第9話 どうやら王国の未来は……なようです
立場を最大限利用して俺に小細工を使わせないようにしておきながら、自分は好きに小細工するぐらいの頭は、少なくともあると思った方がいい。ただ問題ないと思っているのだろうが、砂を避けるためだけに、こちらに態勢を立て直す時間とやり返す機会を与えたのは悪手だ。
アルフレッドは弱いという思い込みから一度は負けかけたが、小細工ありならこんなボロボロの状態でも負ける気はしない。少し前までの俺なら大人しく諦めていただろうが、これまでにつけてきた自信――本来なら自慢するのも恥ずかしいくらいだが、俺には今大会、二度も格上相手に小細工で勝ってきた実績があるのだ。何ならあと一回ぐらい追加で勝ってもおかしくないはず、いや、勝てるはずだ。
俺は一度剣を鞘に戻して、鞘ごと腰から外し、殿下にはすべてお見通しのようですね、参りましたよというような顔でその場で姿勢を正し、正座した。
「何のつもりだ」
「潔く、介錯を頂戴しようかと思いまして」
「負けを認めるというのか?」
「いえ」
俺は首を横に振る。
「殿下に私が勝利したあとの話です」
「小癪な……」
アルフレッドの口元が不快感を隠し切れずに、ほんのわずかに歪む。
「見ろ、そのザマを! もはやお前は立ち上がることも出来はせん! それが余に分からぬとでも思ったか! 諦めぬことが美学? 笑わせるな、そんなものはただの執着、見苦しい悪あがきに過ぎんわ! これ以上、余の前で無様に無様を塗り重ねようというのなら……良かろう。降参という言葉すら、その口から二度と漏れぬよう、徹底的に叩き潰してくれるわッ!」
アルフレッドは一見して感情的にまくしたてながらも、すぐには攻めてこようとしない。前のめりなのはうわべだけ。いまごろその頭の中では冷静にあれこれと考えながら、方策を立てているに違いない。
見せかけだけか。リゼットのアルフレッド評を思い出して、確かになと俺はアルフレッドの本質を垣間見たような気がした。
「殿下、私はいつまで、お叩き潰しいただくのをお待ちすればよろしいのでしょうか」
「うるさい、わかっておるわ」
急かすとアルフレッドは本当に渋々といった具合で踏み出してくる。その重そうな足取りからして、相当警戒していることは分かるが、ここまで傾いた試合だ。勝利が目前となれば、どれだけ怪しいと思っていても、何かあると分かっていても引くのは難しい。くわえてアルフレッドは自身の有利が恒久的なものではないことにも気づいているはずだ。現に俺の足は、露骨な遅延行為の甲斐あって、かなり回復しかけている。
勝利の誘惑、迫りくる時間。個人的な事情を抜きにすれば、アルフレッドには次代の王として、民と貴族を率いる長として、できれば俺を負かして次も大丈夫そうだなと安心させてほしいところだが……どうだろうか。
さすがに策をにおわし過ぎたためか、自分がそうしたようにカウンターを警戒しているのか。正面を避けるように、背後へと回り込むようにアルフレッドが進行方向を変えたのを見て、俺は目だけでその姿を追いながら左手を鞘に、右手を剣へと伸ばした。
いつ来る、いつ――今ッ!
背後で大きく踏み込んでくる音を聞いて、俺はその場で座ったまま前後を入れ替えるように回転し、振り向く勢いを利用して、剣を思い切り振りかぶった。そうして目にするアルフレッドのしたり顔。
『勝った!』もはやそれだけ加速してしまっては途中では止まれまい。そう言いたげなアルフレッドの足下で、急停止の代償として悲鳴を上げながら硬い鉄靴の底に削られていく地面に、俺は王国の未来を見たような気がした。
さんざん時間をかけた挙句にやることが俺の一回戦の真似事か。せめて目つぶしまで再現してくれればな。まっ、お上品な王族には無理か。
俺は一回戦では届かなかった距離を埋めるように、またこの国の未来を勝手に案じて、アルフレッドに教訓を与えるように左手を鞘から放した。
――リゼット、お前がどう思っているかは知らないが、俺はお前がこいつの婚約者でよかったと、心底そう思うぜ。王国民の一人としてな。
勢いよく刃を滑っていった先で、アルフレッドの顎を捉えた鞘が鈍い音を上げ、遅れてくらりと揺れたアルフレッドが白目を向いて膝から崩れ落ちたところで、横から走りこんできた裁定官がすかさずその体を受け止めた。
「うがああああああああ!」
俺は立ち上がり、剣を頭上に掲げて勝利を誇示する。上げた咆哮は、震える足にムチ打った代償、やせ我慢の絶叫だった。




