第30話 どうやら勘違いのようです
「開錠後は扉を開けたのち、速やかに檻の前から離れてください。暗闇は彼女の味方です。下りてきたラットボーンたちは彼女が引きつけてくれることでしょう。その間にノクティに血を飲ませてください。ただし飲ませ過ぎないように、また噛まれないようにも注意してください。それから――」
急にアメリアの話す言葉が理解できなくなり、ただの雑音になる。おそらくだが言語を変えたのだろう。ハーピーを鉄格子越しにチラと見ると、顔が分かりやすくアメリアのほうへと向いていた。
にしても人以外にも一方的なんだな。アメリアが何を言っているのかは分からないが、とにかくハーピーにしゃべらせることなく声を投げかけ続けたのち、見計らったように口を閉ざしたのと、俺が扉に手をかけたのはほぼ同時だった。
「お待たせしました。開けてください」
「コン、準備は良いか?」
「大丈夫、アンタを一人で戦わせたりはしないから」
「そうかい」
俺は勢いよく扉を開いて、その場から飛びのいた。合わせるように檻の奥から加速して突っ込んでくるハーピー。やっぱり食われるのか? そう思ったのもつかの間。俺とコンには見向きもせずに暗闇へと消えていったかと思うと、ほどなくして苦痛に歪んだ叫び声が地下に響き渡った。
どうやらハーピーがラットボーンたちと出くわしたらしい。
「カイル、酷なようですが安堵している暇はありませんよ」
アメリアの声に俺はそうだったなとホッと一息、つこうとしたため息を飲み込んで、次はヴァンパイアか、とたとえこの場で食べられなかったとしても、人として逃がすべきではない相手と分かっていながら――それでもハーピーが上手く機能したことで、助かるにはやはりこうするしかないなと――干からびた老婆が床に転がる檻の前へと移動して、手にした髪飾りをまた鍵穴へと差し込んだ。
「私の体感が正しければもうすぐ夜明けです。ノクティを起こして頼れるのはほんのわずかな間だけ。ノクティが地上を目指し始めたら、どうにか見失わないようにその後を追いかけてください。ハーピーには空が見えてからは人を襲うなと言い聞かせてありますが、彼女がまだ建物の中にいた場合、カイルとコンの命を確実に守れるのはノクティしかいませんので」
「人間に配慮するラミアか。それに人を守るヴァンパイアね。もし俺とコンが地上で朝日を拝めたら、俺はお前らと友達にだってなれる気がするね。何なら俺が死んだときは頭からバリボリ食ってくれたっていい」
「勘違いしないでもらいたいのですが、カイルが私たちにいい印象がないように、私たちも人間にいい印象はありません。これはあくまでも協力への対価です。友達にはなれませんよ」
「じゃあ私となろうよっ、アメリアさんっ」
俺は背後から聞こえてきた無邪気な声に思わず笑った。
「コンも――」
「カイルと同じ人間でしょう?」
どうやら種族は違えど考えることは同じらしい。俺はようやく鳴った開錠音に鍵穴から髪飾りを抜き取り、アメリアはコンを指名していたが、さすがに任せられないよなと扉を開けて檻の中へと入った。
そうして見下ろす干からびた老婆、もといノクティ。
「アメリア、飲ませる血は俺のでもいいんだろ?」
「構いませんが……」
「言いたいことは分かるさ。ただ血を失うなら、総量の多い俺の方が適任だ。コンが貧血で走れなくなっても困るからな」
「優しいんですね。いえ、確かに言われてみればそうですね」
「優しい? って、あ、ちょっとっ」
ここでコンと揉めて、時間を浪費するのは望むところではない。俺は問答無用と手の平に髪飾りを突き刺した。そして気合で横に切り裂く。
「いってえぇ……」
「だから私に任せておけばよかったのに」
「そうかも」
俺は言いながらひざを折り、ノクティの口の上で手を握りしめて血を滴らせる。
「もしこれで足りなかったら、あとは任せてもいいか?」
「イヤよ。ケガするのは一人で十分だもの。アンタがやるって言いだしたんだから、最後まで責任もってやりなさい?」
「カイル、優しいと言ったのは訂正します」
「いや、これがだな。思った三倍、いや四倍は痛いって、うおっ」
俺はびっくりして飛び上がる。見る見るうちに潤いを取り戻したノクティが不意に大口を開けて、首から上だけで俺の手にかじりつこうとしてきたからだった。
「ノクティ、殺さないで。アナタを助けたのはその人間とそこの赤毛です。それが理解できたならすぐに立ち上がって、二人を外に連れ出してください。それで貸し借りなしです。いいですね? ノクティ?」
「あさがちかい……あしたじゃだめなのか……」
ノクティは横になったまま口を動かさずに発声する。ただその恐ろしいというか、奇妙な光景とは裏腹に、少し舌足らずなノクティの話し方は、人間なら幼い子供を想起させる、非常に可愛らしいものだった。




