第52話 どうやら時間のようです
たった一人の護衛の行動を読み解くだけで見えてきた面倒な背景に、両手で頭を抱えるか、盛大にため息を吐くかで俺が悩んでいると、マリーがくくっと他人事のように笑って、
「ま、いろいろと言ったけど、ボクがルミエにだまされてるだけって可能性もなくはないんだけどね」
元も子もないことを言った。
「血を吐いたのも目を覚まさないのも熱演の結果、だとしたら演技で倒れることを知ってた王子が、やさしさから護衛に抱きとめさせたのかもしれないし」
やさしい? んなわけあるか。俺の挑発を許した以前の王子ならまだしも、今の王子は給仕の粗相に斬るという行為で応えようとするような状態なんだぞ。
「あ、いまそんなわけあるかって、王子はやさしくないって思ったでしょ」
声にも表情にも出していないはずなのに、マリーは俺の考えなどお見通しだとばかりに、じとっとした目で下から俺の顔をのぞきこんできて、
「それはシュヴァリエが王子をよく知らないだけだよ。実際、今ほど心に余裕のない王子は初めて見るけど、それでもまだボクのくちぞえ一つで他人を許せるぐらいなんだから、根っこはたぶんお人よしなんだろうね」
付き合いの長さがそう言わせるのか、王子の名誉を守るように擁護した。
「それにシュヴァリエと違って家柄もいいしお金持ちだし顔立ちも端正だし、負けたけど剣の腕も上だろうし、何より人気があるし婚約者もいるし――」
ひえー、俺はすべて事実だとしても、いや事実だからこそ聞いていられなくなって、現実から目をそらすように聴覚から視覚へと意識をそらして、ただ嵐が過ぎるのを待つように天井を見上げた。
あれ、舞踏の間って天井にも絵が描いてあったんだ。きれいだなあ。
「でも度胸だけはシュヴァリエのほうがあるかもね」
「まじで?」
さんざんこき下ろされてから持ち上げられる俺の名誉。王子と比べて上げ幅が少ないのが気になるが、それは付き合いの短さが原因だろう。
俺がまるで瀕死の重症から生還したかのような気分でマリーに目を向けると、
「確実に早死にするだろうけどね」
せっかく助かったというのにさっそく余命宣告された。それも冗談という感じではなく、心配とあきれが入り混じったような表情で。ただ、
「それ、ラミアにも同じことを言われたな」
「もしかしなくてもそれ、けなしてるの?」
「いや?」
「無自覚って一番たちが悪いよね」
「だよな」
「なんで君が他人事みたいに言ってるのかな……」
俺は苦笑まじりに反省する。深く考えずに言ったが、よく考えるまでもなく、自分たちを食う側と思考が似ていると言われて喜ぶやつはいないだろう。マリーのおかげでたまたま自分の感覚がおかしくなっていることに気づけたが、そうなった原因がアメリアと喋りすぎたことにあるのなら、少し付き合い方を考えたほうがいいかもしれない。いや、アメリアを避けるということは、コンも同時に避けるということだ。それは俺の望むところではない。
まったく、こういうのも腐れ縁と呼ぶのかね。俺が何とも言えない気持ちで短くて長い付き合いになりそうだな考えていると、ガナッシュが控えめに手を挙げて、
「あの、話を聞いていて思ったのですが、いえ、いくら考えてもわからないのですが、そもそもなぜソフィア様は毒を盛られたのでしょうか。目を覚まされていないとのことですが、ソフィア様は快方に向かわれているのでしょうか」
質問の内容は完全にマリーに対してのものなのに、なぜか俺のほうをまっすぐに見て聞いてきた。
いやいや、なんでマリーに直接聞かない? 俺を経由することにいったい何の意味が? と思ったが、それがガナッシュなりにいろいろと考えた結果だということは、頼むと言いたげなその目を見れば明らかだったので、
「マリー、悪いがこの面倒くさい男の質問に答えてやってくれるか?」
服の借りもあるしなとその役を引き受けて、マリーに目を向けると、そのマリーもマリーで何を思ったのか、ガナッシュではなく俺に顔を向けて、
「ルミエはこのままだと助からないかもね。まず毒じゃないかもしれないってことに王国が気付いているのかもあやしいし」
なぜか二人とも俺を見ながら俺ではない相手に向かって話し始めた。
「毒ではない? どういうことでしょうか、ヴォルテール様」
「シュヴァリエが白湯を飲んだのは、アポロニアの従者――ラミアが毒のにおいはしなかったって言ったから。亜人は信用できないけど、実際に白湯には毒が入っていなかったわけだし、その言葉には一定の信ぴょう性があると思う。たぶん、この舞踏の間には毒は持ち込まれていなかった。それならいまだにルミエが目覚めないことにも納得がいくしね」
「毒だと思って治療しているから成果が上がらないということですか。しかしカイル、お前、お前そんな理由で白湯を……」
ガナッシュは調査に夢中でちょうど俺の話を聞いていなかったのか、飲んだ理由の話はこれで二度目だというのに初耳であるかのように表情を険しくして、怒るのかと思いきや、あきれたと頭を抱えた。
「お前、本当に早死にするぞ。気をつけろ?」
わかってるさと俺がうなずくと、マリーが思い出したように笑いだし、
「ホントにっ、ホントにそうだよ? 気をつけな?」
「へいへい」
「まっ、とにかく毒じゃないなら何なのかって話だけどさ、シュヴァリエはなんだと思う?」
「さあな。ラミアの鼻をすり抜けるような無臭の毒薬でも使ったんじゃないか?」
「惜しい、半分正解だね」
半分も? と俺が片方の眉を吊り上げて驚いていると、マリーがニヤリと口角を上げて、
「使ったのは毒じゃなくて薬だよ。薬も過ぎれば毒になる。ルミエをいま苦しめているのはたぶんだけど、薬の過剰摂取からくる、強い副作用ってやつだろうね」
わかってしまえばなんてことはない、むしろアメリアの鼻の良さを知っているからこそ、俺には自然と納得できることを言った。
「ただなんでルミエが狙われたかって言われたら、ボクにも正直よくわからないかな。演技にとどめておけばヴァレンタインがひとり退場するだけで済んだかもしれないけど、これでもしルミエが助からなかったら王国はしばらく荒れそうだし、そうなると得するより損する人間のほうが多くなるんじゃないかな。まあ外に目を向ければ、その限りじゃないだろうけど。たとえば王国がごたついて喜びそうな帝国とか」
「帝国? ヴォルテール様、いま帝国と仰られましたか?」
ガナッシュが俺から視線を外してようやくマリーに顔を向けたのと、舞踏の間の扉が不意に開かれたのはほぼ同時だった。




