第40話 どうやら豪快でも寛大でもないようです
「それにカイルのような人間が、たかが権力者の一人や二人相手にやらかした程度で焦るわけがないでしょう。むしろアナタなら自慢げに語ってみせるところです」
「んなわけないだろ。お前は俺を買いかぶりすぎだ。出会い方を思えば、俺を命知らずか何かだと勘違いするのも分からないでもないけどな」
しかし一国の王子をたかがと言ってのけるか。さすがは亜人だなとアメリアを横目に見ていると、またケラケラと楽し気な笑い声が聞こえてきて、
「カイルも強情な人ですね。まあ私を助けたぐらいですから、そうでなくてはと言いたいところですが」
「そりゃどうも。お前のしつこさも相変わらずみたいだけどな」
「そうですか。いえ、そうですよね。私たちはお互いに好きにした結果、ここにいるんでしたね」
アメリアはしみじみとつぶやく。それは俺に言っているようでいて、どこか自分に言っているようでもあった。
好きにした結果、ね。俺は思い出したように壁際へと振り向いて、
「なあ、そんなことよりタルト食いに行かないか?」
「苺とブルーベリーのやつですか? 香りだけならアポロニア家でいただいた変に凝っていないタルトのほうが美味しそうでしたが」
「お前、日ごろからそんなにいいもの食ってんのか?」
言いながら俺が歩き出すとアメリアもすぐにあとをついてくる。どうやら食べること自体には反対ではないらしい。
「明日から学園じゃなくてアポロニア家に通おうかな」
「それは騎士になってからでも遅くはないでしょう。アポロニア家も穀潰しを抱えるよりはいいでしょうし。ま、お互いに長生きする性格ではないでしょうが、もしそのときになっても私が生きているようでしたら、推薦してあげますよ」
「推薦? 持つべきものは良き敵と書いて友だな」
「私は好敵手というより、天敵だと思いますけど」
同じようなもんだろ、と俺が目当てのタルトの前で足を止めたのと、会場の中央でガシャンと何かが割れたような音が響いたのはほぼ同時だった。
「歩くことすらおぼつかないのか! この、この不届き者がァ!」
俺は目の前のタルトを名残惜しく思いながらも、何かあったみたいだなとアメリアと顔を見合わせてから、そろって怒鳴り声の主に目を向けた。見れば王子が剣を引き抜いていて、ただごとではないことがすぐにわかった。
しかしなぜそうなった? 誰かに対して怒っていることはわかるのだが、いかんせん人だかりの中心にいるため、目で見て耳で聞いてわかることはそれ以上ない。
そんな俺を見かねてか。否、見えていないはずなのでそんなわけはないのだが、考えていることなどお見通しだと言わんばかりに横でアメリアが、
「給仕の男性が王子に粗相をしたようですね。甘い花の香りがします。百合でしょうか? アポロニア家で飲んだ、蜂蜜酒に似ていますね。ああ、止めるなら早く止めたほうがいいですよ。本気で斬るつもりみたいですし」
「バカ、それを早く言えっ」
俺はあわてて周囲を見回し、近くにいてくれてよかったとグラスを盆に乗せて運ぶ、給仕の男性を手でつかまえて、
「いますぐ俺にそのグラスを全部ぶちまけてください、なんなら思い切り投げつけてくれたっていい、いやむしろそのほうがいい」
「えっ? えっ?」
「強い困惑に動揺と恐怖が入り混じっています。カイル、この男性では無理です」
そんな悠長なことを言っている場合か。ソフィアとかいうのが王子を押しとどめてくれているようだが――、
「はなせソフィア! どけッ! こいつは余の命を狙った! 斬らなければ、敵はすべて排除しなければならないのだ!」
奮闘むなしく、目の端で王子が剣を振り上げたのが見えて、
「かけろ!」
「ひっ」
体を硬直させた給仕の男性を前に、もうダメかと思ったその瞬間。やれとは言ったが誰がそこまでやれと言った? と言いたくなるような勢いでもって、お盆ごとグラスが俺の腹にたたきつけられた。そして盛大に響き渡った破砕音のあとに訪れる痛いぐらいの静寂。
俺がのどの奥から顔を出そうとするハム三兄弟に人知れずお帰り願っていると、
「あ……申し訳ございません!」
間一髪のところで怒り狂っていた王子の手を止めるだけでなく、視線まで釘付けにしたアメリアが自然に頭を下げて、
「なんというご無礼を……! カイル・シュヴァリエ様、どうか、どうかご容赦くださいませ」
中身がラミアであることを忘れそうになるぐらいの太い演技を見せてきた。それに変な対抗心が芽生えた俺は、人間として負けてはいられないなと受けて立つように、また王子に剣盾祭のころの豪快で寛大だった自分を思い出してもらうように、
「ナハハハハ! 気にしないでください! ちょうど新しいものに取り替えようと思っていたところなので、むしろ都合がいいッ! それよりもおケガはありませんか? お嬢さん」
大仰に手を差し出した。ただアメリアには何もかもが不評だったらしく、感謝とともに手を取りながらも、へ・た・く・そと声を出さずに口だけを動かしてきた。




