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第64話 どうやら待たせていたようです

 翌日の昼。

 村を夜明けとともに出発し、何事もなく半日でエリュシオンに到着した俺は、快晴の下、穏やかな波の音を聞きながら、帰りの船を求めて港を歩いていた。

 今すぐにでも、王都に向かってくれる船があるのなら飛び乗りたいところだ。ただ出発が早いだけで、肝心の速さが足りないなんてことになったら目も当てられない。とはいえ、見ただけでこの船は速いなとか遅いなとかが俺にわかるのかと言われたら、そんなわけもなく。

 とりあえず軽ければそのぶん速度も出るだろうという素人(しろうと)考えで、港にひしめく船団の中から、積荷の少なそうな船を探していると、あきらかにほかと比べて細くて、長くて、でかい船の上から、


「遅いんだよカイル・シュヴァリエ! さっさと乗りな!」


 やけに威圧感のある声がかけられて、何気なく顔を上げた俺は、まさか、そんなわけはないと思わず目を見張ってその場に立ち尽くした。


「アウレリア・ゴールドシュタイン……」


 まるで海賊のような荒々しい見た目をしているが、見紛(みまが)うはずがない。船の上から険しい顔つきで俺を見下ろしていたのは、コンの誘拐犯として俺とガナッシュがとらえた、白髪まじりの女性だった。



 ♦



「で? なんでお前がこんなところにいるんだ?」


 あわただしくもどこか凛としたゆとりを感じさせる出港を経て、陸の影が小さくなったころ。船の上がようやく落ち着きを取り戻したところで、俺は聞かないわけにもいかないだろうと、船の高い手すりに手をかけてひとり(たたず)むゴールドシュタインの背中に話しかけた。


「俺を王都に送り届けるためだってのは聞いたが」

「別に」


 ゴールドシュタインは面白くなさそうにふんと鼻で笑って、


「それ以上でもそれ以下でもないよ」


 俺には目もくれずに会話を拒絶した。もしかしなくても誘拐の件をまだ根に持っているのだろうか? まあもともと理由を知ってどうなるという感じでもあるのだが、ここにこうしている以上、誰かがゴールドシュタインを檻から出した。そういうことなのだろう。

 ふと王都を出る前に聞いた、ガナッシュの脱獄という言葉が脳裏によぎるも、すぐにありえないなと浮かんだそばから俺は頭のすみに追いやった。

 どうせリゼットが裏で手をまわしたとか、そんなところだろう。

 俺はそういえばと自分でもよく気づいたなと思うのだが、ゴールドシュタインの手元を見て、


「足、よくなったんだな」


 なんとなくつぶやくと、ゴールドシュタインの横顔が静かに歪んで、


「しばらく馬車なんて便利なものとは無縁の生活を送ってたからね。お前のおかげで杖いらずさ、なんてね。いいからもう寝てな」


 しっしっと手で追い払われて、俺はどうやら雑談も無理らしいなと素直に会話をあきらめて船内に引っ込むことにした。

 それから海の上で夜を越えること計二回。日の出ととも起床し始めた幾人かの船乗りたちに交じって早い朝飯を終え、特にすることもないし昼飯まで寝るかと二度寝していると、急に大音量で鐘がうちならされて、


「王都が見えたぞー!」


 なんて聞こえてきたもんだから、俺は反射的に跳ね起きて、革袋を手に甲板へと飛び出した。そうして見据える水平線。その(ふち)ににじむ、ぼんやりとした街の影に、ついについたかと喜びそうになったところで、いやいやそんなわけあるかと冷静になって、俺は頭を振った。

 早くて三日どころか、まだ昼前なら二日もかかってないじゃないか。

 本当に王都か? と俺が目の前の光景をまじまじと見つめ、疑っていると、どこか勝ち誇ったような顔でゴールドシュタインが歩み寄ってきて、


「信じられないかい? だがあれは正真正銘(しょうしんしょうめい)、王都だよ。私が船に乗っていたころに比べて、船もだいぶ進歩してるからね。それでも三日や四日もかかるのは、誰も私の航路を使わないからさ。まったく、最近の船乗りは度胸がないったらありゃしない」


 現状を(うれ)うように盛大にため息を吐くと、


「その点、お前には度胸がある。学園なんかやめて船乗りになったらどうだい?」


 本気で誘うようにニヤリと口角を吊り上げられて、俺は微苦笑を浮かべた。

 まあ、それも悪くないと思ってたんだけどな。


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