黒魔術師の再就職ライフ
「就職氷河期? 知らないわよそんなの。実力でねじ伏せればいいんだから」
異世界だろうが現代だろうが、世の中は金(研究費)が全て。
永遠を生きる最強魔術師・エレナが次に狙った再就職先は、大陸一のブラック職場と名高い「呪われた公爵家」でした。
「面接試験=呪いの物理破壊」!?
逃げ出す兵士を尻目に、履歴書片手に正面突破。
繊細な悲劇なんて吹き飛ばす、規格外魔術師の痛快・就職活動アクション、開幕です!
ストライフ公国城の正門前は、これ以上ないほどの快晴だった。
ただ一点、城から立ち上るどす黒い煙と、そこから響き渡る悲鳴を除けば、だが。
「ひぃぃぃ! 逃げろぉぉ!!」
「もう駄目だ! 終わりだぁっ!!」
門からは雪崩のように人が溢れ出てきていた。兵士も、メイドも、そして雇われていたであろう冒険者たちも、全員が顔を引きつらせて我先にと逃げ惑っている。
そんなパニック映画のような人波に逆らって、私は一人、悠々と門をくぐった。
手には一枚の羊皮紙。昨日、宿屋で丁寧に書き上げた私の「履歴書」だ。
「ふっふーん、ふんふん♪」
これだけ人が辞めているなら、競争率はゼロに等しい。即採用どころか、好待遇も夢じゃないわね。
鼻歌交じりに歩を進める私の肩を、逃げてきた兵士の一人が掴んだ。
「おい! どこへ行く気だ!?」
「どこって……面接よ。求人募集を見て来たんだけど」
「中は地獄だぞ! 命が惜しけりゃ逃げろ!」
兵士は血相を変えて怒鳴り散らす。まったく、これから同僚になるかもしれない相手に失礼な態度ね。
「逃げる? 何で」
「はぁ!?」
「ま、これだけ欠員が出てるなら、即採用もありそうだし。むしろ好都合よ」
私が平然と答えると、兵士は信じられないものを見るような目で私を見た。
「正気か!? 中にいるのは化け物だぞ!」
「大丈夫。……化け物の相手なら、慣れてるから」
呆気にとられる兵士を無視して、私は城の敷地内へと足を踏み入れた。
その瞬間、肌にまとわりつくような重たい空気を感じる。
私は瞳に魔力を込め、周囲を見渡した。
(……へぇ、すごい魔力濃度)
ただの災害じゃない。これは、長年蓄積された澱のような呪いだ。
普通の魔術師なら尻尾を巻いて逃げるレベルだけど、私にとっては宝の山に見える。
(これなら、ボーナス(研究費)もたっぷり弾んでもらえそうね)
私は口元を緩めながら、荒れ果てた大広間へと足を踏み入れた。
城の中は、外以上の惨状だった。
壁は崩れ、高価そうな調度品が瓦礫となって散らばっている。そして――。
「グルルルル……」
かつての守護者だったであろう鎧たちや、自我を失い目が赤く光る冒険者たちが、殺気を剥き出しにして襲いかかってきた。
「面接会場まで案内してくれるのかしら?」
私は飛んできた剣撃を紙一重でかわし、ため息をついた。
「それにしても……マナーのなってない案内係ね」
次々と襲い来る刃を最小限の動きで避けながら、私は思考を巡らせる。
数は多い。いちいち相手をしていては、日が暮れてしまう。
それに、外からやってくる野次馬たちが次々と呪いに感染して、敵が増える一方だ。
(静かに面接も受けられないなんて、ブラック企業もいいところね)
(……いや、待てよ。これも試験の一環ってこと?)
あえて過酷な状況を用意し、求職者の実力を試す。高給取りの魔術顧問を雇うなら、それくらいの選考基準はあり得る話だ。
だったら、答えは一つ。
「静かにして。雇用主の声が聞こえないわ」
私は指を高く掲げ、乾いた音をパチンと鳴らした。
「『クロノ・フリーズ(刻の凍結陣)』」
瞬間、世界の色が反転した。
襲いかかってきた冒険者たちが、空中でピタリと静止する。崩れかけた瓦礫も、舞い上がる埃さえも、空間に縫い付けられたように動かない。
完全なる静寂。
「ふぅ。これで静かになったわ」
私は辺りを見渡す。
私の魔法は完璧だ。この空間にある「物質」はすべて時を止められた。
だが――。
(……なるほどね)
止まった時の中で、床の隙間から漏れ出る「黒い霧」だけが、ゆらゆらと動いていた。
『クロノ・フリーズ』は物理的な時間を停止させる魔法。つまり、今この世界で動けるものは、私の魔力と、干渉を受けない純粋な「呪い」のエネルギーだけ。
「あの霧だけ動いてる……」
つまり、呪いの発生源(本体)はここにはない。
霧は床下から湧き上がっている。
(魔力回路の先にあるわけか。今日の面接会場は、よほど凝った演出が好きなのね)
私は近くで固まっていた、呪われたメイドの肩を掴んだ。
彼女の呪いだけを局所的に解除し、指を鳴らす。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「うがぁっ!!」
魔法が解けた瞬間、メイドは獣のような声を上げて噛みつこうとしてきた。私はそれを無造作に抑え込む。
「『うが』じゃなくて……この下にいる王様に会いに行きたいんだけど」
「うがぁぁぁぁっ!!」
「言ってることはわからないかな? それとも生前の記憶もなくしてるの?」
メイドは白目を剥いて暴れるばかりだ。
(無理ね、この様子じゃあ)
「もういいわ、眠っていて」
私は再び彼女の時間を凍結させた。
さて、案内係は役に立たない。階段を探すのも面倒だ。
こうなったら実力行使といきましょう。
「しゃーないわ。後で雇い主から文句言われたら、非常時の処置ということで許してもらおう」
私は足元の床に、愛用の杖を突き立てた。
「『ブレイク・ダウン(地流破壊)』!!」
ドゴォォォォン!!
爆音と共に、城の床が崩落した。
瓦礫と共に着地した先は、地下最深部にある儀式の間だった。
おどろおどろしい空気が充満するその中央に、一人の男がいた。
無数の鎖で自らを縛り付け、苦悶の表情を浮かべる青年――この国の主、ファスト公爵だ。
彼は自身の体から溢れ出そうとする「呪いの魔力」を、自らの意志と鎖で必死に抑え込んでいた。
体はボロボロで、国王としての威厳など見る影もない。だが、その瞳だけは赤く発光しながらも、必死に理性を繋ぎ止めているように見えた。
「ぐ……うぅ……逃げろ……」
私に気づいたファストが、掠れた声で呻く。
「誰だか……知らないが……私に……近づくな……」
第一声が拒絶とは、随分な歓迎だこと。
「はじめまして。魔術顧問に応募しに来たエレナよ」
「ていうか、随分と顔色が悪いけど大丈夫?」
私が平然と挨拶すると、ファストは呆然としたように私を見た。
「何を……言ってる……」
「この呪いは……触れたものを……殺す……」
「早く……行け……!」
「いや、行けと言われても、面接もまだだしさ」
私は肩をすくめる。
「あ、もしかして、私が遅刻してきたから一次試験で不合格ってこと?」
「うがぁああっ!!」
私の冗談に答える余裕もなく、ファストが絶叫した。
彼の体から制御しきれなくなった黒い霧が溢れ出し、意思を持った鎌首のように私へと襲いかかる。
「そっか、これもテストってわけね」
私は一歩も動かず、そっと腕を上げた。
迫りくる死の霧に向けて、デコピンでもするように指先を弾く。
パァンッ!
空気が弾け、向かってきた黒い霧が霧散した。
「はいはい、そういうのは良いから」
私は埃を払うように手を振り、鎖に繋がれた公爵を見下ろした。
やれやれ、今日の面接官は自分に呪いをかけてまで試験を行うわけね。随分と熱心なことだ。
「……ねぇ、公爵様」
「その呪い、私が消したら採用でいい?」
「……なに?」
ファストの動きが止まる。
「『はい』か『イエス』で答えて」
「ついでに研究費は言い値で、食事と昼寝の時間も保証すること」
私は畳み掛ける。こういうのは、相手が弱っているうちに言質を取るのが鉄則だ。
ファストは虚を突かれたように目を見開き、やがて力なく、けれど縋るように笑った。
「……は、ははっ」
「もし……君にそれができるなら……私の全財産を……君に預けてもいい……」
「その言葉、取ったわよ」
交渉成立だ。
私は杖を掲げた。
不敵な笑みが自然とこぼれる。さあて、最終試験の時間ね。
地下室全体が震えるほどの膨大な魔力を練り上げる。
城内に充満していた呪いの気配が、私の魔力に怯えるようにざわめいたのが分かった。
「とっとと消えなさい、黒い霧の呪いたち!」
私は高らかに詠唱する。
「虚無の戒め解き放たし、闇の王たちよ、今目覚めの時……」
「『キル・ヴィード(闇王斬)』!!」
私の背後の空間が裂け、巨大な魚の口のような「闇」が出現する。
それはギザギザの歯を鳴らし、ファストにまとわりつく呪いの霧に食らいついた。
ギャアアアアア!!
城内に、呪いの断末魔が響き渡る。
私の放った闇の王は、数百年にわたってこの城を蝕んでいた呪いを、根こそぎ喰らい尽くしていった。
やがて、静寂が訪れた。
砕け散った鎖の中で、きれいな体に戻ったファストがへたり込んでいる。
私は何事もなかったように服の埃を払った。
「……消え、た……?」
ファストが自分の手を見つめ、震える声で呟く。
「生まれた時から、私を苦しめていた呪いが……」
「ちょっと建物を破壊しちゃったけど、まあ許容範囲ってところかな」
私は彼に近づき、そっと手を差し伸べた。
「さて、契約成立ってことでいいのかしら?」
ファストは呆然と私を見上げ、やがて心の底から安堵したような笑みを浮かべた。
そして、私の手をしっかりと握り返す。
「ああ……採用だ」
「君のような最強の魔術師を、私が手放すわけがない」
「ありがとう、ファスト陛下」
私はニッコリと微笑み返し、そして一番重要なことを付け加えた。気まずそうな表情を作るのも忘れない。
「それじゃ、さっそく給金の前借りを相談したいんだけど?」
ファストは一瞬きょとんとして、それから肩を揺らして笑った。
「ふっ……現金だな」
こうして、無事に私の再就職先が決まり、安泰なライフを迎える――。
そのはずだったんだけどね。
この時の私はまだ知らなかった。
この公爵様が、呪いが解けた途端に、とんでもなく重い「溺愛」を向けてくるようになるなんてことを。
(完)




