第58話 どうやら船乗りたちは噂好きのようです
「なら正直に話しますけど」
と言い出したはいいものの、どこからどこまでをどう話したものかと次の瞬間には言いよどんでしまう。するとガナッシュが重苦しいため息を吐いて、
「信用ないんだな。まあ、たかが一人の護衛をつかまえるのにこのざまじゃな」
似合わない自嘲的な笑みを浮かべて肩を落とした。
「あとはとらえるだけというところまでお膳立てしてもらいながら、侯爵を止めきれずに、騎士に多くの被害を出してしまった。ヴォルテール様だけじゃなくて、お前が僕たちを信じたくなくなる理由もわかるよ」
ガナッシュはまた重苦しいため息を吐いて、ますますとうなだれると、
「僕はこれでもお前に感謝しているんだ。剣盾祭で負けたことは一生の不覚だと今でも思っているけど、それがなければ僕はいまも自分の才能と実力にあぐらをかいて、努力を怠っていたはずだから。僕が護衛と斬りあって軽傷で済んだのは、あのときカイルに負けたからだ。それにカイルにはゴールドシュタインの一件で汚名を返上する機会までもらった。そんなお前に必要とされない、力になれないと思われているのは本当に、情けない限りというか……」
「わかったわかった、わかりましたからもうらしくない真似はやめてください」
このまま俺を疑っていたこともうやむやにならないかなと一応しゃべらせては見たものの、ついには両手をこぶしに変えてふるわせ始め、聞くにも見るにも堪えなくなってきたので、俺はガナッシュの肩をたたいて言葉を飲み込ませた。
「信じる信じないはともかくとして、結果的には伯爵も現場に復帰できたわけですし、死人が出たならまだしも……」
って、俺はなんでガナッシュを励ましているんだ? と急に我に返った俺は、
「あーもう、俺はただ旅行に行くだけなんですよ。力になりたいっていうのなら、連邦行きのいい船を教えてもらいたいところですね」
どうせいま隠しても騎士なら調べれば後でわかることだと、ぶっきらぼうに連邦行きを告げた。
「連邦……」
ガナッシュは反芻するように言葉を繰り返す。それからほどなくして何かを察したように力なく笑い、
「王位選定会議か」
初めて聞くのに、言葉の並びだけでそれがどういうものかわかってしまいそうなことを言った。
「しかし今から行って間に合うのか? 七日後の会議までに戻ってこれる保証はないぞ。それこそ相当運がよくなければ不可能だ。そもそも連邦までは早くて三日、通常は四日から五日はかかるんだからな。まあアポロニア家なら、そんな不可能も可能にしてしまうかもしれないが」
ガナッシュは矢継ぎ早に語り、俺に言葉をはさむ余地を与えない。ただそんなことはどうでもいい。そう、俺がよく知らない会議に間に合おうが間に合わなかろうがどうでもいいのだ。
いま問題なのは、俺がリゼットがらみで一番距離を置いておきたいと思っている貴族の家名をガナッシュが出したことにある。
「連邦とも取引していて、海運にも強いアポロニア家の協力があれば――」
「ガナッシュさん、俺が知りたいのは頼れる貴族じゃなくて、船や船長の名前なんですけどね」
「カイル、悪いことは言わないから、頼れる相手がいるなら頼るべきだ。僕では無理でもアポロニア家なら力になれるはずだ」
「俺に子供を頼れと?」
「は?」
ガナッシュがあっけにとられたように目を丸くしたかと思うと、直後に吹き出すようにして笑い始めて、
「そうか、まあそうだよな」
俺の肩をバンバンとたたいてうなずいて、
「なら大人を頼ればいい。三日といわず、二日で連邦まで行ける人間を僕は知っているぞ」
「ガナッシュさんも意地悪ですね。初めからそういうのを教えてくださいよ」
「脱獄させる覚悟はあるか?」
俺は何も言わずに個室を後にした。軽傷と言っていたが、もしかしなくても誤診かもしれない。とりあえず七日ほど期間を開けたのち、また様子を見に来るとしよう。
ああ、そのときはもちろん、借りていた服を忘れずに持参してな。
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「おい、新入り! 飯の時間だ! さっさと食いに来い!」
頭上で響くがなり声、毛布をはがれた勢いで寝台から床に落ちた俺の寝起きは、これまで生きてきた中でも五本の指に入るくらい最悪だった。
しかし飯の時間なら起きないわけにもいかない。むしろ起こしてくれたことに感謝すべきだろう。すぐに傾いた床の上に立ち上がり、これまた傾いた壁に手をついて歩き始めた俺は、もう揺れてもなんとも思わなくなったなと自分の順応力の高さに驚きながら、年季の入った船内を歩きだした。
そう、俺はいま、海上に出てから二日目の連邦を目指して進む帆船の中にいた。それも金がなくて水夫として。
「おせえぞ、新入り!」
調理場兼食堂に行くと釘が打てそうなくらい硬いパンが、ほらよと緩やかに飛んでくる。それをありがたく受け取り、これだけ船内が傾いていると逆に座っているほうが苦しくないか? と食事にがっつく男たちが腰を下ろす椅子を、空きがないからと言ってうらやましいとも思わずに、壁に背を預けてパンをかじりだすと、
「ガハハハハハハ!」
と豪快に食堂に集まった船乗りたちが一斉に笑いはじめ、
「気に入った! 新入りはゲロばかり吐いて船を汚すぐらいしか能のないやつがほとんどだが、お前は違うらしい!」
「おら、もっと食え! 食わせても吐かない新入りは久々だ!」
ガハハハハハ! とまた船乗りたちの豪快な笑い声が重なり、次々と俺めがけて干からびた肉に魚にチーズに皮が分厚い果物と、とにかく食い物が飛んでくる。ただそのどれもが受け止めた瞬間にそうだとわかるほど、石のように硬い。
まあこれが海上での基本なのだろう。
「どうも」
と俺が愛想笑いを浮かべて、両手いっぱいに抱えた食い物にがっつき始めると、船乗りたちは満足した様子でニヤリと笑って、
「しかし今の王様もひどいもんだよな。俺たちには予算がないからとか言っておきながら、灯台を減らして浮いた維持費で別荘を建てたっていうんだからな」
おそらく俺が食堂に顔を出すまでしていたのであろう、王都にいれば自然と聞こえてくる、いま話題の王家の醜聞を話し始めた。




