第5話 どうやら俺の勝利は望まれていないようです
「始め!」
うるさい闘技場の中にあって、一際よく通る裁定官の声が試合開始の合図を告げる。それとほぼ同時に剣を上段に振りかぶって突っ込んでくるハンス。落ち着いて距離をとるようにその場から飛びのいた俺は、すぐに背中を向けてこんなのに付き合ってられるかと全速力で駆け出した。
「卑怯者ー!」
「面汚しー!」
闘技場の中心を離れ、観客席へと近づくほどに大きく、そしてよりはっきりとしてくる観客の声。ただそれも一回戦からずっととなると、さすがに慣れてくる。そう、人は慣れる生き物なのだ。それで気にせず走っていると、しばらくして観客も疲れたのか、罵倒の代わりに物が投げ込まれるようになった。
最初は何かの包み紙、箸に水筒、弁当箱に皿、ついにはどうやって持ち込んだのか、ナイフのようなものが足元に突き刺さり、俺は渋々押し戻されるようにして闘技場の中心へと戻っていった。
「よ、ようやく戦う気になったみたいだな」
足を止めて振り返ると、ハンスは膝に手をついて肩で息をしていた。
「か、覚悟しろ。お前は観客たちのき、期待通り」
ハンスはそこで一度言葉を区切り、膝から手を離して頭上に剣を掲げ、
「血祭りにあげてやる!」
バカみたいな大声を張り上げて、また試合開始直後に見た光景を繰り返すように突っ込んできたので、俺もまた背中を向けて走り出した。ただ今度はハンスを中心にして円を描くようにだ。
「おい! ふざけるな! 戦え!」
ハンスが声を張り上げるたびに場内が沸く。疲労を滲ませていたハンスの顔に活力が戻る。ガナッシュのときには少なかったが、黄色い声援の代わりにむさくるしい応援が俺の敗北を願う。なんということだろう。いい加減そんな状況にうんざりしてきた俺は、それまでまったく剣盾祭というものに乗り気でなかったというのに、少しだけやる気というものを出し始めていた。
どうせ勝てないなら削れるだけ削ってやる。
俺は自分の四回戦ではなく、ハンスの四回戦を見据えてハンスの背後へと回り込むように円を描く速度を上げた。
「て、てめえ!」
ハンスをその場でグルグルと回らせる。たまに近づいて剣を振らせる。気分が向けば足元の砂を集めて、手で投げつけてみたりもする。
自分でも言うのもなんだがカスみたいな戦い方。一回戦はまだ打ち合った分だけまともだったが、今回はそれすらしない。
途中でわずらわしくなって鞘を捨てる。もちろんハンスに向かってだ。服も一枚二枚とどんどんと薄着になっていき、ついには上半身裸になる。この際だ。靴も投げつけてやろう。そう思いついたのとハンスが糸の切れた人形のように倒れて、ゲロを吐いたのはほぼ同時だった。
「ま……まいったぁ……」
気が付くと俺は一度も剣を振ることなく三回戦に勝利し、自分の予想すら裏切る形で次へと駒を進めていた。
そう、今回の目的、王子が待つ四回戦、準々決勝へと。




