第53話 どうやら風呂には持って入らないほうがよかったようです
「おいッ! 何をしてるッ!」
やべ! 俺が舞踏の間に入ってきた騎士の多さとその勢いに圧倒されて、どう考えてもそうしないほうがいいのに、建前だのなんだの忘れて反射的に背中を向けて逃げ出そうとすると、マリーに手首をつかまれて、
「ボクと一緒にいろ。シュヴァリエはそのほうがいい。お友達の騎士のほうはさっさとお仲間に事情を説明して護衛探しに精を出すといいよ。もちろんボクから聞いたなんて言わないでね?」
「カイル・シュヴァリエ! やはり貴様がソフィア様を――」
「こいつに触れるな! 道を開けろ!」
マリーが騎士から俺へと伸びた手を払いのけ、
「用があるなら共和国を通してもらおうか!」
まるで昨夜の王子のように、人の壁を真っ二つに割って道を作り出した。ただガナッシュだけは道を譲らず、正面に立ったまま俺とマリーを交互に目だけで見たのち、俺の耳元に顔を近づけてきて、
「スミレ座の一件で、リゼット様が斬ったのは帝国人だ」
そうささやいて他の騎士にならうように道を開けた。それからマリーに腕を引かれるがまま舞踏の間、中央講堂とあとにした俺は、周りにマリー以外いなくなったところで、そっと道の真ん中で足を止めた。
「この辺でいい」
マリーは何も言わない。ただ俺からゆっくりと手を離す。その動きが妙になごり惜しそうで。
「……」
二秒ほどの沈黙ののち、別れのあいさつもなしに背中を向けて歩き出したマリーに、背後から近づいてその華奢な肩をぽんぽんとたたいた俺は、怪訝そうな顔で振り向いたマリーのほおに立てた人差し指を突き刺した。
ぷにり。というかぶすり。
そんな音が聞こえてきそうなほど見事なまでに決まったいたずらに俺がニヤニヤしていると、マリーの瞳の奥にちろりと紅い炎が揺れ、瞬く間に勢いを増したかと思うと、メラメラと激しく燃えだして、
「お前ってやつは、お前ってやつはあ!」
腕をつかまれた次の瞬間には体が宙を舞い、またろくに受け身も取れずに背中から大地にたたきつけられた。
「それそれぇ!」
「だからなんで喜んでるんだよ!」
「それはだな」
俺は手足を投げ出して、まだかろうじて青さを残している空を正面に見据えたまま、
「共和国人の友達ができたからだ」
自信たっぷりに言った。
「それ、もしかしなくてもボクのことじゃないよね」
「おい、街でミートパイ買って来いよ。もちろんマリーのおごりな」
「それが友達に言うセリフ!?」
俺はこみ上げるままに笑い声をこぼした。まんまと引っかかったなと。するとマリーもつられたようにコロコロと笑い声をあげた。引っかかっちゃったと。
「マリー、ガナッシュからの伝言だ。スミレ座の一件でリゼット様が斬ったのは帝国人らしい」
「ふーん? あの騎士も意外と鋭いね」
言いながらマリーの足音が近づいてきて、
「でもそっか。王国の医術が進んでないとは言わないけど、ルミエを狙ったのが帝国なら、さすがに助からないかもね」
淡々と語ったのち、頭上から手を差し出してきた。それに俺はなんとなく今のような気がして、またいま使わなければコンに渡してしまうような気がして、懐に手を突っ込み、リゼットから預かっていた紙の束を手の代わりに下から差し出した。
「なにこれ?」
「夜会での助け舟、さっきガナッシュに話してくれたこと、騎士から俺を守ってくれたこと。このまま今日を終えたら、明日にはなれなれしい口をきけなくなりそうだからな」
「へえ? 均衡をとろうってんだ?」
マリーは殊勝な心掛けだとでもいうように、感心した様子で紙の束を受け取るとパラパラとめくりはじめ、
「どうやって集めたの? これ」
「アポロニアは関係ない」
「そこだけは守るんだ。ま、そういうことにしておいてあげるよ。友達だからね。ただこれだと逆にボクがもらいすぎかな」
「ならソフィア様を助けてやってくれ」
「それはシュヴァリエがもらいすぎ」
「わがまま言うなよ」
「どっちが!?」
「のちのマリーが」
「今の君だよ!」
からかうだけからかって満足したところで俺は立ち上がり、マリーの頭をぐしゃぐしゃと乱暴になでて、さて用も済んだしそろそろ帰るかと、今度は俺のほうから背中を向けて歩き出した。
「ていうかなんでこんなに紙がゴワゴワなの?」
マリーは俺のように追いかけてきたりはしない。ただ背後から声をかけてくる。それに俺は振り向くことも、足を止めることもなく、
「風呂に持って入ったら濡れた」
「え、気持ちわる……」
俺はいたたまれなくなって駆け出した。
「マリー! 今ので均衡はとれたからな!」




