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ジャメリンは社交好きである。
基本的にデュアルの配下にある軍団は、出身の世界ごとにまとまっていて、互いに交流はしない。
どの世界でも魔女が滅ぼす世界の住人は、大雑把な区分ではヒューマノイドに属するが、見かけや大きさだけでなくその文化や精神に大きな違いのあることも多く、互いに理解しあうことが難しいという実情もあるからだ。
にも関わらずジャメリンは、精力的に他の軍団を回ることを趣味の一つにしていた。
曰く、面白いから。
精神世界エメロードのミリシアを始めとして、リューンの復興にこだわるアイザス・ダナもまた、ジャメリンにとっては面白いオモチャにすぎない。
アイザスの狙う地球からわざわざシラドというはみ出し者を拾ったのもまた、実利というよりは、彼一流の気まぐれによるものだ。
永遠の命の属性は退屈である。
そんなジャメリが最近見つけたお気に入りは、彼が機械人と名付けた種族であった。
金属生命体、とでもいえばいいだろうか。
それを生命体と呼ぶのは、自らの意志を持ち種族内で増殖するという特徴にある。
とはいっても、各種世界の住人として大半を占めジャメリンも属する有機生命体とは発生の機序が違っている。
彼らは故郷の惑星で、オートメーションで働いている部品組み立て工場で生産され、死ねば再び溶解されて部品の原料に戻る、というサイクルをとっていたのだそうだ。
そうなれば当然、最初の工場を作ったのは誰かという話になりそうだが、機械人にそんな議論をふっかけても無駄なこと。ではお前たち有機物は誰が作ったのか、と反論されるに決まっている。
「俺の推測では、そもそもやつらの元の世界で先に文明を築いた有機生命体がいて、彼らがくだんの自動ロボット工場とやらを作ったのではないかと思うんだがな」
顎を撫でて、ジヤメリンはひとりごちる。
「だが、それらのロボット製造システムを作った当初の文明は滅びてしまい、後にはやつらとそのシステムだけが残った。原初の工場は自己修復し増殖し、ときおり起こるバグが有機生命体における突然変異の役割を果たして、そのうちにロボットは自我を得た。そうして、彼ら独自の文明が発達するにしたがって、自らを生み出すそれらのシステムが彼らにとっての神となった……というのが真相ではなかろうか」
などと考察したところで、どっちにしろその神もすでに滅びてしまってはいるのだが。
デュアルの魔女の配下になるというのは、そういう意味だ。
意志を持つ機械生命体が物珍しいということ以外にも、彼らがジャメリンをひきつける理由があった。
その理由の体現化が、今しも奥の間から現れた。
「あらあ、ジャメリン参謀長じゃないのう。いらっしゃあい」
甘たるい喋りと、ぞくぞくするような響きのいい声。
身をくねらせて出てきたのは、目のやり場に困るような面積の狭い衣裳を身に付けた、絶世の美女である。
衣装に覆われていない部分は絶妙な曲線を描いているし、本人もその魅力を十分に理解している。
「これは、ダ・グラン・ロゼ様」
ジャメリンは慌てて片膝をつき、敬礼のしぐさをした。
別にそれぞれの世界を率いている者同士に上下関係があるわけではない。これは単に、相手の機嫌を取りたいというジャメリンの下心の現れである。
「本日もまたとびきりお綺麗でいらっしゃる」
「やあだ、そんなもう、当たり前のことを」
グランロゼは、優美なしぐさに似合わぬケタケタという笑い声をあげた。
「醜悪な有機生命体にしては、あなたはまあ許してやってもいい存在だわね。どうせそその中身はぐちゃぐちゃのドロドロなんでしょうけれど、なんとか我慢してあげようかという気持ちになっちゃうわ」
「これはまた光栄至極」
「そうでなければあんたみたいな汚らしい生き物、声をかけるどころかアルミニウムの布にでも包んで、硫酸の川へ流してしまうところよ」
なんともひどいことを平然として口にするその女にジャメリンが我慢できる理由はただ一つ、彼女が有機生命体の目から見ても輝くばかりの美女であることだった。
顔が美しいばかりでなく、プロポーションも抜群。出るべきところは過剰なくらいに突き出し、絞るところは絶妙にくびれている。
素材が金属だというだけでは、その魅力に一点の曇りさえもたらさない。
現に、ジャメリンに差し出したメタル製の肌の柔らかさ白さきめの細かさは、どんな有機生命体でもかなわぬほど完璧である。
ジャメリンは急いでその手を取り、玉座へいざなった。
贅を凝らした金属製の椅子に、グランロゼは優雅に腰をおろした。ついでにジャメリンが触れていた手をぱっぱと払ったが、そこは見ないふり。
長く形のいい脚を組んだグランロゼの姿に、ジャメリンの鼻の下は伸びっぱなしである。
「見たわよ、あれ」
「は? あれ、とは?」
「いやあねえ。前に言ってたじゃないの、地球とかいう星に手こずってるんだって。ちょっと気になったから探してみたんだけど、あれってそもそもあんたの担当とは違うんじゃないの」
「はっ。それは確かに、そうなんですが」
あまりにもまっとうな突っこみに、恐縮して小さくなってしまうジャメリンである。
確かに彼女の言うとおり、地球を滅ぼす許可をデュアルから得たのはアイザス・ダナだし、その滅亡にも三千年をかけるようにと厳命も受けているのだ。
リューン・ノア憎しのあまり、その命令をアイザス・ダナが守らないのはやつの勝手。露見すればどんな罰を受けるかは、ジャメリンの知ったことじゃない。
だが、他の軍団が担当している世界に干渉することもデュアルは禁じていたし、ジャメリンは明確にその言いつけを破っている。
それもこれも、あいつらのせいだ。
ジャメリンは密かに歯噛みした。
アイザス・ダナはリューン・ノアばかりにこだわっているが、ジャメリンに言わせれば、地球の土着民であるあの炎使いの小僧もまた、同じくらい癪に触る相手である。
最初は頭に血の昇りやすいアイザス・ダナをちょっとからかってやるくらいのつもりだったのが、今ではジャメリンも本気で彼らを憎むようになった。
地球の存亡など、ジャメリンにはなんの関心もない。ましてやアイザスの悲願であるリューンの復興だなんて、それこそお好きなようにだ。
ジャメリンはただ、何をどう策略を張り巡らせても必ずその罠をくぐってこちらの企みを粉砕してしまうあの二人を、どうにかして叩き伏せてやりたくてしかたがないのである。
気を取り直して、ジャメリンは再びお追従笑いを浮かべた。
「それで、グランロゼ様はどうご覧になりましたか? あの、地球という世界を」
「そうねえ。まあ、有機生命体の世界はたいていあんなものでしょうけど。岩と砂だけの気持ちのいい砂漠や見渡す限りの氷原も、あるといえばあるけれど、どちらかというと、ぐちゃぐちゃした有機物がどこにでもはびこってる感じ。だから、よけいに汚らしく見えるのかもしれないわね。
もっとも、あんたがそれほどご執心なんだから、有機生命体にとっては何かしら意味のあるものなのかもしれないけれど」
「ええ、そうなんですグランロゼ様」
ジャメリンはもみ手をして答えた。
「ですから、数々の有機世界を滅ぼしてきたという評判のあなたさまに、ぜひお知恵を貸していただきたくて。いかがでしょう、グランロゼ様でしたら、どんなふうにしてあの世界を責めますですか」
「うーん、そうねえ」
相変らず、滴る香水のようなかぐわしい声でジャメリンの表情をぐにゃぐにゃにとろけさせながら、グランロゼはひとしきり考えこんだ。
「現地に行ってみないと作戦も立てられないけれど、あんなぐちゃぐちゃした汚いところには、それこそデュアル様からの直接のご命令でもなければねえ。
とにかく、まずはあの星をきれいに洗ってしまわなくちゃ」
「洗う、ですと?」
「ええ、そうですとも。あんただって、汚い場所にしばらく逗留しろと言われたら、いくら任務のためだからといって、部下に掃除くらいさせるでしょ? だったらあんたも私のために、あの星でまだマシなところを探して、私のために汚れを洗い流してくれなくちゃいけないわ」
それはつまり、部下にやらせることをジャメリンにやれと言っているわけで、ジャメリンとしては腹を立ててしかるべきである。
だが、あまりに甘たるい喋りで、恋人にプレゼントでもねだるように言われてしまったので、ジャメリン自身がそのことに気付いていない。
「ね? いいでしょう?」
挙げ句、わざわざ胸を強調するようなしぐさで両手を合わせ、ジャメリンに投げキッスを送るグランロゼである。
これが機械人に通用する色気なのかどうかはともかく、彼女がこうすることで有機体の男を篭絡できると知っているのは明らかだ。
「ははははいはい、もちろんですとも!」
てきめんにジャメリンは躍りあがって請け合った。
「で、洗うとはどのようにすればよろしいので?」
「それはねえ」
グランロゼはうっそりと笑った。
「あたしにとって最も快適そうな場所を、あたしが気持ちよくなるもので満たして、綺麗にしてくれればいいのよ」




