第19話 どうやら少女は聞きたいようです
「何の用ですか。アイアン・ガナッシュ」
目を閉じたまま話すゴールドシュタインの厳かな声に、俺は自然とひざを折りそうになる。ただ言葉の矛先を向けられているはずの当のガナッシュはというと、平民の俺とはくぐってきた修羅場が違うのか。一人の貴族として目の前の女性が放つ威圧感にも屈することなく、どこふく風と涼しい顔をしていた。
「言わなくても分かってるはずだ。赤毛の少女、いるんだろ?」
「どこに」
ゴールドシュタインはガナッシュの指摘を一笑に付す。そして不意に目を見開き、そっと立ち上がると間髪入れずオットーを呼びつけ、
「あとは好きにしてくださって結構。探しもの、見つかるといいですね」
その口角をわずかにあげて、はたから見る限り、本当に関係ないのではないかと思えるほど悠然とした態度で馬車から降りた。
「行きますよ、オットー」
「御意」
ゴールドシュタインは堂々と背を向ける。すぐにその後に続くオットー。その二人の背中はまるで探せるものなら探してみろ、どうせ見つかりやしない、暗にそう言っているようにも見えたが、さすがに先入観が見せた幻だろう。ただ、
「おい、ゴールドシュタイン、オットー! 待て!」
「アイアン・ガナッシュ。貴方の安い功名心に付き合う気はありません」
「ふざけるな! これは命令だ!」
「命令? ガナッシュさん、貴方は剣盾祭で失った信頼を取り戻そうと躍起になっている。少し落ち着いたほうがいい。これじゃ、八つ当たりも同然だ」
「それはいま関係ないだろ!」
ガナッシュの制止も聞かずに、どちらかが残るならまだしも、二人そろって重厚な石造りの行内へと逃げ込もうというのはいただけない。俺は鼻息の荒いガナッシュの肩を落ち着けとポンと叩いて、短剣を両手に馬車へと乗り込み、
「ぐえー!」
すぐに大げさな声を上げて、
「やっぱりいるじゃないか! とびっきり元気な少女が!」
ごきげん斜めな赤毛の少女に比喩ではなく、文字通り突き飛ばされる形で外へと転がりだし、二度目の不覚、もとい自分の中では名誉の負傷ということになっている流血を小鼻を強くつまむことでせき止めながら、一度は逃した影を今度はしっかりと掴むように、遠ざかる二人の背中を呼び止めた。
どんなもんだい。ガナッシュに目を向けると、
「……本当だったのか」
俺と少女を交互に見て、慌てて二人のもとへと駆けていく。こいつまじか。俺はガナッシュの背中を眺めながら、当てつけのようにため息を吐いた。
やれやれ、俺の言葉など最初からちっとも信じていなかったわけだ。しかしそう考えるとガナッシュの強気な嫌疑のかけ方、あれは何を根拠にそうしていたのだろう。俺から見れば、ほとんど犯人と決めつけていたような、そんな風に見えたが、騎士はいつもこんな無茶なやり方をしているのだろうか?
いや、とりあえず今は目の前の問題が解決したことを喜ぼう。なにはともあれ、一人の少女が助かった。その事実だけで十分だろう。
あとはガナッシュに任せて帰るか。さすがに劇場のほうはお開きになっているだろうし、直接学園でいいか? そう考えて踵を返そうと後ろ足を引くと、
「待て、よくよく考えるとこの馬車に少女が乗っていない可能性も、囮の馬車である可能性もあったわけだ。しかしお前は迷わず飛び出た。なぜだ?」
ガナッシュが顔を向けてきて、また話せば長くなりそうなことを聞いてきた。それで俺は肩をすくめて、
「明日にしてくれ。これ以上帰るのが遅れて、学園からの印象を悪くしたくない」
と適当に理由づけて、そのまま帰ろうとすると、
「待ちなさい。カイル・シュヴァリエ」
今度はゴールドシュタインに呼び止められた。
「貴方は自分のしでかした事の重大さを理解していない。いずれ苦悩に苛まれることになる。ただ貴方はそうはならないかもしれない。それが私は悔しい」
ゴールドシュタインの唇は震えていた。それが怒りからなのか、悲しみからなのかは分からない。ただその目はどういうわけか、俺を案じているように見えた。
「王都を出なさい。さすれば正しく後悔する機会も訪れるというもの」
「後悔ねぇ」
それはお前らがするものだろうと思ったが、まあ誘拐する側には誘拐する側の、のっぴきならない事情というものがあるのだろう。
俺はゴールドシュタインの話を聞いているうちに話してもいいかという気になってきたので、その場で後ろに引いていた足を戻した。
「ガナッシュさん、囮がどうとか、そんなの関係ないんですよ。この時間にこの場所にこいつらは、この馬車は現れた。俺からしてみれば、それだけで止める理由としては十分だった。要するに俺はこいつらを初めからつかまえて絞り上げる気でいた。この馬車にたとえ少女が乗っていなかったとしてもね」
俺はここから先は教育に悪いと、腕組みして佇む少女の耳を両手で塞ごうとして――腹にひじ打ちを食らってやめた。




