第50話 どうやら荒療治もやむなしのようです
「すっきりか、そりゃ何よりだな。しかし護衛のしわざねえ」
「ヴォルテール様――」
声に目を向けると、というか目を向けなくてもわかるのだが、あえて目を向けるとその主はやっぱりというかガナッシュだった。どうやら俺とマリーの話を聞きつけてすっとんできたらしい。しかしガナッシュの視野が狭いのか、その目に映れる定員が初めから一人と決まっているだけなのかはわからないが、俺など見えていないかのように俺の前を素通りすると、マリーの正面で向かい合うようにして足を止め、普段から相手を選ばずにというとそこに俺が含まれていないのでおかしなことになるのだが、浮かべなれていそうな人当たりのいい笑顔を見せて、
「その話、詳しくお聞きしてもよろしいですか」
子供相手だとこんなやわらかい対応もできるんだなと、黄金錨海運銀行で見たガナッシュからは想像できないようなやさしい声を上げた。ただ人当たりがいいだのやさしいだの思ったのは俺だけだったようで。
当のマリーはというと逃げるように俺の背中にすっと半分ほど身を隠すと、
「……なんか、いやかも」
不快感は隠さずにガナッシュから目をそらした。その曖昧とはいいがたい露骨な拒絶にガナッシュは耐えきれなかったのか、笑顔を浮かべたまま気を失ったように体を硬直させている。何なら息をするのも忘れているのではないだろうか。確かめはしないが、何かがへし折れた様子のガナッシュは、言葉を濁さなければ、かわいそうだ。
というか見てられないなと俺は助け舟をだすように、さっきまで楽しそうにしていたのにいきなりどうしたんだと、ややしぶい顔をするマリーへと目を向けた。
「マリー、俺は違うが、このガナッシュさんは本物の騎士だぞ? 俺に話すつもりだったなら別に話してもいいんじゃないか? それこそ俺に話したら、口止めされない限り、俺はもちろんガナッシュさんに話すわけだしな」
二度手間だろ? と俺が両手のひらを見せるようにして肩をすくめると、
「むしろシュヴァリエがボクのいないところで勝手に話す分にはいいんだけどね。大事なのは周りがどう思うかだし。ただ事はそう単純じゃなくてさ」
マリーは苦々しい記憶でも思い起こすように目をそらし、
「彼、貴族でしょ? どこの派閥に属してるか知らないけど、中途半端に肩入れして仲間だとか、敵だとか思われたくないんだよね。結婚を申し込まれるのも、命を狙われるのも慣れてるけど、辟易しちゃうし。それに男の貴族ってなんか苦手なんだよね。すごく堅苦しいか、ねっとりした視線を向けてくるかの、どっちかだし」
しみじみと語る様はそこに実体験があるからか、内容が内容だけに本来であればあってはならない説得力があった。そう、こんな子供に結婚を申し込まれるだの、命を狙われるだの、そんな経験があっていいはずがない。
俺はやり場のない怒りと強いあきれから、ひとり頭を抱えざるを得なくなった。
「王国の貴族ってのはバッカスみたいなゲスばっかりなのか」
「おいカイル、思っても僕の前で貴族を批判するな。それに僕は違う」
ガナッシュはマリーの前で片ひざをつき、
「ヴォルテール様、私は貴族ですが騎士でもあります。身勝手な願いとは承知しておりますが、今だけは貴族という肩書きを忘れ、ただ一人の騎士としてこの私を見てはいただけないでしょうか」
「ええ……」
はなし聞いてなかったの? とマリーは険しい表情で俺の背中にいっそう深く身を隠す。ガナッシュはまっすぐゆえにそういうやり方しか知らないのかもしれないが、そのやり方では一生マリーとの距離は縮まらない、どころか開き続ける一方だろう。となると荒療治もやむなしか。
俺はあくまでも必要に駆られて仕方なく、ひざまずくガナッシュの頭頂部をゴツンと上から殴った。
「いでぁっ、何するんだっ、カイル!」
「その調子ですよ」
俺は体裁を捨ててただキレるだけの男アイアン・ガナッシュを放置して、頼むからもう一度機会をくれと目で訴えたのち、仕方ないなとうなずいてくれたところでそっとマリーの背中に手を当てた。そうして二人を向き合わせ、
「ガナッシュさん、とりあえずマリーって呼んでみてください」
「それは……」
「まさかできないって言うんですか?」
ガナッシュは無言で視線を落とす。どうやら無理らしい。否、できないわけがない。ガナッシュならできるはずだ。俺がそう信じて次はもう少し強めに行くかと拳をにぎると、マリーがたしなめるように手で遮ってきて、
「彼には無理だよ。彼はシュヴァリエと違ってボクのことを知っているみたいだからね」
「ヴォルテール様……」
「でもそっか、このままだと殴られ損になっちゃうか。まっ、いいよ」
マリーはガナッシュの肩を軽くたたいて立ち上がらせると、どこか誇らしげに腰に手を当てて、
「今回は特別に話してあげる。均衡をとるのがボクの役目だからね」
ふふんと胸を張った。




