第33話 どうやらマジなようです
「マジです」
リゼットは喜びを分かち合うようにくだけた物言いで、しかし落ち着いた声で、
「ただ少し勘違いされているようですので補足しますと、バッカス家の破滅は亜人が絡まずとも、貴方がアポロニアの令嬢を逃がした時点で、すでに決まっていたと思いますよ」
「それはつまり、証拠を守るために命をかける必要はなかったと、罪状は誘拐だけで十分だったってことですか?」
「そういうことになりますね」
リゼットはあっけらかんと言った。
「簡単にアポロニアについて説明しますと、王国一の資産家というのが分かりやすいでしょう。であればこそ当然のように侯爵ともやり合えます。伯爵ゆえに領地こそ持っていませんが、逆に持っていないはそれぐらいです。ただなぜそうなったのか、その過程は省きますが、今回アポロニアにバッカスから領地の支配権が移ることになりまして……全貴族がその動向を注視していたのですが、その……」
リゼットが急に言い淀んだかと思うと、俺の顔をじっと見つめてきて、
「何かしましたか? いえ、何かしていたとして、それで現状に説明がつくとも思い難いのですが、アポロニアがどういうわけか、手に入れた領地を王族に差し出したんです。それもアメリアというラミアを生かすためだけに」
「あー……」
俺の中ですとんと腑に落ちた音がした。何かしましたかと言われても何のことやらという感じだったのだが、最後のアメリアという名前を聞いて、ようやくリゼットが何を知りたがっているのか理解できた。ただぱっと浮かんだ答えは憶測でしかない。それでもそこに確信めいたものがなぜかあるのは、俺がその瞬間に居合わせていたからだろう。
俺は自分でも理解に苦しむようなことを頭をかいて、
「アポロニアの令嬢はアメリアと友達になりたがっていましたから。そういうことじゃないですか?」
「…………」
リゼットが分かりやすく絶句した。ありえない。顔にそうはっきりと書いてあって、まあそうだよなと、そう思うよなと俺は共感するように笑った。すると俺が冗談でも言ってちゃかしているとでも思ったのか、リゼットの表情が私は真面目な話をしているんですよとムッとしたものに変わって、
「バッカスはアポロニアから融資を受けるために領地を担保にしたわけですが、それはアポロニア家の令嬢を誘拐したことからも分かる通り、始めから踏み倒すつもりだったからこそ成立した、本来ならあり得ない契約なんです。それこそ以前のアポロニアならまだしも、昨今の台頭を疎ましく思う者の中には、当時、領地を担保にすることを承認した王族も含まれていますし……」
そこで一度言葉を区切り、頭痛を我慢できなくなったかのように頭を抱え、それからますます分からないとばかりに表情を険しくして、
「この機会を逃せば、もう二度と領地を持てないかもしれない。アポロニアもそのことは分かっているはずなのに……その、肉親でもないラミアのために手放しただなんて、信じられません。まだ命の恩人である貴方に頼まれたからと言われたほうが、納得できるというものです」
「まあ言いたいことは分かりますけどね。実際はそれ以上でもそれ以下でもないと思いますよ。そもそも考えて分かるようなことなら、リゼットさんが思いつかないわけがありませんし。俺に聞いているのがいい証拠なんじゃないですか?」
俺がそう言うと、たしかにとリゼットがそこには思い至らなかったというように驚いたと眉を吊り上げて、口を半開きにした。いや納得するんかい。それらしい言葉を並べてはみたものの、まさか納得させられるとは思っていなかった。
俺は俺で若干おどろきながら、なぜなぜと深堀りされてもなんとなくそう思うからとしか言いようがないので、納得したならそれでいいと話を進めるように、
「とにかく気にしてた二人組がつかまって、バッカスにとどめを刺せたのなら俺はそれで満足ですよ。あとはゴールドシュタインの動機を知ってるなら教えてほしいところですね。別れ際に、俺は後悔すべきだとか、妙なことを言ってたので」
「後悔?」
リゼットは苛立ちを隠そうともせずに語気を強めて、
「後悔すべきは自分のほうでしょうに。強すぎる正義感にも困りものですね」
まったく、とその口元に不快感をにじませた。
「ゴールドシュタインは本店の総支配人として、強引な債権回収から顧客を守ろうとした、といえば聞こえはいいですが、そうしなければならなくなった原因は自らの職務怠慢にあります。そもそも債権を不良化させなければよかったのですから」
リゼットは感情を落ち着かせるように一拍おいて、
「ただゴールドシュタインもまた、バッカス家の被害者と言えなくもありません。ゴールド・アンカーの出資者であるアポロニア家から融資を受けていたバッカス家が返済を滞らせなければ、本店の抱えていた債権の回収など、アポロニアもバッカスにやらせようとは思わなかったことでしょうから」
「またバッカスですか」
俺がなんてはた迷惑なやつなんだとおどけて肩をすくめると、
「そうです。またバッカスなんです」
リゼットもまた同じように肩をすくめてから、少しだけ恥ずかしそうにした。




