夢を絵描いて、物語を紡ぐ
「『夢小説』というのを書いてみたい」
「……どうしたの、いきなり」
夕暮れ前の教室で、幼馴染に向けて、ふと思ったことを言ってみた。なにやら、やや呆れた顔で首を傾げている。いつものことだ。
「男だって、別に夢を見たっていいだろ」
「それはそうだけど。私はまず、その『夢小説』? ってのがなんなのか知らないのよ」
どうやら、よく分からんところに引っかかっているらしい。相変わらず変なやつだ。
「夢の小説だろ? だから『夢小説』って言うんだ」
「知らないけど、絶対違うと思う……」
知らないことについて確信する、というのもおかしな話だな。
「『夢小説』って、あれじゃないの? まずは原作があって、そのなかに読み手を投影するキャラを作って、原作のキャラと読み手がなんかする、みたいなやつ。投影しやすくするために、読み手の名前を入力したりしてさ」
「なんだ、随分と詳しいじゃないか」
「いや、知らないわよ。そういうイメージってだけ」
……そうか? 十分詳しいように思うが。
「細かい定義の話は俺は知らん。書きたいと思ったから書く。それでいいだろ」
「いや、別にいいけどさ……」
その言葉とは裏腹に、なにかに引っかかっているらしい。
「それを私に伝えて、〇〇はどうしようっていうの?」
「どうしよう、とは?」
「……いや、なんかしてほしいこととかあるのかなって」
その発想はなかった。毎度思うが、随分と協力的だ。
ただ思いついたことについて報告しただけなんだが、あれこれ進んで世話を焼いてくれるのには感謝しかない。やや申し訳なくすら思う。
「そうだな。書いてみたいとは言ったが、俺はなにも知らん初学者だ。まずは『夢小説』について、色々と詳細を詰めていく手ほどきをお願いしたい」
「……まぁ、いいけど……」
なんだ、その「そういうことじゃないんだよ」とでも言いたげな顔は。言いたいことがあるなら、もっと直接的に言ってもらわんとわからん。
「ありがとう。よろしく頼む、先生」
「先生はやめて。えーっと……?」
端末を操作し、真剣な表情で表示を見つめている。
こういう機会でもないとそっぽを向かれてしまうから、せっかくなので存分に見つめておこう。相変わらずいい顔だな。
「『夢小説』。狭義には、読者が主人公の名前を自由に設定できる小説。書き手や読者の『夢』を叶える小説、だって」
「定義に縛られるのは本質的じゃない。夢は混沌、不条理なものだろ?」
「……だったら、そもそも書きたいものが違うんじゃない?」
「いいや、『夢小説』で間違いない」
今回の話は「そういう話」だ、という確信がある。
根拠は俺も知らん。どうでもいいし。
「どこからその自信がきてるのか、全然わかんないけど。主人公……『夢主』については、結構自由みたいね。自己投影とか、感情移入がしやすい没個性なキャラも、書き手自身の投影とかで強い個性を持つキャラも、どっちのタイプもいるみたい。ちょっと意外かも」
「人なんてそんなもんだろ。俺みたいなどこにでもいる夢想家もいれば、王神みたいな個性と才能のバケモノもいるからな」
ひとりの男として、いつかは勝たねばならん。あの王神に。
「王神君のことは知らないけど、〇〇は普通に変人枠だよ。それで? どういう夢を描くわけ?」
「ん? どういう意味だ?」
いまいち意図をつかみかねる問いだ。文脈から、なんとなく想像はできるが。あとなんか失礼なことを言われた気がするが。
「どういう意味、ってどういう意味?」
「いや、聞きたいことはわからんでもない。つまり創作ってのは本質的に自由で、その筋書きは書き手によって意図的に作られるもんだ、って話だろ」
とはいえ、創作が必ずしもその前提で作られるとは思っていない。いまの話はまさにそうだ。
「でも、書きたいのは『夢』の小説だ。『夢』自体は自由じゃない。ただ生まれ、そして消えていく儚い非現実の幻だ。それはそこにあるものであって、自由に生み出すようなものじゃない」
「じゃあやっぱり『夢小説』じゃないんじゃない? 『夢日記』とかじゃないの」
「いいや。『夢小説』で間違いない」
まったく、変なところで頭の固いやつだな。
「そう。全っ然わかんないけど。じゃあなにをもって『夢』なわけ?」
「そうだな……」
目をつぶり、少し考えてみる。
「例えば、死に別れた幼馴染との、何気ない過去の思い出とか。そんな風に突然別れるだなんて全く思ってなくて、悲嘆と後悔に暮れる日々……そんな中で見た、救いのような幻の如く」
なかなかわかりやすい例ではなかろうか。
満足しながら目を開けてみると、少し沈んだ表情の幼馴染の姿が見えた。
「……いきなり想像できそうな切ない話をしないでよ。辛くなるじゃん」
「すまん。なんにせよ、そういうことだ。それは確かに望みではあるかもしれんが、そうであってほしいと思ったから、そうなったわけじゃない。前提と仮定があって、その結果として『夢』は……『イフの世界』はあるんだと思う」
思うに、夢とは仮定の再現であり、そうなっていた無数の世界の可能性を垣間見るものではないだろうか。
明らかに異常な夢もあるだろって? 確かに。
まぁ現に見れたってことは実際あり得た世界の扱いなんじゃないか知らんけども。
「イフの世界、ね。まぁ、あれでしょ? 要するに、キャラは『勝手に動く』んだ、みたいなやつ」
「だいぶ違う気はするが、大枠で見ると間違ってないな。だから、こうして過去の思い出を切り貼りして、想像できる現実の延長上の舞台だけが、俺の描ける世界なんだ」
結論の方は単に俺の力量不足だと言ってもいいので、精進が必要だと感じている。
「舞台の話はわかった。筋書きも、自由自在にはならない……できない? のね。でも、どういうことをしたい、っていうのはあるんでしょ?」
「と、いうと?」
「いや、だから、〇〇がどうしたいのかってこと」
どうしたいか、というと「『夢小説』を書きたい」だが。
そういう意味ではないようだ。
「俺が?」
「そうじゃないの? 『夢小説』って、そういうものだと思うんだけど」
「つまり、俺が例の『夢主』だってことか?」
いまいち噛み合っていなかった会話の原因が、やっとわかったかもしれない。実際にあった夢を描くのではなく、あってほしい夢について描くという解釈をしていたんだな。
「改めて聞かれると、ちょっと自信ないけどね。〇〇が書くんなら、〇〇の夢を書くのが一番……簡単? なんじゃない? たぶん」
「なるほど、俺の夢か」
こうして「俺の夢」という言葉を口に出してみた瞬間、急速に世界が現実感を失っていくのを感じる。
そう認識してから辺りを見渡してみると、明らかに違和感があった。挙げるとキリがないが、例えばこの教室にはドアがないようだ。
「私たち、結構長い付き合いだけどさ。〇〇のこと、あんまり深くは知らないんだよね。せっかくだから、教えてよ」
言いながら席を立ち、窓際に向かって歩いていった幼馴染は、少し芝居がかった仕草でこちらに向き直り、言った。
「私のどういうところが好きだった? なにを伝えられなくて、後悔した? もしやり直せるなら、どこからやり直したい? いっそ仲良くなんてならなければよかった、と思う?」
普段とは明らかに違う熱量で、質問を畳み掛けてくる幼馴染に面食らう。なんだか、思考もまとまらなくなってきた。
「俺は――」
「なんてね。まだなにも起きてないんだからさ。本当に後悔する前に、今から素直になってみてもいいんじゃないかな」
窓の外の景色が、真っ白に輝きを増していく。逆光になる幼馴染の顔は、もうまともに見えない。
「……お互いにね」
薄れていく世界で、最後に聞こえた気がした言葉は、本当に幼馴染が言っていたのかはわからなかった。
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「――って夢を見たんだ」
「え、キモい。なんで私に言っちゃうかなぁ。秘めときなよ、そういうのは」
開口一番、辛辣だ。夢の中の幼馴染は、本人よりは少し性格が丸かったな。どちらがいいか、とは言い難いが。
「色々あったが、なんだか教訓的な夢だったよ。まぁ、一番大事なのは――」
「うん」
意外にも、少し興味ありげな様子で返答を待っている。
やっぱり気になるよな。
「――結局『王神』ってのはいったいどういう奴だったんだ? ってことだな。夢の中にいた、個性と才能のバケモノ……詳しい描写は特になかったが、気になるぜ……」
「……はぁ」
「たぶんライバル枠、永遠の宿敵だと思うね。負けねえよ俺は」
「あっそ。知らない。勝手にすれば?」
すっかり興味をなくしたようで、少し不機嫌そうに早足で先に行ってしまった。つれないやつだ。
こうして日常は続いていく。
〇〇には相手から呼ばれたい自身の呼び名(「あんた」とか)を入れるといいんじゃないでしょうか(今更)




