第14話 どうやら俺だけが見ていたようです
リゼットは言った。『たとえば誘拐されたところを助け出せば』と。そして当然のように俺は思った。窮地から助ければ惚れるなんて理屈、いったいどこから出てきたんだ? と。ただ思っただけで口にしなかったのは、あまりにもリゼットの表情が自信に満ちていたからだった。
結果、どうなったか。やっぱりどこが大丈夫なんだ? と、こき使われているであろう未来の自分の姿を想像して、そこはかとなく不安になったのは言うまでもない。
そう、俺には拒否権がないのだった。
要するに今すぐにでも風呂に入って寝たいところではあるのだが――現実には夜の王都、その大通りを誰かさんの目的のために突き進みながら、その悪だくみを思い出したくもないのに、思い出していた。
何が、『二人の警護は私が引きはがしますので、あとは誘拐されたところを助けてあげてください』だ。
前半はリゼット曰く、二人の予定に私が急遽一人で合流して、すぐに別行動をとれば簡単に実現できるとのことらしいが、問題は後半の方だ。
まず二人の命や身柄を狙う勢力がこの国にいるのかどうか。まあいるだろうと思えるのでそこはいいとして、仮に守りを手薄に出来たとしても、その瞬間に襲撃者がその場に居合わせていなければ、何の意味もない。
もっと言えば運よく襲撃されたとしても、都合よく妹だけ、もしくは妹が連れ去られるとは限らない。何ならその後の身の安全まで保障されているとリゼットは豪語していたが、裏から手を回して襲撃者を用意するわけでもなし、それも怪しいところだ。
そもそもリゼットが考えているように、襲撃された際に警護が優先するのはどちらか、その上で狙うならどちらが簡単か、その利用価値はどうすることで最大限発揮されるか、襲撃する側が同じように考えてくれるとは限らないわけで。リゼットは襲撃者に心当たりがある、見当がついているから自分の考えを信じられるのかもしれないが、王子を襲撃するような奴の頭の中が普通であると信じるのは、俺にはできないし、どうかしているとしか思えない。
総じて偶然に頼り過ぎていて、危険。二人と警護の命をかけてまでやることではない。それが俺の出した結論であり、率直な感想だった。
やれやれ、
「悪役にもほどがあるだろ」
最悪、全員仲良く死亡(俺も処刑)なんてこともありそうだ。というか、もしかしなくても俺は偶然の機会とやらに恵まれるまで、こうして夜な夜な歩き続けなければいけないのでは?
俺はどっと足が重くなったような気がして、そっと歩くのを止めた。
「にしても、でかい箱だな」
言いながら俺は苦笑した。何だかんだ思うところはあっても、元来の律儀さゆえか、すでに目的地であるところの劇場を遠目に捉えていたからだった。
そう、次はどうか分からないが、本日の目的地であるところの三色スミレ座。大通りに面したこの劇場の灯がともる時、王都には一夜限りの夢が訪れる。そんな触れ込みに呼び寄せられた国の権力者に街の有力者、その付き添いであろう騎士に知識人と、実に様々な顔ぶれが今や劇場の中に居並んでいることだろう。
そんなことを考えながら大通りの隅に立ち尽くしていると、一人の老紳士と十代前半ぐらいであろうか、赤毛の少女が劇場から飛び出してきた。
「この――! ホントに――!」
どうやら少女は怒っているらしい。距離があること以上に、取り乱しているため何をそんなに怒っているのかまでは分からないが、少女に人目も気にせず怒鳴り散らされている老紳士の困ったような顔を見ていると、何となく少女のほうに非があるような気がしてくるのはどうしてだろうか。
それとなく周囲に目を向けてみると、ほとんどの者が俺と同じようなことを思っているのか、老紳士に同情的な目を向けていた。もしかするとこの辺ではよく見慣れた光景、名物というやつなのかもしれない。
特にすることもないので、しばらく眺めていると、
「もういい!」
少女の一際大きな怒鳴り声が大通りに響き渡った。いわゆる決裂の瞬間だった。すぐに肩を怒らせた少女が、申し訳なさそうにする老紳士に背を向けて、ずかずかと大股で歩き出す。そこに遅れて、大急ぎで駆け寄ってきた馬車が少女の目の前で停車するも、
「あっちいけ!」
と感情的に蹴り飛ばされてはもはや取り付く島もない。ただ老紳士からしてみれば、それもまた日常茶飯事と言えることだったのか。お騒がせしましたと周囲に頭を下げたかと思うと、当たり前のように一人で馬車に乗り込み、大通りを走り去っていった。
いやいや、それでいいのか? そう思っているのはどうやら俺だけのようで。周囲の者たちはすでに少女のことが見えていないかのように、それぞれの作業に戻っている。それで俺もと真似するように、少女から視線を外そうとして――不意に少女のほうが先に、俺の視界から消えた。
少女の脇から伸びてきた手がその細腕を強引に引き寄せ、大通りから路地へと吸い込んでいったからだった。




