第3話 どうやらお嬢様はお怒りのようです
校舎裏でリゼットから剣を受け取ってから七日目の朝。すなわち『白銀の剣盾祭』当日。
「土に還せ」だの「なぶり殺し」だの応援というよりかは罵倒に近い歓声を浴びせてくる、とにかく血の気の多い観客で埋め尽くされた闘技場の中心にて、俺はリゼットに送り出されるがまま、対戦相手のいかにも女性受けしそうな若い正騎士の男、アイアン・ガナッシュと向かい合っていた。
「にしても一週間、一週間ねぇ……」
早いなんてもんじゃないな。俺は目を閉じなくても浮かんでくる、ここ数日で脳裏にこびりついたリゼットの剣さばきと鬼教官っぷりを思い出して苦笑する。一応は新兵として受けるべき教育課程は終えていた俺だが、リゼットはそんな俺に教えると豪語するだけあって、その剣の腕は学園の指導教官と肩を並べるか、なんならそれ以上では? と思わせられるほど洗練されたものだった。
そう、リゼットの剣は美しかったのだ。だからこそ飽きることなく、また逃げ出すことなく今日という日を迎えた、あるいは迎えてしまったのかもしれないが、とにかく一度舞台に立ってしまったものは仕方がない。
ガナッシュと向かい合い、剣を構えたまま動かない俺に、
「身の程知らずが、すっこんでろ!」
「おこがましいんだよ!」
「さっさと死にさらせ!」
などとしびれを切らした観客たちから怒号のような罵声が飛んできているが、場違いなのは百も承知なので間違っても「うるせえ!」などと返せるわけもなく、剣を構えたまま動いていないのはお互い様だろと糾弾するようにガナッシュを真っすぐににらみつけてみるも、これといった効果はないどころか、むしろ逆効果。血に飢えた観客たちはますますヒートアップして汚い言葉を投げかけてくる。
「生意気なんだよ!」
その通り。
「すっこんでろ!」
そうしたいところではある。
「カイル」
「あ――?」
俺は聞き覚えるのあるドスの効いた声に、反射的にその主を探して、正面のガナッシュから目を逸らしていた。それは本来であればうるさい観客たちの声に交じって聞こえるはずのない小さな声――。ガナッシュが踏み込んできたのと、親指を立てたリゼットがその首元に横線を引いたのはほぼ同時だった。
「うおおおおおおおおおお!」
脳を揺さぶる喝采、理性を焼き尽くす熱狂。観客から耳に届けられるすべてが度を越していてわずらわしいが、俺は自分でも驚くほど上手く、そしてその場の期待を裏切る形でガナッシュの攻撃を防いでいた。それも一度だけではなく、二度三度と続けざまに繰り出された連撃をだ。
ただ実際に打ち合って分かったことがある。俺の実力では辛うじて戦えはするがその先、勝ちまでは望めない。さすがは正騎士といったところだろう。
しかし負けないくらいにか。奇しくもリゼットが言っていた通りになってしまった。
「へえ? 意外とやるみたいだね」
ガナッシュは感心した様子で笑顔を見せる。それに俺は光栄ですよと愛想笑いを浮かべようとして、すぐにやめた。俺が口元をほころばせるよりも早く、闘技場とは思えない黄色い声援があちこちから響いてきたからだった。
こいつには愛想笑いでも俺の笑顔はもったいない。
「おしゃべりは嫌いかな? それとも体調でもわるくなったかい?」
ガナッシュはふふっと鼻で笑い、「分かるよ」とまるで同情でもするように憐みの目を俺に向け、「君が平民でなければね」などと大真面目に語りだす。
「もっと早く剣に触れていれば僕のようになれたかもしれないのにね。まあ、僕は天才の上に努力家だから。君がどれだけ頑張ったところで、追いつくことは出来ないけどね。だから、カイルくんだっけ? 平民の君が貴族の僕に負けることは恥ずかしいことじゃないから、落ち込まないでね?」
「やれやれ……」
勝てなさそうだし、俺は降参してもよかったんだけどな。チラとリゼットを見るとワーキャーな女性と未だ興奮冷めやらぬ男性の中に混じって、良家のお嬢様とは思えない形相で、それもどこで知識として仕入れて来たのか、立ててはいけない指をはっきりと立てていた。




