに来てくださるのかしら』と書かれており、その文字を見つめながら寛太朗はマチコと言うらしいその娘に想いを馳せる。 彼女が本当に自分への未練を残していたのかを知る術はなかったが、次に配達に行く時はせめて綺麗な花でも手向けてやろうと思った。




