第18話 どうやら正真正銘、本物の騎士のようです
「ガナッシュさん? これはいったい……」
フードを首元に下ろした御者の男が馬車から飛び降り、
「何の真似ですか?」
明らかに話し合いや握手のためではなく、力づくで俺をねじ伏せようと怖いぐらいの笑顔で近づいてくる。それをガナッシュが間に体を割り込ませ、手で制す。なんのことはない。御者の男の手には未だ物騒なものが握られていたからだった。
「こちらのセリフだ。丸腰の男一人にやりすぎだとは思わないのか? ああ、こんな時間に出歩くぐらいだ。もしかしなくても、やましいことでもあるのかな?」
ガナッシュが脅しでもかけるように抜き身の剣をチラつかせると、
「そんな、やましいだなんて、そんなことは。私はただ、急にそちらの方が飛び出してこられたので、てっきり強盗か何かかと」
御者の男は慌てて暴力反対とばかりに短剣を地面に落とす。ほんの少し前まではガナッシュの身分をかさに着た強気がうっとうしかったが、今はその傍若無人さが頼もしい。
しかし分からない。この御者の男、ガナッシュと顔見知りのようだが、武器の携帯を咎められないのはどういうことだろうか。考えられるのは、男がどこぞの有力者か貴族にでも雇われた私兵、あるいは制服を着ていないというだけでガナッシュのお仲間といったところだろうが、まあ何にせよ、手心を加えるなよと一言、ここは釘を刺しておくべきだろう。
そう思ってガナッシュの肩に後ろから手をかけようとして、
「……それで僕が納得すると?」
聞こえてきた低音に俺は手を下ろした。どうやらその必要はなかったらしい。
「確かに馬車の止め方には問題があった。それについてはこいつはもちろん、必要なら僕からも謝罪しよう。いや、そんなことはどうでもいいか。お前、オットー、僕が止めに入っていなかったら、こいつを殺す気だったな?」
えっ?
「確かにこいつはむかつく奴だ。でもだからといって殺していいわけがない。いい理由にはならない。そんなことは当たり前だろう?」
えっ、うそっ、俺、殺されてたの? そうなの? オットーの顔をガナッシュ越しにのぞき込むと、また怖いぐらいの笑顔がそこには浮かんでいた。
「私が殺しを? とんでもない、私は本当に強盗だと勘違いしただけなんです。そう、すべては勘違い。だから私からも謝罪させてください、カイル・シュヴァリエさん。勘違いとはいえ、本当に申し訳ないことをしました。もし許されるなら、後日改めて、謝罪をさせてください。これでいいですか? ガナッシュさん?」
「まっ、こちらにも非があるし、そういうことにしておいてあげるよ。ただ馬車は調べさせてもらうけどね」
そう言ってガナッシュが踏み出し、オットーが合わせるように道を開ける。そう見えたのも束の間、オットーの袖口から――あえて捨ててみせることでもうないと思っていた――第二の刃が滑り出し、突き出された。ガナッシュが上半身の動きだけでそれを避けると、同時に掴んだ手首の関節を流れるような動作で外す。その一連の出来事に俺の頭が追い付いたのは、オットーが短い悲鳴を上げてからだった。
「まさかオットー、君がカイルくんのファンだったとはね。知らなかったよ。本当、騎士を辞めたからといって、その矜持まで捨てないでくれよ」
「貴族の貴方には一生分かりませんよ。私の、平民の気持ちは」
「そうかい」
ガナッシュは面白くなさそうに、また興味なさげにフンと鼻を鳴らして、手首を抱えるオットーの横を通り過ぎ、
「何をしている。さっさとこないか」
馬車の客室の扉に手をかけて、まるで何事もなかったかのように俺を呼んだ。
「ガナッシュさん……」
俺は驚きのあまり開きっぱなしになっていた口を閉じ、念のためオットーの落とした短剣を二本とも回収してから、急いで後を追いかけ、
「なんで俺に負けたんですか?」
「お前、本当に嫌な奴だな」
口ではそう言いながらも、暗に強いと言われて、まんざらでもなさそうなガナッシュの横に並んで苦笑した。ホント、なんでこいつに俺は勝てたんだ? そんなことを考えているうちにガナッシュが扉を開けた。
「アウレリア・ゴールドシュタイン……」
横から聞こえてきた名前に心当たりはなかったが、客室の中には杖を手にした白髪交じりの女性が一人、落ち着いた面持ちで両目を閉じ、ガナッシュなど比べ物にならないほどの権力者然とした風格を漂わせ、深々と座席に腰掛けていた。




