第43話 どうやらくさいみたいです
「やばそうなにおい?」
俺が確かめるようにアメリアへと目を向けると、
「正確には緊張感を押し殺したような、嘘くさいにおいです。てっきりカイルが狙いだとばかり思っていたのですが、今もとなるとどうやら違ったようですね」
「よくはわからないが、俺は何かに巻き込まれかけたってことか?」
「どうでしょう。とにかく、においがするのは一人や二人ではありません。複数からとなると、事前の準備があってもおかしくなさそうですし、計画的な何かがこれから起ころうとしているのかもしれません」
「その予兆をお前がいち早く感じ取ったってわけか」
どうやらただごとではなさそうだなと俺は周囲を見回す。
「においがするのは貴族か? 給仕か? まさか護衛ってわけじゃないだろうな」
「そのどれにも当てはまるでしょう。しかし断言はできません。まったく、見えていればと悔やむばかりです」
「目ならここに四つもあるじゃない!」
コンのまっすぐな主張に俺は苦笑した。
「そうだな、いえ、そうですね」
こんなコンだからこそ、アメリアもなんだかんだお嬢様と呼んで仕えているのだろう。なんなら俺を引き止めたのも、アメリアが俺のためにそこまでするとは思えないので、コンのためではなかろうか。
俺が面倒ごとに巻き込まれれば、コンもどうなるかわからない。もしそこまで考えて、コンの危険も承知の上で引き止めさせたのであれば、俺としても安心してコンを預けられるというものだ。
見れば正解と言わんばかりにアメリアも苦笑を浮かべていて、
「仕方ないから今日だけはお前の目になってやる。その忠義の心に免じてな」
「ただのひまつぶしですよ。余生を楽しんでいるといってもらいたいですね」
「え? なになに? 何の話?」
俺は気にするなとコンに笑いかけて、ほら行くぞと先導するように会場の出口へと向かって歩き出した。
「逃げ出すのは得策ではないと考えていましたが」
「ここまで目立っておいて疑うなは無理があるだろ。巻き込まれて疑われるか、巻き込まれずに疑われるか、俺なら迷わず後者を選ぶね」
「ていうかさ」
不意にコンが立ち止まったことで、俺とアメリアもそろって足を止めた。
「何か起こるってわかってるのなら、何も私たちだけで逃げ出さなくてもいいと思うんだけど。どうするかは個人の判断に委ねるとして、みんなに知らせるぐらいはしておいてもいいんじゃないの?」
「もしかしたら誰かの誕生日を祝うためにソワソワしてるだけかもしれない。俺はそう思ったりもするんですけど、コンスタンツェ様は邪魔したい気分だったりします?」
「そういうことじゃなくてさ」
コンは照れ臭そうに指先でほおをかいて目をそらし、
「みんなに知らせればあやしい人間の一人や二人、私やアンタにもわかりそうなものだし、話だけなら聞けると思うのよね。それでもし本当に良いことをしようとしてるのなら、相手も隠さずに話してくれるだろうし、そうじゃないなら悪いことをしようとしてる証拠でしょ? たとえそれで間違ってても困るのは主に私だし、やれることはやっておきたいっていうかさ」
「……カイル」
アメリアが怒りを視線で表現できない分、顔をずいっと近づけてきて、
「お嬢様がこうなられたのはアナタの責任ですよ。わかっていますか? アナタが冤罪でも構わないという姿勢をあたかも献身的であるかのように見せたから、お嬢様はこんな危険で短絡的な考え方をするようになられたんです」
「ふざけんな。お前が子供は自分のことだけ考えてろって教えてないからだろ」
「こっ、こどもぉ!?」
コンが俺とアメリアの間に割って入る。会場に何かが割れる音と甲高い女性の悲鳴が響き渡ったのはそのときだった。
「ソフィア!」
遅れて聞こえてきた切迫感のある声に会場の中央へと目を向けると、王子がちょうど護衛の一人に抱えられたソフィアのもとへと駆け寄っていくところだった。
「あの、すみません。何があったか、見てました?」
俺はとっさに近くにいた給仕の若い男に声をかけた。すると給仕の若い男は正気を取り戻したように、ポカンとあけていた口を一度閉じてから、
「リゼットさまの白湯をソフィアさまがお飲みになられたんです。そしたら……」
「そしたら?」
俺はその続きを自分の目で確かめるようにソフィアへと目を向けた。王子が必死に呼びかけてはいるが、ソフィアは気を失っているのか、ぐったりとしたまま動かない。
「王子殿下が交換なされたのです。リゼットさまから受け取った白湯をいぶかしげに見られて、ソフィアさまがお持ちになられていたお酒と」
「そう、ですか。ありがとうございます」
俺は考え込むように足元へと視線を落とした。それはつまり、つまりどういうことだ? リゼットが王子を狙って飲み物に何か仕込んだ? ありえない。仮に狙ったとするなら、狙いが外れるわけがない。ありうるのは初めからソフィアを狙っていたという可能性だが、現状は好感度を下げるどころか、上げかねないような状況だ。まあ今の王子の状態を思えば選択を間違えに間違え、何かの間違えで下がることもなくはないだろうが、それと引き換えにリゼットが失うものを考えれば、つり合いが取れているとは言いがたい。
そう、現状はリゼットの目的に反している。即していない。
それにいくらなんでもここまでくさいと、アメリアでなくてもかぎつける。その作為的なにおいを。リゼットを陥れようとする悪意を。この言い逃れのできない状況を作り上げた、何者かの存在を。
いや、まだ酔いが回って、たまたま白湯を飲んだと同時に倒れたという可能性もなくはないか。
あまり期待はできないがと視線を上げると、ソフィアの鼻と口から血が滴り落ちていて――敵はここまでやるのかと柄にもなく義憤に駆られかけた俺は、にらみつけたい気持ちを抑えて、いったいこの中の何人が関わっているのやらとため息まじりに周囲を目だけで見まわした。
上等だ。ここからすべてひっくり返してやる。
『自身を狩る側だと思い込んでいる獲物ほど、狩りやすい相手はいない』
そうだったよな? リゼット。




