第23話 どうやら寝違えたわけではないようです
少女のすすり泣く声に俺は目を覚ました。
「…………」
硬いベッドに手をついて上体を起こす。ベッドだと思っていたそれは、ただのゴツゴツした石の床だった。ずっと闇を見ていたからか、すでに暗さに目が慣れている。周囲を見回せば、ろうそくのぼんやりとした明かりがすぐにここがどこだか教えてくれた。
鉄格子、あとはところどころ苔の生えた壁。俺は檻の中にいた。いや、苔は日光が届かない場所には生えない。となるとここは地下か? 徐々にはっきりしてきた頭で目をこらしてみると、苔だと思ったそれは、カビのようにも見えるが、何かの液体がしみ込んだあとのようだった。
リゼット、俺はどうやら助かったみたいだぞ。ただ今のところ、直接礼は言えそうにないがな。とりあえず五体満足で生きていたことに安堵しつつ、俺は現状に疑問を投げかけた。
俺はなぜコンと同じ檻の中に入れられているんだ?
「……コン」
俺は少し悩んで檻の隅で膝を抱えるコンに声をかけた。暗くて見えないだけで、鉄格子の向こうに見張りがいる可能性もあったし、この先の展開がまるで読めないので、とりあえず寝たふりをしておく手もあったが、コンの震える肩を見ているうちにそんなことはどうでもよくなったからだった。
どうせ俺が生かされているのも、ろくな理由ではない。それこそコンへの脅しの道具として生かされている可能性だってある。そんなのはもちろんごめんだが、まあ、今からそんなことを考えて憂鬱になるのもバカらしい。
そう、俺はいわば邪魔者だ。なら邪魔者らしく、コンが泣いているのも邪魔してやろうじゃないか。俺は聞こえていないのか、顔をうつむけたままのコンの名前をもう一度力強く呼ぶことにした。
「コン! お前、俺を起こすのに殴っただろ! おかげで体があちこち痛いぞ!」
「アンタが起きないからでしょ! へ……」
ようやく顔を上げたコンと目が合った。しかし冗談のつもりだったのだが、本当に殴っていたらしい。体のあちこちが痛いのは硬い床で長いこと寝ていたせいだとばかり思っていたが、この分だと寝ていたのはせいぜい数時間かそこらのようだ。
外はまだ夜明け前か? 俺が帰ってこないからといって、学園が探してくれるとは思えないが、コンのほうはすでに捜索隊が組まれていてもおかしくはない。その中にリゼットがいれば心強いのだが、俺がコンといたことを知るガナッシュとたまたま遭遇でもしていない限り、それはあり得ない話だろう。
いや、あいつならあるいは。そう思えてしまうところが、リゼットのすごいところだ。
「おはよう、本日三度目の誘拐だが、気分はどうだ?」
口をぽかんと開けてそのまま固まっているコンに手を上げると、
「ばかっ、いいわけないでしょ!」
膝を抱えるのをやめたコンがドタバタと勢いよく胸に飛び込んできた。否、突っ込んできた。そうして案の定、狭い檻の中で壁に打ち付けられる俺。痛みに悶えながらコンが落ち着くまで頭をなでていると、不意に檻の外からコツコツと階段を下りるような足音が聞こえてきた。
「立てるか?」
俺はコンにささやき、うなずいたのを見て、すぐに距離を取る。鉄格子の前に老紳士が現れたのは、俺がコンから離れて、壁に背中を預けたのとほぼ同時だった。
「おや、お早いお目覚めですね?」
老紳士は俺を見て、驚いたように目をみはる。ただそれも一瞬のこと。すぐに興味を失くしたように俺とは反対側の壁際に立つコンへと目を向けると、
「お嬢様、考えはまとまりましたか?」
聞き分けの悪い人間を見るように、困ったような表情を浮かべた。それで俺は思い出す。この老紳士、大通りでコンを置いていったやつだ。
「もしお嬢様が自らバッカス家に嫁いでくださるというのであれば、そちらの彼ともども助けて差し上げなくもないですよ? しかしもし断るというのであれば、仕方ありません。彼はお嬢様の誘拐犯として後世に名を残し、お嬢様も痛い目を見ることになる。さあ、答えを聞かせていただきましょうか、お嬢様?」




