第21話 どうやら少女は話したりないようです
「えー?」
なんで? 気が付けば回転する視界、石畳の上をはねるように転がっていく体。偶然にもその途中で立ち上がった俺は、理由を問いただすように少女へと目を向けて、こりゃ火に油だなとすぐに諦めた。
「バカ! 待ちなさいって言ってるでしょ!」
「待ってただろ」
「待ってない!」
背後に居たはずのしおらしい少女はいったいどこへやら。目の前で足を踏み鳴らして否定するじゃじゃ馬は、まるで猛獣のように狂暴だ。なんてこった。俺が劇場の支配人なら今すぐにでも主役に抜擢するところだ。いや、演技力もそうだが、このパワーと技術力の高さも捨てがたい。格闘家になることを勧めるべきか?
そんなバカなことを考えていると、
「それにしてもこんなのに負けるなんて、王子も大したことないわね」
少女は急に恐ろしいことを言った。王子? こいつ今、王子と言ったか?
「ていうか、アンタも少しは頭を使いなさいよ。私を置いていったら、言い訳づくりにならないじゃない。候補生は学園での成績もそうだけど、印象も同じくらい大事だからって、わざわざあの騎士が気を利かせて――って聞いてるの?」
「お前、王子殿下の知り合いなのか?」
「ふーん?」
少女はにいっといたずらな笑みを浮かべ、
「つづきは歩きながら、ね?」
もう俺の勝手は許さないとばかりに強引に腕をつかんで、半ば引きずるようにして歩き出した。まったく、なんて身勝手な奴だ。こいつの強引さに比べればリゼットのこれまでの行いがお行儀よく思えてくる。
まあ、いずれこの少女も丸くなることを思えば今だけか。何ならこういうやつが普通の仲間入りした時ほどさみしいものはない。うるさいやつには最後までうるさいやつでいてほしいものだ。もちろん、俺とはまったく関係のないところ騒いでくれるならという、あくまでも条件付きではあるが。
俺は少女に引きずられるのをやめて隣に並び、黙っていれば絵本に出てくるようなお姫様に見えなくもない、幼いながら気品のある横顔をちらっと見て、
「それで? 話してくれるんじゃなかったのか?」
直後にのぞいた茶目っけにやはり催促は悪手だったなと後悔した。
「私と王子の関係性だっけ? うーん、どうしよっかなー?」
少女は面白がるように、にやにやしながら俺の顔を横からのぞきこんでくる。それを嫌って顔を背ければ今度は体ごと回り込んでくる。そのしつこさはもはや執着を超えて執念。俺は分かりましたよと観念したように、少女の求めるものを差し出すことにした。
「教えてくださいお願いします、ええと、生意気なクソガキでいいか」
「いいわけないでしょ!」
一瞬で俺の腕へと力強く食い込む少女の指。ついウギギギギ! と口走りそうになるのをこらえて、俺はとっさに天を仰いだ。どうやらこの少女にはその辺の男どもと同じか、それ以上の握力があるらしい。となると、やはり将来は格闘家で決まりだろうか?
白目をむきそうになりながら耐えていると、
「コンスタンツェ・アポロニア! アポロニア伯爵家のコンスタンツェよ! アンタの名前は知ってるから言わなくていい!」
ご丁寧にも少女が自己紹介してくれた。しかし伯爵か。普段、その二つ上に位置する公爵家のリゼットを相手にしているからか、伯爵家と言われてもああそうですかという感じで、いまさら失礼しました! とへりくだる気にもならないが、本来ならば平民としてそうなるべきところでそうならないのは、そうならなくなってしまったのはどうしてだろうか?
王都に出てくるまで、俺の中での貴族は見たことはあっても話すことはない遠い存在だったわけだが、ここ最近の流れで意外と遠くない存在なんだなと、世の中にありふれた存在なんだなと気付いてしまったからかもしれない。
「コンスタンツェか、いい名前だな。普段はなんて呼ばれてるんだ? コンか? それともコンスか? 他にもコンスタン、コンスタンツもあるにはあるが、俺のおすすめはコンだとだけ言っておこうか」
「コンスタンツまで言ったなら素直にコンスタンツェまで言いなさいよ……」
コンはため息まじりに頭を抱える。なんだ、強気一辺倒じゃなかったんだな。なんとなくだが、接し方が分かってきたような気がして、俺は二度の誘拐を経て、ボサボサになっているコンの頭を乱暴に、ただし割れ物を扱うように優しくなでた。
「……死にたいの?」
「話がしたいんだよ。コンもそうだと思ったが、違うのか?」
「…………」
コンは黙り込み、そして下からにらみつけるようにきつい眼差しを向けてきて、
「教えて。なんでアンタはあの馬車に私が乗ってるってわかったのか。そもそもなんでアンタはあそこにいたのか」
俺からしてみればまあ悪くない話題を振ってきた。
「それを話してくれたら、私もアンタの知りたがってることを話してあげる」
「そりゃありがたいね」




