第26話 どうやら状況は単純なようです
「今は三色スミレ座なんて名前で庶民お断りな劇場だが――」
俺は手にした髪飾りの形に触発されるように、リゼットとの会話を思い出す。
「前は白百合座って名前で、たしか俺みたいなのも入れたんだよな? 劇場が王権の象徴みたいな場所になったのは、王妃様が変わったからだったっけか? だとすると次の王妃様次第で、また入れるようになったりするのかね」
俺は鍵穴をいりじながら、リゼットならどうするかを考えてみる。可能性で言うなら、そんなことよりもと放置が濃厚だろうが、一言頼んでおけば、入れるようにしてくれるような気がしないでもない。
ただそこまでして入りたいか? と言われたら微妙なところだ。しかしそれを世間が求めているというのであれば、俺もやぶさかではない。そう、俺は決して一夜限りの夢とやらが見たいわけではないのだ。劇場前で待たされ、不憫な思いをする俺のような人間を減らしたい、ただそれだけなのだ。
一人で勝手にうんうんと自らの高尚さにうなずいていると、
「そ、そんなことより、それっ」
コンがあからさまに鉄格子の外を気にしながら、あたふたとし始めたので目で落ち着けと促すと、
「いや、えっと、もうっ」
じれったいと俺の耳元に顔を近づけ、その口元に手を添えて、
「できるの?」
何が、とは言わずにささやきかけてきた。それに俺は論より証拠と鉄格子の扉を開けて見せる。そっと開けたつもりだったが、ギィという耳障りな音が鳴って、俺は思わず顔をしかめた。途中で止められなかった以上、鍵を開けるまでは誰にも見られていない、気づかれていない可能性のほうが高かったわけだが、同じ空間にいて、今の音に気づかないわけがない。
見張りがいるなら面を拝んでやるという気持ちでやってはいたものの、何も絶対に出てきてほしいというわけではなかったのだ。
まったく、誘拐するなら檻の手入れぐらいしておいてほしい。特に寝心地の悪い床とか、見るに堪えない天井とか。それこそ俺がとんでもない怪力の持ち主だったら、錆の浮いている鉄格子など、二秒で開錠しているところだ。
しかし分からない。このちぐはぐな感じはなんだろう。髪飾りを没収しなかったこと然り、体の自由を制限していないこと然り、檻から出たところで逃げられやしないという自信の表れなのかもしれないが、黒装束の容赦のなさを思うと、あまりに甘い対応というか、ずさんというか……いや、そうか。何もかも後に黒装束が控えていると思えば納得できる。
たかが騎士候補生一人、貴族の少女一人、そういうことだろう。となると考えるべきは黒装束をどうするか。単純な状況というのは分かりやすくていい。
俺はせっかく開けたというのに、ポカンと口を開けたまま微動だにしないコンの手を引いて、鉄格子をくぐった。
「そうそう、俺がゴールド・アンカーの本店にいた理由は分かったか?」
「え? あ、う、えっ?」
コンは目をぐるぐると回す。まだ状況に頭が追い付いていないようだ。平静さを取り戻すきっかけになればと思ったが、逆効果だったかもしれない。
「おっと」
まだ分からないが、気付かれたという前提で動くなら、わざわざ暗闇を手探りで歩くこともないだろう。俺は一度檻の中へと戻り、火の灯ったろうそくを台ごと手にとって、また鉄格子をくぐった。そうして見回す檻の外。手元の小さな光源だけを頼りに、ラットボーンが現れ、消えていった方向におそるおそる進んでみると、やはりというべきか、そこにはらせん状の階段があった。
不意打ちを仕掛けるなら上るのは早ければ早い方がいいのは間違いないが、丸腰で黒装束を相手取ることにでもなれば、通りでの二の舞は避けられない。それにまだ見ていない場所も多い。反対側に行けば武器もしくは、脱出に役立ちそうなものが手に入らないとも限らないのだ。
しかし時間は有限。くわえて反対側に敵がいないとも限らない。どうする、探索すべきか? どこまでも続いていそうな暗闇を見据えて俺が立ち尽くしていると、
「あ、あのさ。こんなときになんだけど、わかった、かも」
コンにそでを引っ張られた。それも気恥ずかしそうに顔を背けながら。どうやら柄にもなく、真剣に考え込んでいるのを見て、心配してくれたらしい。にしてもコンが気遣いか。初対面で殴りつけられたときには度肝を抜かれたものだが、まさかこんな短時間で他人を思いやれるようになるとはな。
状況はさておき良い傾向だ。俺はありがとなとコンの頭をなでて、どう考えてもこっちだよなと、来た道を戻り始めた。




