第39話 どうやらとって食おうというわけではないようです
「私のことは知らなかったのに、彼女のことは知ってるのね」
「名前だけですけどね」
隣に目を向けるとコンとアメリアが会場の隅から戻ってきたところだった。しかしわからない。いやそもそも俺はここにいていいのか? リゼットは次は自分の番だと言っていたが、それから俺は何の指示も受けていないのだ。
つまり俺の手助けは不要、一人でやれる、もしくは策を考えているのだろうなと勝手に思っていたわけだが、仮に俺が近くにいると邪魔だからあえて声をかけていないのだとしたら、今の状況はかなりまずいことになる。
どうする? 今すぐ会場を出るか? いや、目立つような行動は避けるべきだ。すでに目立ってはいるのだが、リゼットがこの場で、あるいはこの後にでも何かやるつもりなら、俺に招待状を送りつけた、コンにまで飛び火する可能性がある。
それにバカみたいな数の護衛を引き連れて現れたところから見ても、今の王子が精神的な安寧を取り戻しているとは思い難い。
襲撃で何を感じ、何を思ったのかは知る由もないが、リゼットを敵とみなすほど疑心暗鬼になっているとしたら、たとえコンが無関係でも疑いを向けられたらどうなるかわからない怖さがある。それこそ何の後ろ盾もない平民の俺が疑われた際には、弁明の機会すら設けられないかもしれない。
くそ、剣盾祭のころの勇猛かつ、俺の挑発を許した寛大な王子はいったいどこへいったんだ。
実際に俺を騎士にするなと、俺に権力を持たせるなと懇願したゴールドシュタインとオットーの立場に立ってみてわかったが、お前らはまだマシだといいたいところだ。俺はまだ騎士にならない可能性があるが、王子は生まれたときから王子なのだから、ならないでくれと期待することすらできやしない。
俺はこんな危なっかしい場所にいられるか、今すぐ帰ることはできないが! とわけもわからずに踏み出した一歩を取り消すようにその場で片足を引いて、
「ひどくあせっているようですね? 話せば楽になるかもしれませんよ?」
なぜか下がることを許さないように、アメリアに手で背中をおさえつけらえた。
「え? アンタあせってるの? なんで?」
「緊張しているんですよ」
「うそですね。においで分かります」
俺は反射的に出そうになった舌打ちを寸前で我慢して、代わりにその通りですよと何もかも白状するように深く息を吐いた。
「アメリア、お前は知らなくて当然だけどな、俺は剣盾祭っていう、いわゆる剣術大会でだな。口にするのもはばかられるようなことをその、要するに首が飛んでいてもおかしくないようなことをやらかしてるんだよ」
「本当みたいですね」
アメリアが見えていないはずの目をコンに向けると、
「こいつバカだからアルフレッド殿下に砂を投げたのよ」
「砂?」
アメリアはぶふっと噴き出すようにしてケラケラと笑いだす。そのあまりにも楽し気な姿を見ているうちに、コンの前で余計なことを言いやがってという気持ちもいつしか失せて、同時にあせっていた気持ちも落ち着いてきたので、鼻でふんと笑い返すだけでここまでのことは水に流すことにした。
しかしどうしたものか。何もしないのが最善だとわかっているので実際にはやらないが、このままビクビクと王子の一挙手一投足におびえ続けるくらいなら、危険を承知でこちらから接触して俺は無害ですよと、何かあった時のために先回りして印象付けておくのも悪くないのかもしれない。
王子を中心にして出来上がった人だかりをぼうっと眺めていると、
「私も挨拶してくるわね。アメリアはここにいて?」
コンが会場の中央へと足早に向かっていったので、
「お前いい加減にしろよ?」
と俺はいまだに笑い続けるアメリアに少しだけキレた。するとアメリアは俺を食い殺す気か? と――捕食者に距離をつめられた被食者として――つい言いたくなるほど近づいてきて、
「いい加減にするのはカイルのほうです。お嬢様は納得しても、私はごまかせませんよ。短い時間でしたが、アナタとは濃い時間を共有させてもらいましたから」
「気持ちの悪いことを耳元でささやくなよ。あと肩に髪の毛をかけてくるな、うっとうしい」
「それは失礼しました、なんせよく見えていないものですから」
うそつけ、と俺は肩にかかったアメリアの長い髪、黄色がかったやわらかな淡い緑を手で振り払い、横に並ばれると変な圧迫感があるな、でかいからか? と半歩距離をとった。するとアメリアはいかにも残念そうにため息をつき、
「別にとって食おうというわけではないのですが……二重の意味で」
ニヤリと笑った。




