第35話 どうやら俺は二番目のようです
「私はアポロニア家の令嬢が話すまで、一度目の誘拐もそのときに二人組を見逃していたことも、その二人とラットボーンが通じていたであろうことも、ラットボーンとバッカスが通じていたことも知らなかったんです。今だからこそ言えることですが、貴方はあの夜に死んでいてもおかしくなかった。そうならなかったのは貴方が二人組を見逃していたからです。見逃していたからこそ貴方の存在にバッカスが気づき、気づいたからこそ貴方を直前で誘拐の計画に組み込み、組み込まれたからこそ貴方は死期が延び、延びたからこそそうならなかったのです」
リゼットは疲れ半分、安堵半分のような顔で一息つき、
「ただこれはあくまでも仮定の話。小柄な令嬢のために用意された特注品が、急遽あなたに使われたことから見てもその信憑性は高いと思われますが、事の真偽が明らかになるのは、もう少し取り調べが進んでからになるでしょう」
「なるほど、地下で目覚めてから今まで、バッカスの気まぐれで生かされたものだとばかり思っていましたが、実際は俺の気まぐれがそうさせてたってことですか」
もっと言えば謎の男として誘拐に関わるのではなく、盛大に名乗ったことでカイル・シュヴァリエという個人として関われたのも大きかったのだろう。
しかし自分の知らないところで勝手に上手く転がったとはいえ、最初の二人組はもちろんのこと、間のラットボーンに最後のバッカスと全員が俺のことを知らなければそうはならなかった。
悪名は無名に勝るとは言うが、まさか命まで救うことになるとはな。
「どうやら今回の件で一番運が良かったのは俺みたいですね」
「一番? 一番というのなら、それは私のことだと思いますけど」
リゼットは今日一どころかこれまでで一番の笑顔を浮かべ、
「もう会えないと思っていた相手にまた会うことができて、こうして言葉を交わすことまでできたのですから」
聞いているほうも恥ずかしくなるようなことを言った。そして恥ずかしいなら言わなきゃいいのに、耳まで赤くして視線をさまよわせたのはやっぱりリゼットだった。
「で、でも、あれですよね。バッカスも抜けていますよね。貴方の過去を思えば、鍵開けくらいちょちょいのちょいだと分かりそうなものですのに」
「ちょちょいのちょい?」
くだけすぎた物言いに引っ掛かってしまったが、問題はその前のほうだ。
「というかその言い方だと、まるで俺が凄腕の錠前師か工作員みたいじゃないですか。誰も聞いていないとしても、面倒くさがらずに兵士として養成されていたからだと、頭につけてもらえますか?」
「どちらかというとどちらでもなくて、勘違いするなら泥棒だと思いますけど……でも鍵開けはたしか必修ではなかったですよね? 捕虜になった際の対処法としてそうなるはずだったものが、助ける気がないと受け取られかねない、そんな反対意見から選択になったと聞きましたけど」
「俺に聞かれてもその辺の事情は知りませんよ。というか俺は今でも助ける気がないからだと思ってますけどね」
「実際には王国も帝国も捕虜の交換や返還には積極的ですよ。南の亜人――連合国は言うまでもありませんが」
リゼットは恐ろしいことを言いながら俺の隣に戻ってきて、
「それに私個人としては役に立つと貴方が身をもって証明してくれたことで、今からでも選択から必修にしてもいいと、そう思い始めているくらいですよ」
間に人一人分、かと思いきやさらに追加でもう一人分、計二人分ほど空間をあけてそっと腰を下ろし、
「まあ私が何をするでもなくそうなるかもしれませんけどね。アポロニア家の令嬢がここ数日ずっと、貴方の活躍を学園内で喧伝して回っていますから」
「コンが?」
「コン?」
あ、と俺は思わず頭をかく。コンというのは俺がなかば強引に決めた愛称だ。そのことを知らないリゼットにはアポロニア家の令嬢もしくはコンスタンツェ・アポロニアと言わなければ誰のことか分からないだろう。
というかコンも同じ学園だったのか。勝手にないと思っていた礼を言う機会も、俺が騎士候補生である限り、皆無というわけでもなさそうだ。まあそれもリゼットのように向こうから接触してきてくれたらの話にはやっぱりなってしまうのだが。
「それはもしかしなくても、コンスタンツェだからコンということですか?」




