第11話 どうやらお嬢様は機嫌が良いようです
見上げれば空の青が俺を見下ろし、見下ろせば何もこんなところにまで張らなくてもといった芝の緑が俺を見上げる。ただ日当たりが悪いからか、その緑の色は表の芝に比べてやや控えめに見えた。
まあ、誰も寄り付かない校舎裏だしな。
俺は有無を言わせずとリゼットに叩き込まれた病院から、およそ二週間の時を経て、ようやく日常に、学園に帰ってきていた。しかし短いようで長かったな。それでも七十五日にはまだまだ足りないわけだが……。
「お待たせしました」
特に理由もなく芝を眺めていると、しばらくしてリゼットが小走りで現れた。退院してすぐに呼び出されたため、また叱られるのではないかと身構えていたわけだが、どうやら世間が噂を忘れるほどの時間は経過していないとしても、個人が怒りを収めるだけの時間は経過してくれていたらしい。
リゼットの落ち着いた声と柔和な物腰に気が抜けた俺は、ため息まじりにその場に腰を下ろした。するとリゼットがそっと俺の横に並び立ち、
「調子はどうですか?」
と、本当に俺のことを気遣っているかのように、上から微笑みかけてきた。一時は俺を入院させるために骨の一本や二本と言っていた、あのリゼットがだ。
「おかげさまで悪くはないですよ。アルフレッドに蹴られていなければ、まだまだ退院は先だったことでしょうが」
「つじつま合わせで言ったこと、まだ根に持っているんですか? あの時は私も気が動転していたんです。今だから言えることですが、次の日にはしっかり貴方をどう処罰するか、貴族の議題に上がっていたぐらいなんですからね?」
俺は天を仰ぐ。マジか。貴族、おそろしすぎだろ。しかし今だからと言うからには、事態はすでに収拾がついている。そういうことだろう。
「つまり、俺はおとがめなしということですか?」
「そうなります。良かったですね?」
リゼットは嬉しそうに笑う。俺には何がそんなに嬉しいのか知る由もないが、とにかく機嫌が悪いよりはいい方がいいに決まっている。
「とりあえず目の前の問題が一つ解決したという意味でならそうですけど、状況だけ見れば、まだまだ手放しで喜ぶ気にはなれませんけどね」
ホント、いつになったら以前のように、普通に街を歩けるようになるのやら。
「大丈夫ですよ、と言うのも今回、王族や貴族たちを踏みとどまらせたのは彼らなんですから」
「彼ら?」
彼らとはいったい誰のことを言っているのだろうか。あの日、路地で俺に味方は自分以外にいないと言ったのはリゼットだったはずだが、新たな協力者でも現れたのだろうか。仮にも王族や貴族を踏みとどまらせたとなると、その彼らとかいうのは必然的に相当な権力者ということになるわけだが……リゼットのことだ。
俺の味方ではないが、私の味方が――なんて突然言い出しても、別に驚きはしない。
黙って答えを待っていると、俺に剣盾祭に出ろと言ってきた時と同じように、リゼットが折りたたまれた一枚の紙を差し出してきた。
「『まさか』、そんな『まさか』が起こったんですよ、この王都で。実際に私が今回の件で何もしていないのが、その証拠です」
まさか、ね。まさかもう一度勝負して、白黒つけようなんてことに世間がなっていなければいいのだが。
リゼットから受け取った紙を開くと、それ以上の『まさか』がそこにはあった。
「剣盾祭、最高の試合に選出……?」
言いながら俺はリゼットの顔を見上げる。どうやらこの紙に書いてあることは、にわかには信じがたいが本当のようだった。




