第63話 どうやらこの夫婦にはかなわないようです
「そうか。なら王選について少し話すぐらいの時間はあるな。ただリゼットさんのことだから、カイルにはあえてその辺のことを伏せているのかもしれないが……こうなった以上、お前は知っておくべきだと、カイルには知っておいてほしいと思うのは、俺のわがままかな」
「よくわかってるじゃないですかと言いたいところですけど、私は従順な王国民ですので、聞けと命令されればしぶしぶ聞かないでもないですがね」
「よし、なら王子としてお前に命じることにする。聞け」
「ふざけんな! 今は俺が王子だ!」
「あくまで王位継承権をあずけただけなんだが!?」
アルマが目をひんむくとステラが楽しそうに笑いだして、
「カイルさん、ありがとう。アルマが私の前以外で、こんなにはしゃいでいるのを見るのはアストラル・ヴィラにいたとき以来だわ。ほんと、いつまでもいてくれたらいいのに」
「ステラっ、そんなことをこいつに言ったら、本当にいつかれかねないぞっ」
「私はそこまでずうずうしくないですよ」
見損なわないでくださいとアルマに目で抗議したのち、俺はステラに真剣な眼差しを向けて、
「ステラさん、私はこれからあなたの旦那さんに、聞きたくもない話を無理やり聞かされるわけです。明日の朝飯は期待していいんでしょうね?」
「おまえっ、泊まっていく気か!?」
「泊まっていってくれるんですかっ?」
アルマはいやそうにステラは嬉しそうに声を上げると、お互いになんでそうなるんだ? とでも言うように顔を見合わせたのち、
「まったく」
ステラにはかなわないなと、アルマがまた家の外で聞いたのと同じような愛のあるため息をこぼした。
そんなわけで俺は夕飯だけでなく、今夜の宿と明日の朝飯まで流れで手に入れてしまったわけだが、正直ここまでの仲睦まじい様子を見せられると、邪魔をするのも悪いのでさすがに遠慮しようかなという気にもなってくるのだが――普通にこのうまいパンとスープがいかにして作られているのか気になるので、今夜は野暮を承知で泊まらせてもらい、じっくり話を聞いていきたいところだ。
というか王国にこの味を持って帰れないものか。二人にはぜひその技と知識を王国に伝えてほしいところだが、当然タダというわけにはいかないだろうし、たとえ一から十まで二人のやり方をなぞったとしても、この村とまったく同じ環境の土地が王国で見つかりでもしない限り、似て非なるものができるだけだろう。そこから味を近づけるのにいったいどれだけの時間がかかることやら。
しかしこんなにうまいものがあると知って、食う努力をせずにいられるか?
今は無理だが、いずれは王国からこの村に移り住むのもありかもしれない。などと一人で盛り上がっていると、アルマがのぞきこむように俺の視線を拾って、
「カイル、お前は王選についてどの程度知っている?」
「微塵も」
「王国が選挙王制だってことぐらいは知ってるな?」
「せんきょおうせい? なんですか? それは」
俺が聞き返すとなんでそんなことも知らないんだ、常識だぞと嘆くようにアルマが額に手を当てて、
「とにかく『王選』ってのは、王位選定会議の略称だ。簡単に言えば、次の王を投票で選ぶ場のことだな。そこに立候補できるのは、俺のように王位継承権を有する者だけ。投票権を持つのは、王と王妃、それに第一王子から数えて上位三名の継承者。あとは爵位持ちの貴族連中だ。これら有権者のうち、王家はそれぞれ二票、貴族は一票ずつの持ち票を投じるわけだが――」
アルマはそこで一呼吸おいて、
「通常、立候補するのは第一王子一人だけと決まっている。過半数の得票という制約がある以上、複数人で立候補して票を割る実利がないからな。何より候補者たちが下手に争えば、支持する貴族同士の対立を煽り、王国の不和を招きかねない……なんてのは建前で、一番の理由はこれまでずっとそうだったからってだけだな」
「つまりどういうことです? 私というか、私の依頼主は王国に不和を招こうとしているってことですか?」
「さあな」
アルマは後頭部で両手を組み、
「リゼットさんの考えていることが俺にわかるわけないだろ。ただ俺を呼び戻そうとしているからには第一王子が、兄のアルフレッドが王になるよりかは、俺が王になったほうが王国のためになる。そう思ってるんだろうよ」
「うーん、向き不向きで言うなら、アルマよりカイルさんのほうが私は王様に向いてると思うけどなあ」
「「それはない」」
俺とアルマが声を重ねて否定すると、ステラが納得いかないといった様子で首をかしげて、
「そうかなあ。カイルさん、とってもいい人だから向いてると思うんだけど……」
「確かに言われてみれば、私より王様に向いてる人間を探すほうが難しそうですもんね」
「お前より向いてないやつを探すのが難しいの間違いだろ」
「ステラさんは私の味方ですよね?」
俺がニコニコと微笑をたたえるステラに目を向けると、アルマがすかさずステラの肩を抱いて、
「ステラは俺の味方に決まってるだろ」
な? と二人で顔を見合わせたかと思うと、ステラがううんと何やら思わせぶりに首を横に振って、
「王様はカイルさんのほうが向いてるわ。だってアルマにはずっと私の王子さまでいてほしいもの」
なんて目の前でいちゃつかれた日にはもはや天を仰ぐほかない。この夫婦ときたら……。
「「まったく」」
かなわないなと俺の苦笑まじりの声とアルマの照れくさそうな声が重なった。




