気まぐれ企画 異世界転移したら土人形の里があったので、主に発見される前にすべて壊します。
猫たちは、主のために奮闘します。
いつの間に仕込まれたのか、分からない。
キィが、ある三人と共にこの世界に来たのは、数日前だった。
丁度、キィが師匠たちの元を訪ねた時、もう一人の知人も別件で訪ねて来ており、気楽に挨拶を交わした直後、足元からまばゆい光が現れ、気づいたらこの世界にいたのだ。
「……いや、当初は、こういう事もあるかと、楽天的に考えていたんだが……そろそろ、オレが抱えていた案件が、気になってきた」
その知人の男が、少し焦りだしたのを機に、集団はちょっくら移動するかと、重い腰を上げた。
そして、全員で頭を突き合わせて、当時の事を思い出したのだ。
「あれは、カスミ坊が仕掛けたんだと思う。ちょっと前に、遊びに来たんだよね。父親の従兄弟が、異世界で無双しているんですよって、真面目に話してた」
赤毛の長身の美女の言葉に、黄色い髪の長身男のキィは顔をしかめた。
師匠の言うカスミとは、主の旦那の祖父に当たる男で真面目な性格だが、その真面目さが人よりねじ曲がった方向で生かされていることが、有名な男だ。
「その無双に、絶対にあの子、関わってますよね」
師匠の傍でニコニコと笑う栗毛の小柄な女は、さらっと衝撃的なことを口走った。
「さっきの里の住民、妙に統率されていたでしょう? クリスちゃんの従兄弟の血が、混じっているからじゃないかな?」
「は?」
「ああ、成程、神威か。ってことは、無双って、そっちなんだね」
赤毛の女と栗毛の女が長閑に話す中、キィは頭を抱え込んでしまった。
白髪交じりの知人の長身男が、考えながらも思った事を口にする。
「えっと……先程の、里の住民という事は、そのクリス殿の従兄弟というのは、狼の方で?」
そんなはずはないというのは、この男も分かっているだろう。
だが、何処かで獣の血が混じって、という事はあり得る話だ。
何せ、自分とこの男も、猫の獣に属する生き物だからだ。
あちらの世界では、馴染みのない話だが、ないとも言えないため、本当に一縷の望みとしての質問だったが、師匠である赤毛の女は、無情にも言い切った。
「いや、まごうことなき人間、だよ。きっと、狼に化けて契ったんじゃないかなあ」
うわあ。
二人の猫の男が、声なく驚いているのに構わず、栗毛の女は神妙に考え込んだ。
「あの子の画策ならば、私たちだけがここに飛ばされた、というのも不自然ですね」
「そうだね。どちらかというと、私たちはついで、だ。きっと、自分の子孫たちを、真っ先に送り込んでるはず」
「……」
その会話を聞いて、キィは再び空を仰いだ。
「という事は、主もこちらに来ざるを得なくなる、という事か?」
知人の男も同じように空を仰ぎ、呟く。
自分たち二人の主は、呪い系に強いため、こんな召喚網にはかからないが、自らやってこざるを得ない状態に、なるかもしれない。
男二人は、溜息を吐いた。
こんなことで、主の手を煩わせるのか。
もう一人の同輩の苦々しい顔が、目に浮かんでしまい、キィが頭を掻いていると、栗毛の女はその心境を察して、意地悪に笑った。
「いえ、私たちがついで扱いならば、オキちゃんたちは、カスミ坊の子孫並みに早くから、巻き込まれてると思いますよ?」
それならばいい、か?
とりあえず気を取り直した猫二人と、赤毛の女とその飼い猫の女は、既にこちらに来ているだろう、別な猫を探すため、移動を開始したのだった。
その報が入ったのは、翌日だ。
「……シノギ坊が、神威の血を粛清するのに乗り出したの?」
「はい」
真面目な男の頷きに、赤毛の女はふうんと頷き返しただけだが、その女を主としている栗毛の女は、珍しく驚いた顔になった。
「え。あの子、異世界に興味あったんですか?」
「いや。存在すら興味がなかったが、子供に頼まれては、断れない」
カスミは答えて、一枚の紙きれを差し出した。
「カムイが書いた、この世界の地図です。出来れば、ここの里だけは、早めの対処を願います」
シノギという異端児に協力するか否かは、シノギの子供がやってきた時に、判断すればいいという話の後の、真面目な忠告。
地図で刺された箇所を見て、猫二人は少しだけ納得した。
「ゴーレムの里? ? いや、人間との間に、子ができるか?」
「そもそも、そこまで精巧に作られていたのか?」
そんな疑問はあるが、ここは万が一んためにも主である、シノギの子供が来る前に、せん滅する必要があると、猫たちが心に決める横で、師匠とその猫は真面目に話し込んでいる。
「……その技術、欲しいな」
「どうにか、取り出せる方法を探りましょう」
とはいえ、この世界の発展具合では、そこまで期待はできないなと女たちは、ただの興味半分でせん滅に参加することにしたようだった。
結論から言うと、ゴーレムの里の住民は、土人形だった。
土でできた、球体関節人形、だ。
流石に髪の毛は生えていないが、人型で顔かたちもはっきりした、無表情の住民たちが、敵と認識した四人に襲い掛かった。
武器を手に飛び掛かってくる人形を見て、キィは青ざめた。
「ゆ、指も精巧だなあ?」
「そんなに、人間も多いのか? この辺りは?」
その割に、一度も人間とは会ったことがない。
なら、何をモデルに、ここまで精巧な出来になったのか。
「……あんの、変態がっっ。何個の人形を手玉に取ってんだっっ」
いつもは丁寧な言葉を保っている黄色い男が、ついつい乱暴な言葉づかいで叫び、襲ってくる人形を叩き壊した。
襲ってくるならば、話し合う余地もないと、師匠含む全員が殺戮モードになる中、栗毛の女が冷静に言った。
「中身は、土みたいですね。つまり、土人形と契るほどの変態ではなく、血を分けた程度かも知れません」
「へえ、そんな反則技で、伴侶との賭けに勝ったと喜んでるのか」
そこまでの変態ではないと、猫たちは少し安堵したのだが、師匠の言い方では、それを残念だと言っているように聞こえた。
「……」
「まあ、そこまでの変態行為で生まれているなら、研究しがいもあったんでしょうね」
そっちか。
栗毛の女の、説明的な返しで脱力しそうになったが、二人の男には余裕がなかった。
カスミは、早急にこいつらの対処をしろと言った。
つまり、自分たちの主が、近いうちに自分たちと接触してくると、暗に言っている。
ここまで精巧な人形では確かに、主が耐えられるはずがない。
「ここで、魔王になられるのは、大いに困るっ」
「ん? シノギ坊と並んで、魔王親子として、君臨すれば、よくない?」
「馬鹿なことをっ。魔王はあの旦那一人で、充分です」
いや、あの坊やを魔王にするのも、困る。
キィは同輩の言葉を内心で否定しながら、作業を止めなかった。
師匠に言葉を返しながらも、同輩と共に人形たちを壊す作業を続け、最後の一体という段で、当の主が現れた。
間が悪いことに、最後の一体と、自前の剣を振りかざしたキィの、間に出現してきた。
「っ?」
「……あ、また間違えた」
無感情に呟いたセイの背後で、人形が陶器のような音を立てて、走り去ろうとしている。
追おうとするキィだが、主がそちらを振り返って、人形を見てしまうかもしれないという脅威にさらされ、固まってしまった。
「あ、主、ひ、久しぶりです」
白髪交じりの男が、顔を引きつらせて挨拶するのと、固まったキィを交互に見て首を傾げ、何事かと振り返ろうとしたセイを、背後に立っていた男が止めた。
「あれ、お前のひい祖母さんじゃねえか?」
「あ。あの人も一緒だったのか」
旦那の蓮の指摘で、セイは遥か向こうで人形を跡形もなく壊している、二人の女の姿に気付いた。
「? ここって、土人形が放置されてる里、だよな?」
「地図では、そうなってたな」
首を傾げながら問う、薄色の金髪の長身の女に頷きながら、蓮は背後を一瞥して、何かを鋭く投げた。
一直線に飛んだそれは、逃げる人形の後頭部に刺さる。
よく見ると、それは縄を取り付けた短刀だった。
それだけでは、敵は壊れないとキィが止めに動く前に、その目線の先で突然、人形が崩れた。
壊れたではない、崩れた、だ。
全く音も悲鳴もなく、人形は粉々に崩れ去った。
「……」
縄を引っ張って、飛んできた短刀を片手で受けた蓮は、目を細めたキィに無言で笑って見せた。
いつもの不敵な笑いに、つい苦い顔になってしまう。
いつの間にかこの男も、妻である自分の主に並ぶ、物騒な存在になりつつあるようだった。
ここまで座標を間違うという事は、もしかしたらこの地図、少し意図してずらしているのかもしれませんね。




