第34話 どうやらお嬢様は演技が上手いようです
「しかしゴールドシュタインにとっては不幸中の幸いでしたね。貴方のおかげで、過程はどうあれ、バッカス家による債権回収の話はなくなったのですから」
「なんだ、後悔すべきどころか、話を聞く限り、俺もゴールドシュタインも喜ぶべきじゃないですか」
「そうですね。ゴールドシュタインは貴方に感謝していると思いますよ。あとから上がった好感度以上に好感度を下げていなければの話ですが――」
あ、そういえばとリゼットはわざとらしく手を叩いて、
「ゴールドシュタインとその配下の男が頼むから貴方を騎士にしないでくれと懇願していたそうですが、どうしてでしょうね?」
「それはもう、俺の隠れた才能を見抜いたからじゃないですか? 騎士にするのはもったいないと思ったんでしょう」
俺がうそぶくと周囲の気温がガクっと下がったような気がした。そしてその原因は私にあると言わんばかりにリゼットが冷たい目で俺を見ていて、
「本店に現れたのが囮でも何でもない、無関係の人間だったらどうするつもりだったんですか」
「保身で絶好の機会を逃すよりはマシだと思ったんですよ。本店はあの時間に馬車が出入りしてもおかしくない場所というだけで、実際にあの時間に出入りする馬車なんて、ほぼゼロに等しいでしょうし」
「緊急時につき、可能性を考慮しなかったということですか? 貴方ならそう言うと思って調べておきました。月に二、三台は来るそうです」
なるほど、と俺はリゼットの手回しの良さに素直に負けを認めて、肩をすくめた。ゴールドシュタインの運がとんでもなく良ければ、つかまることもなかったわけだ。まあそれを言うならあの日のあの時間を選ばなければ、何もかもうまくいっていた可能性もあるわけで。
いや、その場合は俺がコンを路地で見送って終わり。以降はバッカスの思い通りになっていたかもしれないので、むしろゴールドシュタインは最高のタイミングで最高の選択をしたといえるだろう。
というか失敗したにも関わらず、目的が達成されているのだから運がいいのは間違いない。
「そういえばなんですけど、めちゃくちゃ助けがくるのが早かったのはどういうことですか? やっぱりアポロニアが探してたからですかね?」
「そうですね。ただそれ以上に私が本気で貴方を探していたからです」
リゼットはニッコリと笑って、
「あの夜に聞いてもらえなかった愚痴、今からでも聞いてもらえますよね?」
暗にうなずけと言われて、俺はもちろんですよと首を縦に振った。どうやら大変だったのはコンの周辺だけではなかったようだ。
「ただ貴方も私が探していたからというだけでは、とても納得できないでしょう。ながながと話すことでもないので、かいつまんで説明することにはなりますが」
リゼットはそう言うと、まるで紙に手荒く走り書きでもするかのように早口で、
「まず本店からアポロニアの屋敷へと向かっていた私は、その途中で地面に『真新しい紫色のシミ』を見つけました。近隣の住民に聞き込みをしたところ『叫び声が聞こえた、毒針、アポロニア』という情報が手に入りましたので、この王都で『私兵を多く抱える者、アポロニアに因縁のある者、その協力者になりそうな者』を洗い出し、動機の強い順に上から騎士を送り付けました。以上です」
ほとんど一息でつらつらと語ってみせた。そのやや言葉足らずに感じる説明も、リゼットだからそう思い、そうしたんだろうなと思えば過不足ないように聞こえてくるのだから不思議だ。しかし動機の強い順に上からか。
俺はせっかく胸をなでおろしたというのに、いまになって浮かんできた嫌な可能性に背中が冷たくなるのを感じた。
「一応聞くんですけど、バッカス邸で俺の逃がしたハーピーやヴァンパイアと、送りつけた騎士が鉢合わせていたりはしませんよね?」
「捜索における騎士の被害はすべて人によるものです。アポロニアに敵が多かったことが幸いしましたね。バッカス邸に向かい始めたのは夜が明けてからです」
「それを聞いて安心しましたよ。にしてもバッカスが一番上じゃないなんて、アポロニアは大物ですね?」
「それは少し語弊があります。バッカスが小物なだけです」
リゼットははっきりと否定した。
「侯爵が小物ですか。俺には理解できない世界ですね」
「爵位は受け継げても、器量までは受け継げないという話です。言うなれば、毒針を四発も受けられる、貴方の特異な体質と同じですよ。聞くところによると致死量らしいですが……もし解毒に失敗していたらどうなっていたか……」
リゼットは一度視線を落としてから、俺を真っすぐに見据え、
「心配したんですよ?」
「まじで?」
「冗談です」
いや何が?
「それが何を指してそう言っているのか、爵位の話なのか、致死量なのか、心配なのか分からないんですけど」
「爵位の話だけ本当です」
リゼットは口元に手を当てて、いたずら成功とでもいうようにふふっと笑い、
「そもそも毒針ではなく、麻酔針です。それもアポロニア家の小柄な令嬢のために特別に用意されたものらしく、騎士ならあと二発は耐えられるそうですよ? 解毒については、毒針ではないのでそれ以前の問題です。もちろん心配もしていませんよ。『シミ』を見つけたときはさすがに動揺しましたが」
「いやいや」
また御冗談をと、不出来な苦笑いを浮かべるリゼットを俺が冷めた目で見ていると、
「本当です」
予想を裏切るように断言された。




