第16話 どうやらクリティカルヒットのようです
「カ、カカ、カ、カイル・シュヴァリエ!」
前後に並んだ二人組。その内の一人、前で袋を担いでいた男が盛大に尻もちをつく。それだけでも派手な登場をしたかいがあったというものだが、もう一人の方はというと残念ながら俺のことを知らないようで、
「カイル? なんだって?」
危うく肩から落としそうになった袋を一人で冷静に担ぎなおしている。どうせなら二人まとめて尻もちをついてほしかったところだが、そうなると袋が放り出されてしまいそうなので、まあ、これはこれでよかったのかもしれない。
「え? 兄貴も見てたでしょう? 剣盾祭の準々決勝でって、ああっ! 兄貴は安い席を買ったから!」
「うるせえ! 俺は顔じゃなくて、あくまでも試合を見に行ったんだよ!」
「そっ、そうでしたね。でも兄貴、あのカイルですよ。あの王族最強と呼ばれた王子に勝利し、噂じゃ、正騎士を十人同時に相手にしても負けないっていう……」
「まじか、やべえな」
いや、どのカイルだよ。そう思ったが、兄貴と呼ばれた男の外套の下からチラリと剣の柄が見えて、俺は口出しするのをやめた。
いったいどこで手に入れたのかは知らないが、仮に訓練を受けていないとする俺の分析が外れているとするならば、この兄貴は兵士か騎士、あるいは街中での剣の携帯を許された、その関係者ということになる。たとえそうでなくとも、丸腰で挑むにはかなり危険な相手になったことだけは確かだ。
「まあ、でも仕方ねえよな。そうだ、バレちまったもんは仕方ねえ。相手が誰だろうとな」
兄貴は不敵に笑い、覚悟を決めたようにそっと肩の荷を地面に下ろす。俺としては全くうれしくない、決めてほしくない覚悟だったのだが、こうなってしまっては仕方がない。とりあえず逃げるか。そうこちらも覚悟を決めたのとほぼ同時、弟が何を思ってか、兄貴の足にすがりついた。
「兄貴! やめてくだせえ! 死んじまいます!」
なるほど、兄貴は俺の敵だが、弟のほうは俺の味方らしい。ただ残念なことに兄貴は止まらないようで、
「黙れッ!」
弟を一喝すると、乱暴に蹴り飛ばし、血走った眼で剣に手をかけた。
「これでも剣士だ。覚悟はできてる。最強に勝った剣の腕、試させてもらうぜ」
いや試さなくていいです。というか丸腰相手に試す剣の腕ってなんだよ。俺は慌てて一触即発の空気を弛緩させるように、取り繕いはするがその実、命乞いするように、値切りの時にしか見せない、人懐っこい笑みを浮かべた。
「勘違いだ。何もかも。そう、何もかも勘違いだ。俺はただその袋を受け取りに来ただけ。それ以上でもそれ以下でもない。そうだったよな?」
弟さん? と俺が視線を送ると、最初こそ口をぽかんと開けて何のことか分かっていない様子だったが、いいからうなずけと目で訴えかけると、
「あ、そ、そう、そうでした。そうだったと思います」
ようやく何事か察したように首を縦に振った。やはりというべきか、弟は兄貴に戦ってほしくないらしい。
「思います? なんだそりゃ」
「いいから兄貴! 兄貴と俺は、ただここまで袋を運んだ! そういうことなんです! それでいいじゃないですか!」
「ああ? お前ら……」
兄貴が弟と俺を交互に睨みつけてくる。どうやら俺の言わんとするところ、その意味は正確に伝わったようだ。あとは兄貴が納得するかどうかだが――ここまできて斬られるのも、しっぽ巻いて逃げるのもごめんだからな。
煮え切らない兄貴のために、多少強引だとしても、俺はその背中を押してやることにした。
「いいからここは俺に任せて、どこへでも行ってくれ。お前らにはそれができる。なんたって俺はただの候補生、治安維持を任された正騎士じゃないんだからな」
言うが早いか、俺は急かすように地面で大人しくなっている袋へと向かって歩き出した。一歩、二歩。三歩目には弟がその場から離れ、五歩目には兄貴も離れて、俺が袋に手をかけた時にはもう、二人の姿は夜の闇へと消えていった後だった。
さて、調子はどうかな? 紐で縛られた袋の口をほどいて左右に広げるも、なかなか出てこないのでそっと中をのぞいてみると、
「くたばれッ!」
狙いすました右ストレートを俺の顎にえぐりこませる、大通りで見たままの、老紳士を怒鳴りつけていたままの高飛車な、いや傲慢な、いや不躾な、とにかく心配して損したと心の底から思いたくなるような、赤毛の少女がそこにはいた。
「こ、これは……脳を揺らす、見事な一撃ですな……?」
俺はその日、初めて子供相手にひざをついた。




