第10話 どうやらお嬢様は冗談がお好きなようです
「のわっ――」
アルフレッドに勝利し、静まり返った闘技場から悲鳴に似た声が上がったところでいたたまれなくなった俺は、事態の収拾を図るようにその場で次戦の棄権を宣言し、逃げるように闘技場を飛び出した。そんな俺を路地に入ったところで不意に引き留め、物陰へと強引に引きずり込んだのは、人目を気にするようにフードを目深にかぶったリゼットの華奢に見えて無駄がないだけの力強い手だった。
「首尾はどうですか? と言いましても分かり切ったことですが」
開口一番、路地の壁に背中を預けながら、リゼットはそう断言する。その口ぶりからして、やはりというべきか、リゼットは試合を見ていないようだった。ただこちらが同じように路地の壁へと背中を預けると、それを見たリゼットは返事はいらないとばかりにニンマリとほほ笑んで、
「自身を狩る側だと思い込んでいる獲物ほど、狩りやすい相手はいませんからね。さすがに命乞いまではしていないでしょうが、しっかりとしつけはしてくれましたね?」
まるで俺の思考と感情をもてあそぶように、横から顔をのぞき込んできた。それがまるで当てつけのように感じられてしまうのは、あまりにも俺の試合内容に当てはまり過ぎているからだろうが、余計な勘ぐりだと思いたい。というかもし試合を見ていて故意にそんな言い回しをしているのだとしたら、それはもうアルフレッドへのしつけではなく、俺への戒め、しつけも同然だ。
……こいつならやりかねないか?
考え込むように俺が腕を組んだところで、リゼットに横から肘でつつかれた。そのフードの奥からのぞく眼光はこちらの考えなどお見通しだと言わんばかりの鋭さを放っていたが、俺が分かり切ったことじゃなかったのかとため息まじりにうなずくと、すぐに鋭さは失われた。そうして流れる気まずいような気まずくないような沈黙。先に口を開いたのはもちろん、俺ではなくリゼットだった。
「ありがとうございます。見てましたよ、貴方が砂を投げたところ」
「なんだ、見てたのか。あいや、見てたんですね」
無様な姿を見られていたことが確定して、内心うろたえる俺。恥ずかしさをごまかすように、とっさにリゼットの性格の良さについて言及しようと横に目を向けると、
「本当に投げたのですか?」
そこには驚いた様子で顔をこわばらせる、見たことのないリゼットの姿があった。
「見てなかったんですか?」
「本当に投げたのかと聞いているんです」
「さすがにまずかったですかね? でも先に小細工してきたのは――」
「それ」
リゼットの静かな怒りが俺の声を上からかき消す。そのあまりの迫力に、見られてなかったのか、よかったーなんて気持ちはすぐにどこかへと吹き飛んでいった。
「王族の前でも同じことが言えます?」
俺はそっと口を閉じた。いまさら先に小細工してきたのはアルフレッドのほうなんですなんて、言えるわけがない。
参ったな。退学程度ですめばいいが。リゼットの反応を見る限り、それですまないことは明らかだった。
「まったく、貴方という人は」
分かりやすく頭を抱えようとして、途中でピタリと動きを止めるリゼットの手。不意に行先を変えて、俺の肩を掴んだかと思うと、それまでの重苦しい雰囲気から一転して、
「大丈夫ですよ」
リゼットは楽しそうに笑いだした。どうやらからかわれたらしい。ホント、いい性格してるよ、お前は。
「まあ、それでもしばらくは大人しくしておいたほうがいいでしょう。貴方の評判はここ二日間で地に落ちていますからね。勢いで極刑になったとしても、止めに入るような物好きは、私を除いてこの王都に皆無でしょうし」
「事実でも言っていいことと悪いことがあると思うんですけどね」
俺は冗談めかして肩をすくめた。
「特に前半と後半とか」
「全部じゃないですか」
リゼットの浮かべたあきれ顔に俺は苦笑を返した。アルフレッドに勝ったはいいが、今すでにこうして人目を避けているように、しばらくは街を歩けそうにない。籍を置いている以上、アルフレッドと顔を合わせる可能性もあるわけだが、今は学園の中にこもっておきたい、そんな気分だった。
「まあ人のうわさも七十五日か」
「そうです。それに彼が嫌々剣盾祭に出場したならまだしも、自ら望んで出場したわけですから、すべては試合中の出来事として、特に問題視する王族も貴族もいないと思いますよ。貴方が自尊心の塊のような王族相手に、挑発でもしていたら話は別ですが」
「ほーん」
『挑発でもしていたら話は別』ね。それはつまり……『挑発をしていたら話は別』ってことなのかな?
俺はまたからかわれているだけだよなとリゼットに目を向けかけて、ギリギリのところで問題を先送りするように空を見上げた。
「一つお聞きしたいんですが、リゼット様」
「様? あらたまって何ですか?」
「今からでも介錯人をそう、たとえば公爵家のご令嬢リゼット・ヴァレンタインに変更することは出来たりするんですかね?」
「……どういうことですか?」
「介錯人、あいつに頼んじまった」
「へー……」
見なくても分かる。リゼットの開いた口はしばらく、塞がりそうになかった。




