第17話 どうやらあの騎士が再登場するようです
「ざぁこ! バカ! まぬけ!」
俺は俺から逃げていく少女の背中をみっともなく地面に突っ伏したまま、仰る通りでと苦笑まじりに見送る。これでよかったのだ。そう思うしかない有様に、思うところがないと言ったらウソになるが、それでも目の前の面倒ごとから解放されること思えば、意外と悪くない気分だった。
にしてもこうもあっさり倒されてしまうとはな。俺は寝たまま顎を撫でる。油断していたとはいえ、仮にも騎士候補生の俺を一撃で沈めるとは、さぞかし名のある師のもとで……いや、これ以上はやめておこう。もし少女が何も習っていない、ただの素人だったときに余計な恥をかくのはごめんだ。
しかし少女が俺に惚れるなんてことがなくて、本当によかった。まあ少女が俺のことを誘拐犯だと思っている時点で、そうはならないのだが、リゼットにはその辺を上手く伏せて伝えることで、やり方を考え直すきっかけぐらいにはなるかもしれない。
今回、実際に誘拐犯と対峙して確信したが、やはりこのやり方はだめだ。許容できる危険度を越えている。俺一人だけならまだしも、他人にこちらの都合で背負わせるものではない。それこそ実戦には不測の事態がつきものなのだ。不意打ちで子供に殴られて、膝から崩れおちるなんてこともあるかもしれない。
「……帰るか」
帰って、リゼットに子供のあやし方でも教わろう。気性の荒い少女のいなし方なんか、特に知りたいところだ。そんなことを考えながら、立ち上がろうとしたその瞬間。暗い路地を抜け、明るい通りへと無事に合流したはずの少女が、右から左へと流れていった馬車と共に、その姿を消した。
「……いやいやいや」
俺は頭を振る。そしてすぐに立ち上がり、
「お前、私生活に問題を抱えすぎだろ!」
言いながら少女の後を追うように駆けだした。そうして俺が路地を走り抜け、通りに出るまでかかった時間は、ほんの十数秒。しかし馬車が少女を乗せて、どこかへと走り去ってしまうには十分な時間だった。
「くそ!」
自然と手がかりを探すように周りの物や人に目を向けてみるも、まるで大通りに戻ってきたかのように、何もかもが落ち着き払っている。どうやら王都ではこれが普通らしい。いや、そんなわけがない。普通であっていいわけがない。子供が誘拐されているというのに、なんで誰も、何も、見てないん……だ?
俺はハッとする。そう、俺は見ていた。この場の誰も見ていないとしても、俺だけはその瞬間を見ていたのだ。
落ち着け、それから思い出せ、何でもいい、何があった、何が――俺は時間にして一秒にも満たない光景を頭の中で引きのばす。大股で歩く赤毛の少女、箱型の客室から乗り出した何者か、馬車を引く二頭の馬、
「馬車?」
俺は暗かった視界が一気に開けたような感覚に襲われた。
「『馬車が逃げたら、追わずに逆へ』、ね」
俺は頭の中で王都の地図を開きながら、言いつけを守るように勢いよく走り出した。
♦
夜もふけて人影もまばらになった大通り。その脇に建つ堅牢な建物に注がれるのは、何も月明かりだけではない。控えめな外灯に眩しいくらいの玄関灯の明かり、そして機が熟すのを待つ二つの視線。俺は馬車が逃げた方向とは真逆に位置する銀行の出入り口、それも馬車専用の広い出入り口のすぐ横、植え込みの中に居た。
「なんでよりにもよって、貴族である僕が平民であるお前なんかのために……」
不意に隣から聞こえてきた声に、俺はこっちのセリフだとため息をもらす。
「なんでお前しか手の空いている騎士がいないんだよ。お前こそ三色スミレ座顔だろ。他のやつを押しのけてでも見に行っとけよ」
「三色スミレ座顔? ふむ、確かに僕の顔は高貴だからね。褒めてくれているのなら一応、礼を言っておくよ。ただし」
そう言って同じ植え込みの中に身を隠す正騎士――アイアン・ガナッシュは目の前の緑を押しのけ、
「敬語を使え、このクソ平民が!」
俺の後頭部をたぶん本気で殴った。
「いってぇっ! っておい、大声出させるなよ。いつ来てもおかしくないんだぞ」
「どっちがだ。嫌なら僕を敬え、敬語を使え」
「分かりましたよ。アイアン・デニッシュさん」
「ガナッシュだ! 次もし間違えたら牢屋送りだからな」
背後でガナッシュが殺気立つ。何なら牢屋どころか、あの世に今すぐ俺を送るかどうか悩んで、剣に触っているような気さえした。誰だよこんなやつを正騎士にしたのは。短気な上に、職権乱用もいいところだぞ。
「まったく、お前は僕に居てほしいのか、帰ってほしいのかどっちなんだ。土下座して頼むからここまで同行してきてやったというのに」
「感謝という意味ならこれ以上ないくらいしてますよ。もし俺の言葉を騎士様が聞き入れてくれていなかったら、何の権限もない俺は、強引な手段に頼らざるを得ませんでしたから。まあ、かなり待つかもしれませんが、長時間おとなしくしていられるような少女には見えませんでしたし、朝までには現れると思いますよ」
「おい、言っておくが僕はそんなに暇じゃない。朝までどころか、交代の時間がきたら普通に帰るからな」
「まあまあ」
俺はそういって植え込みから飛び出し、
「どうやら来たみたいですよ」
と大通りから銀行へと滑り込む馬車の前に、そうはさせないと立ちふさがった。
「出番ですよ。アイアン・ガレットさん」
「貴様ァッ!」
ガナッシュが顔を真っ赤にして剣を引き抜いたのと、馬車の手綱を握る御者が懐から短剣を引き抜いたのは、ほぼ同時だった。




