表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

黒魔術師の再就職ライフ

作者:
掲載日:2026/03/04

「就職氷河期? 知らないわよそんなの。実力でねじ伏せればいいんだから」


異世界だろうが現代だろうが、世の中は金(研究費)が全て。

永遠を生きる最強魔術師・エレナが次に狙った再就職先は、大陸一のブラック職場と名高い「呪われた公爵家」でした。


「面接試験=呪いの物理破壊」!?


逃げ出す兵士を尻目に、履歴書片手に正面突破。

繊細な悲劇なんて吹き飛ばす、規格外魔術師の痛快・就職活動アクション、開幕です!

 ストライフ公国城の正門前は、これ以上ないほどの快晴だった。

 ただ一点、城から立ち上るどす黒い煙と、そこから響き渡る悲鳴を除けば、だが。


「ひぃぃぃ! 逃げろぉぉ!!」

「もう駄目だ! 終わりだぁっ!!」


 門からは雪崩のように人が溢れ出てきていた。兵士も、メイドも、そして雇われていたであろう冒険者たちも、全員が顔を引きつらせて我先にと逃げ惑っている。

 そんなパニック映画のような人波に逆らって、私は一人、悠々と門をくぐった。

 手には一枚の羊皮紙。昨日、宿屋で丁寧に書き上げた私の「履歴書」だ。


「ふっふーん、ふんふん♪」


 これだけ人が辞めているなら、競争率はゼロに等しい。即採用どころか、好待遇も夢じゃないわね。

 鼻歌交じりに歩を進める私の肩を、逃げてきた兵士の一人が掴んだ。


「おい! どこへ行く気だ!?」

「どこって……面接よ。求人募集を見て来たんだけど」

「中は地獄だぞ! 命が惜しけりゃ逃げろ!」


 兵士は血相を変えて怒鳴り散らす。まったく、これから同僚になるかもしれない相手に失礼な態度ね。


「逃げる? 何で」

「はぁ!?」

「ま、これだけ欠員が出てるなら、即採用もありそうだし。むしろ好都合よ」


 私が平然と答えると、兵士は信じられないものを見るような目で私を見た。


「正気か!? 中にいるのは化け物だぞ!」

「大丈夫。……化け物の相手なら、慣れてるから」


 呆気にとられる兵士を無視して、私は城の敷地内へと足を踏み入れた。

 その瞬間、肌にまとわりつくような重たい空気を感じる。

 私は瞳に魔力を込め、周囲を見渡した。


(……へぇ、すごい魔力濃度)


 ただの災害じゃない。これは、長年蓄積された澱のような呪いだ。

 普通の魔術師なら尻尾を巻いて逃げるレベルだけど、私にとっては宝の山に見える。


(これなら、ボーナス(研究費)もたっぷり弾んでもらえそうね)


 私は口元を緩めながら、荒れ果てた大広間へと足を踏み入れた。



 城の中は、外以上の惨状だった。

 壁は崩れ、高価そうな調度品が瓦礫となって散らばっている。そして――。


「グルルルル……」


 かつての守護者だったであろう鎧たちや、自我を失い目が赤く光る冒険者たちが、殺気を剥き出しにして襲いかかってきた。


「面接会場まで案内してくれるのかしら?」


 私は飛んできた剣撃を紙一重でかわし、ため息をついた。


「それにしても……マナーのなってない案内係ね」


 次々と襲い来る刃を最小限の動きで避けながら、私は思考を巡らせる。

 数は多い。いちいち相手をしていては、日が暮れてしまう。

 それに、外からやってくる野次馬たちが次々と呪いに感染して、敵が増える一方だ。


(静かに面接も受けられないなんて、ブラック企業もいいところね)

(……いや、待てよ。これも試験の一環ってこと?)


 あえて過酷な状況を用意し、求職者の実力を試す。高給取りの魔術顧問を雇うなら、それくらいの選考基準はあり得る話だ。

 だったら、答えは一つ。


「静かにして。雇用主の声が聞こえないわ」


 私は指を高く掲げ、乾いた音をパチンと鳴らした。


「『クロノ・フリーズ(刻の凍結陣)』」


 瞬間、世界の色が反転した。

 襲いかかってきた冒険者たちが、空中でピタリと静止する。崩れかけた瓦礫も、舞い上がる埃さえも、空間に縫い付けられたように動かない。

 完全なる静寂。


「ふぅ。これで静かになったわ」


 私は辺りを見渡す。

 私の魔法は完璧だ。この空間にある「物質」はすべて時を止められた。

 だが――。


(……なるほどね)


 止まった時の中で、床の隙間から漏れ出る「黒い霧」だけが、ゆらゆらと動いていた。

 『クロノ・フリーズ』は物理的な時間を停止させる魔法。つまり、今この世界で動けるものは、私の魔力と、干渉を受けない純粋な「呪い」のエネルギーだけ。


「あの霧だけ動いてる……」


 つまり、呪いの発生源(本体)はここにはない。

 霧は床下から湧き上がっている。


(魔力回路の先にあるわけか。今日の面接会場は、よほど凝った演出が好きなのね)


 私は近くで固まっていた、呪われたメイドの肩を掴んだ。

 彼女の呪いだけを局所的に解除し、指を鳴らす。


「ちょっと聞きたいんだけど」

「うがぁっ!!」


 魔法が解けた瞬間、メイドは獣のような声を上げて噛みつこうとしてきた。私はそれを無造作に抑え込む。


「『うが』じゃなくて……この下にいる王様に会いに行きたいんだけど」

「うがぁぁぁぁっ!!」

「言ってることはわからないかな? それとも生前の記憶もなくしてるの?」


 メイドは白目を剥いて暴れるばかりだ。


(無理ね、この様子じゃあ)


「もういいわ、眠っていて」


 私は再び彼女の時間を凍結させた。

 さて、案内係は役に立たない。階段を探すのも面倒だ。

 こうなったら実力行使といきましょう。


「しゃーないわ。後で雇い主から文句言われたら、非常時の処置ということで許してもらおう」


 私は足元の床に、愛用の杖を突き立てた。


「『ブレイク・ダウン(地流破壊)』!!」


 ドゴォォォォン!!

 爆音と共に、城の床が崩落した。



 瓦礫と共に着地した先は、地下最深部にある儀式の間だった。

 おどろおどろしい空気が充満するその中央に、一人の男がいた。

 無数の鎖で自らを縛り付け、苦悶の表情を浮かべる青年――この国の主、ファスト公爵だ。


 彼は自身の体から溢れ出そうとする「呪いの魔力」を、自らの意志と鎖で必死に抑え込んでいた。

 体はボロボロで、国王としての威厳など見る影もない。だが、その瞳だけは赤く発光しながらも、必死に理性を繋ぎ止めているように見えた。


「ぐ……うぅ……逃げろ……」


 私に気づいたファストが、掠れた声で呻く。


「誰だか……知らないが……私に……近づくな……」


 第一声が拒絶とは、随分な歓迎だこと。


「はじめまして。魔術顧問に応募しに来たエレナよ」

「ていうか、随分と顔色が悪いけど大丈夫?」


 私が平然と挨拶すると、ファストは呆然としたように私を見た。


「何を……言ってる……」

「この呪いは……触れたものを……殺す……」

「早く……行け……!」


「いや、行けと言われても、面接もまだだしさ」


 私は肩をすくめる。


「あ、もしかして、私が遅刻してきたから一次試験で不合格ってこと?」

「うがぁああっ!!」


 私の冗談に答える余裕もなく、ファストが絶叫した。

 彼の体から制御しきれなくなった黒い霧が溢れ出し、意思を持った鎌首のように私へと襲いかかる。


「そっか、これもテストってわけね」


 私は一歩も動かず、そっと腕を上げた。

 迫りくる死の霧に向けて、デコピンでもするように指先を弾く。


 パァンッ!


 空気が弾け、向かってきた黒い霧が霧散した。


「はいはい、そういうのは良いから」


 私は埃を払うように手を振り、鎖に繋がれた公爵を見下ろした。

 やれやれ、今日の面接官は自分に呪いをかけてまで試験を行うわけね。随分と熱心なことだ。


「……ねぇ、公爵様」

「その呪い、私が消したら採用でいい?」


「……なに?」


 ファストの動きが止まる。


「『はい』か『イエス』で答えて」

「ついでに研究費は言い値で、食事と昼寝の時間も保証すること」


 私は畳み掛ける。こういうのは、相手が弱っているうちに言質を取るのが鉄則だ。

 ファストは虚を突かれたように目を見開き、やがて力なく、けれど縋るように笑った。


「……は、ははっ」

「もし……君にそれができるなら……私の全財産を……君に預けてもいい……」


「その言葉、取ったわよ」


 交渉成立だ。



 私は杖を掲げた。

 不敵な笑みが自然とこぼれる。さあて、最終試験クライマックスの時間ね。


 地下室全体が震えるほどの膨大な魔力を練り上げる。

 城内に充満していた呪いの気配が、私の魔力に怯えるようにざわめいたのが分かった。


「とっとと消えなさい、黒い霧の呪いたち!」


 私は高らかに詠唱する。


「虚無の戒め解き放たし、闇の王たちよ、今目覚めの時……」

「『キル・ヴィード(闇王斬)』!!」


 私の背後の空間が裂け、巨大な魚の口のような「闇」が出現する。

 それはギザギザの歯を鳴らし、ファストにまとわりつく呪いの霧に食らいついた。


 ギャアアアアア!!


 城内に、呪いの断末魔が響き渡る。

 私の放った闇の王は、数百年にわたってこの城を蝕んでいた呪いを、根こそぎ喰らい尽くしていった。



 やがて、静寂が訪れた。

 砕け散った鎖の中で、きれいな体に戻ったファストがへたり込んでいる。

 私は何事もなかったように服の埃を払った。


「……消え、た……?」


 ファストが自分の手を見つめ、震える声で呟く。


「生まれた時から、私を苦しめていた呪いが……」

「ちょっと建物を破壊しちゃったけど、まあ許容範囲ってところかな」


 私は彼に近づき、そっと手を差し伸べた。


「さて、契約成立ってことでいいのかしら?」


 ファストは呆然と私を見上げ、やがて心の底から安堵したような笑みを浮かべた。

 そして、私の手をしっかりと握り返す。


「ああ……採用だ」

「君のような最強の魔術師を、私が手放すわけがない」


「ありがとう、ファスト陛下」


 私はニッコリと微笑み返し、そして一番重要なことを付け加えた。気まずそうな表情を作るのも忘れない。


「それじゃ、さっそく給金の前借りを相談したいんだけど?」


 ファストは一瞬きょとんとして、それから肩を揺らして笑った。


「ふっ……現金だな」


 こうして、無事に私の再就職先が決まり、安泰なライフを迎える――。

 そのはずだったんだけどね。


 この時の私はまだ知らなかった。

 この公爵様が、呪いが解けた途端に、とんでもなく重い「溺愛」を向けてくるようになるなんてことを。


(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ