第20話 どうやら俺はまだ帰れないようです
「うぅっ……と、とにかくだ。この世にはどんな目に遭おうとも口を割らない、そんなやつもいるだろうが……」
俺は腹をさすりながらゴールドシュタインとオットーを真っすぐに見る。
「知ってるか? この世に絶対はないんだぜ? 俺みたいなザコが、ガナッシュみたいな超強い騎士様に、勝ったりすることもあるんだからな」
「お前というやつは」
まだ言うかとガナッシュがふんと鼻で笑い、
「いい加減しつこいぞ。あと、さんをつけろクソ平民」
ほんの少しだけうれしそうに笑った。その足元でゴールドシュタインは眉一つ動かさなかった。オットーはというと顔を引きつらせて、
「やっぱり殺しておくべきだったな。これから騎士になろうってやつが信じられねえ。お前、冤罪って言葉、知ってるか?」
物騒なことを言い出したので、俺はガナッシュに頼むから逃がさないでくれよと目で念押ししながら、その場に背を向けた。
「俺にはお前らが犯人か、その関係者だって確信が、絶対に大丈夫って自信があったんだよ」
俺は苦笑した。『絶対に大丈夫』か。誘拐されたところを助ければの後に、確かそんな言葉が続いていたような気がするが、もしかするとあの時のリゼットは馬車を止めに入った時の俺と、同じような心境だったのかもしれない。
「絶対がないと言ったのは貴方でしょうに……」
背後からゴールドシュタインのもはや威厳も何もない、ただただあきれ果てたような声が聞こえてきたが、俺は無視して帰路に就いた。
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夜の街を学園目指して歩く俺。その足取りは重い疲労感よりも軽い気分に引っ張られてか、軽快そのものだった。そう、後ろから服のすそを引っ張られるまでは。
「家まで送ってもらえってさ」
「あ?」
「あの騎士が」
どの騎士が? そう言おうとして開いた口を俺は静かに閉ざした。服のすそをつかむ赤毛の少女の視線がきつくなったからだった。ただ頭を抱えようと動き出した手までは止まらなかった。その結果どうなったか。頭を抱える俺を見て、当てつけだとでも思ったのか。少女にゲシっとすねを蹴られた俺は一人その場で悶絶した。
「今からでもアンタが本当は誘拐犯だって、あの騎士に話してきてもいいんだからね? 分かったらだまって、私を家まで送りなさい?」
二度の誘拐を経て、少しは丸くなったかと思いきや、大通りで老紳士を怒鳴りつけていたころとまるで変わらない少女のとげとげしさ。ここまでくると清々しいまであるなと、思わず笑みをこぼすと、
「何で笑うのよ」
少女はほおをふくらませてそっぽを向いた。なんだ、子供らしいところもあるじゃないか。俺は気を取り直して立ち上がり、いててと足を引きずりながら、
「家はどっちだ?」
無言で少女が指さしたほうへと向けて歩き出した。
「言っておくが俺は誘拐犯じゃないぞ。路地でお前に会ったときも、実は二人組の誘拐犯から、お前を助け――」
「ふんっ、分かってるっての。私、袋に押し込まれるときに犯人の顔を見たもの」
じゃあ、なんで殴ったんだよ! 俺はこぶしを握りしめはしたものの、近所迷惑を考えて叫ぶようなことはせず、代わりに長いため息を吐いた。
「じゃあ、なんで殴ったんだよ……」
「そんなことも分からないの? 銀行で私を見つけておきながら、へー? 頭はキレるのかと思ったら、意外とそうでもないんだ?」
少女のどこか人を小ばかにしたような態度、挑発的な眼差しは俺の反応を楽しんでいるように見えた。やれやれ、はたから見ている分には笑ってられるが、いざ付き合わされるとなると面倒くさい。遊び相手が欲しいなら他を当たってくれ。たとえばあの老紳士とかな。俺は無言で歩く速度を上げた。
「ねえ、ちょっと! ねえっ!」
少女の不快、いや不満指数が上がっていくのが分かる。だが関係ない。殴られようと蹴られようと、一秒でも早くこの少女を送り届けて俺は寝る。つい先ほどまでは重くのしかかるだけだった疲労感が、今は追い風のように後押しとなって、俺の歩調を早めていった。
「分かったから! お金が欲しいんでしょ? ねえっ、ちゃんとあげるからっ!」
「そういうことを言ってるから、誘拐なんかされるんだよ。少しは反省しろ」
俺は歩くのをやめて、ついには走り出す。
「ねえ、ちょっと待ってよ! ねえっ! ねえってば……お願いだから……」
しばらくして聞こえてきた同情を誘う声に、少しやり過ぎたかなと俺は思わず足を止めた。そして振り向くよりも早く、背中に少女の両足が突き刺さった。




