第51話 どうやらよからぬ輩がいたようです
「ありがとうございます……」
「礼なんていいよ」
マリーはニッと口角を上げて、じゃ、さっそくだけどと本題に入る。
「白湯には毒が入っていなかった。でもルミエは倒れた。シュヴァリエはどうしてだと思う?」
「演技なんだろ? でないと倒れたことに説明がつかないしな」
「じゃあなんでルミエは目を覚まさないの?」
「え?」
ソフィアが目を覚まさないと聞いて、俺の脳裏にふとよぎったのは、夜の薔薇園で気が動転していたと言ったリゼットのらしくない姿だった。
あいつはいま何をしているだろうか。このことを知っているのだろうか。知ったとして冷静でいられるだろうか。たとえば調査という名目ですでに夜会の参加者を尋問にかけているとしたら。王子から剣を奪ったときのことを考えると、それが穏やかなもので終わるとは思いがたい。
いや、リゼットに対する王子の疑念は深い。まずリゼットはソフィアに近づけないだろうし、その度合いによってはリゼットの耳にソフィアの容態についての情報が入らないよう、監視役等が遮断しているという可能性も考えられる。
ただ人の口に戸は立てられない。仮にリゼットがまだ何も知らないとしても、いずれは知ることになるだろう。それがいつかはわからないし、もう知っているのかもしれないが、リゼットがしばらく会えないと言っていた通り、本人に直接会って確かめることはできない。マリーにリゼットの様子を尋ねることはできるが、なぜそんなことを俺が知りたいのか、気にするのかとたとえ聞かれなくても疑念を抱かせることにはなるだろうし、余計な詮索を生むだけだろう。
要するに、俺が焦ることに意味はなく、気にするだけ無駄だということだ。
「ま、そうだな。ソフィア様が目を覚まされないのは、抱きとめた護衛のしわざ」
そうだろ? とマリーの発言を確かめるように片方の眉と口角を上げて、
「それなら前後のつじつまも合うしな」
最後に俺の見解もちょっぴりだけ付け加えた。
「護衛のしわざ、ね。シュヴァリエはどうしてそう思うの?」
マリーは俺の考えを深めるように問いかけてくる。
「なんでつじつまが合うと思うの?」
「白湯には毒が入っていなかった。つまり毒はあとから盛られた。そしてそれが可能だったのは誰か。リゼット様と王子殿下が注目を集めていたのもあって、なぜかあの場ではよくやったという空気間のまま疑われることなく自然に退場したが、最初から最後までソフィア様のそばにいて、毒を盛ることができたやつが一人だけいる。抱きとめた護衛、違うか?」
「でもそれって、できたってだけだよね」
「だけって、そりゃまあそうだけどな」
確たる証拠があるわけでもなし。いま言えるのは状況的にそいつがかなり疑わしいということ、それだけだ。
「そもそも護衛のしわざかなとか言い出したのはマリーのほうだろ? あ、」
そこで俺はようやく気づく。そう、マリーはほとんど断言に近い形で言い切っていたのだ。
「あるのか? 確たる証拠ってやつが」
「ないよ? ただ疑惑を確信に近づけることはできるかな」
マリーは俺を試すように上目遣いで見て、
「そもそもルミエを抱きとめた時点でおかしいと思わない? 抱きとめることができたって言い換えてもいいけどさ」
「あー……」
そういうことかと俺は頭をかく。
「悪いが俺はその瞬間を見ていない」
「でも言いたいことはわかったんじゃない?」
「ああ」
さすがにな、と俺は苦笑した。
「抱きとめた瞬間こそ見てないが、王子殿下がソフィア様に駆け寄っていくところは見た。要するに二人の距離はそれだけ離れてたってことだ。そしてそれはそのまま護衛とソフィア様が同じだけ離れていたことをも意味する」
そう、俺が覚えている限りでは護衛は夜会中ずっと王子のそばにいた。それこそソフィアがひとり残ったときにも、全員が王子についていったくらいだ。
「普通に考えて間に合うわけがない、抱きとめられるわけがない。抱きとめることができたということは、その護衛がソフィア様の近くにいた、つまり王子殿下のもとを離れていたことになる。それは変だ」
「そう、変だよね。最初からルミエのそばにいたならまだしも、王子のそばにずっといて、倒れる瞬間に合わせて近づくなんて、ほとんど自分が犯人ですって言ってるようなものだよね」
その通りだ。そしてそれは白湯に毒が入っていたという演技でリゼットを陥れようとした者にとっては余計な事だ。あくまでもリゼットを犯人に仕立て上げたいのなら、その候補は増やすべきではないし、一人のほうがいいに決まっている。つまり抱きとめないがそもそもの正解だ。ただソフィアの命を狙うためだったと考えれば、その不合理にも説明がつく。
俺はてっきり昨夜の騒動はリゼットのためだけに用意されたものだとばかり思っていたのだが、いやその通りではあるのだろうが、どうやらあの場にはそれを利用して本当に一服盛ってやろうという、よからぬ輩が別にいたらしい。
「理屈に合わない行動は、二つの思惑を示唆する、か」




