第59話 どうやら性に合っているようです
「そうなのか? 俺が聞いた話じゃ、アポロニアに放棄した灯台を無理やり買わせて、その金で建てたとかなんとか言ってた気がしたが」
「もしそうなら船でもうけてるアポロニアへの嫌がらせもいいところだろ。その巻き添えを俺たちは食ってることになるんだろうが、アポロニアは王様と違って仕事をくれるからな」
「悪く言いづらいか? まあそれは俺も同じ気持ちだが」
そんなことよりと船乗りの一人が身を乗り出し、
「王子が西でやらかした話、お前ら聞いたか?」
「いいや?」
「初耳だな」
俺を含めた全員がそれぞれ思い思いに知らないと肩をすくめたり、眉を吊り上げたりすると、身を乗り出した船乗りが得意げな顔で、
「なんでも王子が巡察中、ある街で飢えを凌ぐためにやむなく盗みを働いたやつをかわいそうだからとおとがめなしにしたらしいんだが、そのときに金まで持たせたらしくてな。そんなことをすればどうなるかわかりそうなもんだが、案の定、ここなら何をしても許されるだのなんだの、勘違いした悪党どもが国中から街にわんさか集まって治安は悪化、盗みどころか商人まで襲うわ、街道に居座って通行料をむしり取るわでひどいことになったらしいぞ」
知識をひけらかすように語ったのち、まだあるぞと続けざまに口を開いて、
「ほかにも訪れたワインの産地で、気に入ったワインを根こそぎタダ同然で接収したとかな」
「ん? 献上の名目でもってったって話なら、王様の話じゃなかったか?」
「そうだったっけ?」
身を乗り出していた船乗りがそれまでの勢いをそがれたように上体を起こすと、次は俺の番だと別の船乗りが前のめりになって、
「ああ、俺の聞いた話じゃ、それに抵抗したブドウ農家が、新たに道を作るとかなんとか適当な理由をつけられて、農地をつぶされたらしいぞ?」
「ひでえな。農家にとっての農地といえば、俺たちにとっての船じゃねえか。それを腹いせにつぶすだなんて、いったい騎士は何をやってるんだ?」
「騎士なんか当てになるかよ。俺たち平民がどうなろうと知ったこっちゃない貴族ばっかりなんだからな」
「だな」
船乗りたちはうんうんと同意する。もちろん俺も平民の一人としてうんうんと同意した。噂である以上、多少の尾ひれはついているのだろうが、火のないところに煙は立たないというし、王家に何らかの問題があったことは確かだろう。
しかし陸の噂にうとそうな船乗りの耳にまで王家の醜聞が届いているのか。王家は出所を探しているらしいが、そんなことをするより火消しに精を出したほうがいいのではなかろうか。まあ相手が貴族ならまだしも、平民がどれだけ騒ごうと関係ないと王家が思っていたらそれまでだが。
なんてことを考えていると、不意に船乗りの一人が俺に目を向けてきて、
「そういえば新入りは騎士の卵だったな。目の前で王家を批判されていい気はしないだろうが、くれぐれも騎士にはだまっておいてくれよ」
などと急にすごまれて、俺はほおばっていたパンを危うくのどに詰まらせそうになった。
「冗談だよ」
俺が苦しそうにしていると目の前に水の入ったコップがすかさず差し出され、ありがたいとすぐに受け取って口をつけると、それが合図であったかのように、
「さ、仕事だ。お前らいつまで食ってる! さっさと行くぞ!」
急に噂話で盛り上がっていた下世話な集団から、たくましい顔つきの船乗りに代わったかと思うと、一斉に席を立って食堂を出て行った。
「新入りはそいつを全部食ったらそこを片付けて、甲板を磨け!」
俺は聞こえてきた声に、
「承知しました!」
と威勢よく返して、こういうのも悪くないなと一人笑みをこぼした。
仮に今回の件で学園を追い出されたら、船乗りになる、なんてのも面白いかもしれない。
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ガナッシュと別れてから三日後の夜。つまり今のところ順調、あるいは運よくと言っていいであろう、丸三日と少しで連邦の首都エリュシオンの港に入り、しっかり水夫として荷下ろしまで終えた俺は、アストラル・ヴィラなる場所を一から探す――までもなく。
聞けば船乗りの一人が知っているというので案内してもらい、
「出発は明日の午後、風次第で昼過ぎには出る。遅れたら置いていくからな!」
目的地に着くや否や踵を返す親切な背中に、
「ありがとうございます!」
と俺は片手を挙げて、一見してただの古びた民家にしか見えない木組みの建物へと向き直った。
さて、素直に王都までついてきてくれればいいのだが。




