第48話 どうやら伯爵派なようです
「どういうことです?」
「昨晩、ここに駆けつけたのは伯爵なんだが、あとから来て今ここの指揮を執っているのはさらにその上の侯爵なんだ。それも現場は伯爵、政治は侯爵とこれまで住み分けを守ってきたのに、いきなり出てきて、伯爵から強引に指揮権を取り上げたみたいでね。そのときに侯爵が伯爵相手に人事権を振りかざしたらしくて……」
ガナッシュは周囲の目を気にするように、また顔を近づけてきて、
「侯爵は中央の貴族だけど、最近は北の人間と懇意にしてるって話も聞くし、そこに南のリゼット様だろ? 仮に侯爵が誰かの指示で動いているのだとしら、後先考えない伯爵への行き過ぎた対応にも説明がつくと思わないか? もしかしたら大なり小なり、上のほうで貴族の勢力図が変わろうとしているのかもな」
「つまりどういうことだ?」
俺はひとりごとのようにつぶやき、ガナッシュの言葉を頭の中で整理し、
「今回の事件の首謀者は北の貴族で、それを暴かれたくないから侯爵を使って会場を封鎖しているってことですか?」
「現状を都合よく解釈するなら、かもしれないってだけの話だけどね」
ガナッシュは笑う。
「ただ調べろと言われていざ来てみれば調べるな、だ。リゼット様をどう扱うかでもめているだけなら杞憂で済むが、もし違うなら僕も貴族として今後の身の振り方を考えておかないといけない」
「身の振り方? 確かにガナッシュさんはしっぽを振るのがうまそうですもんね」
「下手だからこそ、今から考えておかないといけないんだ」
ガナッシュは俺の軽口に怒るでもなく、ただ滅入るように深くため息を吐く。
「今のうちに侯爵の弱みの一つでもつかめればいいんだが」
「さすがはガナッシュさん。俺が思っていた通りの外道だ」
「違う。人事権を振りかざすような横暴が許せないだけだ。たとえば理不尽な異動から誰かを、今回なら伯爵を……」
不意にガナッシュが口を開けたまま俺から視線を外す。そのまま何かを目で追いかけ始めたかと思うと、
「守ることくらいは……って、おい!」
急に血相を変えて走り始めた。それに何事かと遅れてガナッシュが見ていた方向に目を向けると、どこから持ってきたのか、短パンをはいた子供が一人がけの椅子によじ登り、よりにもよって舞踏の間の窓に外から手をかけていて――。
「おいおい」
いくら子供でも遊びやいたずらじゃすまないぞ。
あわてて俺が駆け出したときには、ガナッシュの制止も間に合わず、短パンをはいた子供はまるでそこだけカギがかかっていないことを初めから知っていたかのように窓を開けて、舞踏の間へとひょいと飛び込んでいった。
というか昨日の短パン小僧じゃないか? いやそれよりも騎士はなにをやっているんだ? 俺にからむ暇があるなら戸締りぐらいしっかりしておけよな。まあ会場に入れないからそもそも確認しようがないのかもしれないが。それにしたって正面の出入り口ばかり厳重に守って薔薇園側に一人も配置しないのはどうなんだ、とそこで俺は思い出す。いまここを仕切っているのは現場に慣れた伯爵ではないのだ。警備に穴があってもおかしくはない。
俺が子供に遅れること数秒、そのあとを追うように窓枠に手をかけ、椅子に足をかけると、後ろから苦虫をかみつぶしたような顔のガナッシュに肩をつかまれて、
「待て、入るな。これは僕たち騎士の失態だ。僕が一度報告もかねて人を呼んでくるから、カイルはここで子供が逃げないように見張っててくれ」
「仕方ないですね」
俺は賛同の意思を示し、肩から手が離れたところで隙ありと窓枠を飛び越えた。
「おいっ」
ガナッシュが驚愕に困惑まじりの目を窓の外から向けてくる。それに俺はわざとらしく肩をすくませ、
「おっと、侵入者をつかまえるためにうっかり入ってしまった。うーん、これはいわゆるやむを得ないってやつですね」
「僕は見張っておけといったんだっ、というかそんなの言い訳になるかっ」
「ならここまでの考えは、すべて杞憂ということでいいんですね?」
ガナッシュの目元がピクリと痙攣したのを見て、俺はニヤリと笑い、
「仮に事件を解決したならこびを売らなくてすむ。弱みを見つけるようなことがあれば誰かを守れる。もし収穫ゼロでも困るのは俺たちじゃない。なぜなら今、現場の責任者で、誰かしらの指示で動いているかもしれないのは――」
侯爵なんだから。そう俺が言うよりも早く、ガナッシュは軽い身のこなしで窓枠を飛び越えてきた。
それどころかガナッシュはどうせやるならと侵入の発覚を遅らせるように、舞踏の間に椅子を引き入れ、開いていた窓まで閉める徹底っぷりを見せると、
「実は伯爵派なんだ」
まるで悪びれず、むしろまんざらでもない様子で、さわやかな笑みを浮かべた。
♦
ガナッシュの説得に成功した俺は、もはや誰に気兼ねする必要もないとがらんとした舞踏の間を堂々と見回す。
上には相変わらずでかいシャンデリア、下には高そうな大理石に絨毯、壁には派手な肖像画、その足元に放置された料理とグラス、そして会場の中央にて物静かに横たわる割れたティーカップとその破片。
昨夜、俺が会場をあとにする際に目に焼き付けた光景が、今もそのまま舞踏の間には残っていた。となると侯爵が現場に出張ってきたのは――俺の記憶を信じるのなら――証拠を隠滅するためではなかったということになる。
とりあえず調べようがないという展開だけは避けられたようで一安心といったところだ。しかしこれからどうしたものか。まさか会場に入れるとも思っていなかったので、そのあとのことなど何も考えていなかった。
そうだ、こんなときお前ならどうする? と俺と同じように周囲をあちこち見回していたガナッシュへと目を向けると、声をかける手間が省けたとばかりに割れたティーカップを指さされて、
「ソフィア様が倒れられたのはあそこか?」
「ですね」
俺が短く告げるとガナッシュは水を得た魚のように会場の中央へと向かって歩き始めた。まあ調べるのは本職に任せるとしよう。となると俺がやるべきは言い訳づくりのほうか。自然と役割を分担するように、俺は会場のすみへと目を向けた。




