第29話 どうやら投げなくて正解だったようです
他の二人。俺はまず目の前のラミアが流暢に人の言語を使いこなしていることに驚きながらも、その言葉がどうしようもなく引っ掛かって視線を右へと振った。そうして見据えたのは暗闇に浮かぶ、二つの鉄格子。自然と踏み出した俺が檻の中に見たのは、干からびた老婆と痩せこけた亜人、半人半鳥のハーピーだった。
「時間がないので詳細は省きますが、ハーピーにはカイルのポケットの中にあるものをコンと分けて、半分ずつ与えてください。ヴァンパイアはどちらか一方が、このあと戦闘になることを考慮すれば、コンが血を与えるのがいいでしょう」
「……待てまて」
俺は状況をなんとか飲み込もうとして、すべては飲み込めずにラミアの檻の前へとあわてて引き返す。聞いてもいないのにペラペラと語ってくれたおかげで、干からびた老婆がヴァンパイアであろうことは分かったが、さすがに展開が早すぎる。
「私たちの境遇はアナタたちと大差ないと思っていただいて構いません。今はそのほうが納得しやすいでしょう。カイルはコンと二人で助かることだけを考えてください。失礼、私の名はアメリアです。ヴァンパイアの彼女の名はそうですね。長いのでノクティとでも呼ぶといいでしょう。ハーピーは名を持ちませんが、人との意思疎通には難がありますのでそれでも問題はないでしょう。質問はありますか?」
「いくつかな」
「そろそろ時間です。手短にどうぞ」
俺はようやく自分の番が回ってきたかと頭をかく。すでに色々と分からなかったのだが、その上からさらに詰め込まれて余計に分からなくなってしまった。ただ現状に頭が追い付いていないだけで、いま何を聞くべきかは分かっている。
「なぜ事情を知っている。なぜ力を貸そうとする」
「私は耳がいいのです。そしてカイルならこの窮状からヴァンパイアとハーピーのお二方を救いだしていただけると判断した。それだけのことです」
「ここから抜け出したいのはそちらも同じ、か」
なるほどなと俺はうなずいて、出来の悪い愛想笑いを浮かべた。おそらくコンとの会話を聞いてそう思ったのだろうが、俺なら亜人に手を貸すと言われても反応に困るだけだ。ただ現状、ラミアの差し出してきた手を振り払うだけの理由が俺にはない。時間が差し迫っているのはもちろんのこと、仮に亜人が味方にならなかったとしても――俺とコンを襲わなければの話だが――好きに暴れてくれるだけで、脱出できる可能性はぐっと上がるからだ。
しかし分からない。それでラミアがどう得するのか。未だに自分を助けろと言わないのはどういうことか。相手は人を食う化け物だ。信用できないのは当たり前だが、ここは助かるために利用すべきだという自分がいるのも確かだった。
「カイル、時間です。ラットボーンが人を連れて下りてきています。お二人が檻の外に出ていることに気づくのも時間の問題でしょう」
「考えている時間はなさそうだな。どちらを先に開ければいい」
「まずハーピーに食料を与えてください。二人で半分ずつです。そうすれば鍵を開けても襲われることはありません」
「やれやれ、ラミアは鼻もいいみたいだな?」
俺は言いながらポケットに手を突っ込み、やっぱり投げなくて正解だったなとリンゴを取り出した。ただ半分ずつと言われてもここには包丁などありはしない。それでどうにかこうにか素手で割ろうとしていると、コンに横から取り上げられ、
「こういうのはコツがあるのよ」
素手でいとも簡単に割られて、半分を突き返された。
「せめてお皿でもあったらよかったんだけど……」
「彼女はそんなこと気にしませんよ。鉄格子の外から投げてあげてください」
「コン、俺がもし食われたときは、分かってるな?」
「吐き出させればいいんでしょ?」
俺は何も言わずにハーピーの檻の中へとリンゴを投げ入れた。もちろん大人しく食われてやる気はないが、それで稼げる時間などたかが知れている。その間にコンがどれだけ速く走ったとしても、おそらくハーピーから逃げ切るのは不可能だ。ならば始めから逃げずに戦うというのも間違いではない。
ただ個人的には逃げてほしいところではある。それこそラットボーンと合流できれば助かる道もあるかもしれないからだ。まあ、コンのことだ。結婚相手として泣くほど嫌な相手に助けを求めるくらいなら、そう思っていてもおかしくはない。
結局のところ、コンがどうするかは分からないが、戦うにせよ逃げるにせよ、俺にできるのはせいぜい先に食われてやることぐらいだ。
こんなことならもう少し肉をつけておくんだったな。俺はハーピーにどうしたら長く味わってもらえるか考えながら、鍵穴に髪飾りを差し込んだ。




